戦後日本を代表する作家、三島由紀夫が今年生誕１００年を迎え、イベントや復刊などが相次いでいる。 　小説や評論、戯曲など多岐にわたる分野で活躍した作家の全貌（ぜんぼう）を捉え直す機会になりそうだ。 イベントや復刊続々　 　「三島さんの『潮騒』の持つ純粋で無垢（むく）の素朴さに心を奪われた。ただ、本人に聞いたところ、『あれはうそだよ』とおっしゃった。複雑な人だったと思います」。５月１０日に東京都目黒区の日本近代文学館で開かれたトークイベントで、「午後の曳航（えいこう）」などの翻訳を手がけたジョン・ネイスンさん（８５）は三島との思い出を懐かしそうに振り返った。ネイスンさんのこの言葉が示すように、三島は多くの謎や矛盾を抱えて亡くなった。 　記念イヤーの口火を切ったのは、研究者有志らで作った実行委員会「三島由紀夫生誕１００年祭」による企画展だ。実行委員会の白百合女子大の井上隆史教授によると、中学・高校生から年配まで幅広い世代が会場を訪れたという。 　三島の満年齢は昭和の年と一致する。昭和とともに生き、雑誌などのメディア状況が変革する中で文章を発表しつづけた作家だった。井上教授は企画展で展示した三島の年表に、生誕から現在に至るまで１００年の世界情勢も記し、大きな時空間の中で三島の存在を捉え直そうと仕掛けた。「没後５０年の２０２０年に比べて、生誕１００年の今年は歴史的観点から三島を考え直すことができるのではないか」と語る。 　展示では、編集者宛ての書簡から「金閣寺」の原題が「人間病」だったことも明らかになった。井上教授は「三島は個人が抱えているモチーフを肉付けして、社会的な題材に広げた希有（けう）な作家だった」と指摘する。 　著書の復刊や関連書の刊行も相次いでいる。河出書房新社は「仮面の告白」の復刻版を出し、中央公論新社は若い頃の評論を独自に編み直した。親交のあった人々の証言や写真などを収録した「２１世紀のための三島由紀夫入門」（新潮社）も刊行され、作家の存在を間近に感じられる。 　三島の残した膨大な仕事は５月に刊行された「三島由紀夫書誌」（日外アソシエーツ）に記録された。海外での翻訳も含めた作品目録のほか、詳細な年譜、全集刊行後に発見された作品の目録などを収める。編集に当たった三島由紀夫文学館（山梨県）の佐藤秀明館長によると、三島は没後も武道やダムなど、多方面の雑誌で特集されており、「文学や演劇を超えて、人気を持ち続けていた三島の幅広さを示している」と話す。 　三島が残した小説は、人間にとっての美を見つめた「金閣寺」や、性について語った自伝的作品「仮面の告白」、果てはＳＦ的な物語「美しい星」など、題材は多岐にわたる。一方でボディービル、映画出演、民間防衛組織「楯（たて）の会」結成など世間の耳目を集め、時代の寵児（ちょうじ）として４５歳の生涯を駆け抜けた。 　輪廻（りんね）転生をつづった「豊饒（ほうじょう）の海」を書き上げ、三島は陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地で割腹自殺を遂げる。同作は次のような言葉で締めくくられる。 　＜庭は夏の日ざかりの日を浴びてしんとしている。……＞ 　三島はメディアとして振る舞い、存在感を示し続けた。一方でこの虚無的な描写には、作家が最期まで抱えていた孤独がにじみ、三島とは何者だったのかという問いが浮かんでくる。 　佐藤館長は「それぞれの作品に三島が何を込めようとしたのか、まだ議論の余地はある」と指摘。三島が生誕１００年を迎え、歴史上の人物となりつつある今、「作品のテキストそのものを精読する必要があるのではないか」と話している。