逮捕されても、何度も万引きなどを繰り返す人がいる。仲間の医師とともに、こうした人たち2500人以上を診療してきた赤城高原ホスピタル（群馬県渋川市）院長の竹村道夫医師は「常習窃盗は犯罪行為であるとともに、精神障害でもある可能性がある。そして、病的な常習窃盗は処罰だけでは更生できず、治療が必要だ」と話します。竹村医師に聞きました。 （クレプトマニアという病名は日本の医師も参考にするアメリカの精神障害診断マニュアルDSM-5に記載され、日本精神神経学会が「窃盗症」と翻訳した） ■有名人が万引き繰り返し「なんであんなことに」…病気と認識し治療を 竹村医師 常習窃盗の一部は精神的な障害と考えられますが、明らかに被害を受けている人がいますので、単なる病気だと見過ごすわけにはいかないです。どこまでいっても司法の問題（注:裁判で裁かれるなど）と道義的な問題と重なる部分が出てきます。 窃盗を繰り返す人の中に、自分の力ではやめられないクレプトマニア＝窃盗症の人がいます。こうした人たちが「病気」であることを否定し、とにかく反省、反省と言い、「反省しました」と刑が終わって出所し、再犯する人が大勢います。名の知れた人が何度も万引きを繰り返し、「なんであんなことになるのか」とわからないまま、となってしまう。どんなにひどい万引きを繰り返す人でも、治療を適切に行えば、全員ではないですが、多くの人が回復できる。先進国では、精神障害が背景にある犯罪に関しては、治療の視点も含めて対応しなければならないという考え方になりつつあります。 クレプトマニア、窃盗症という病気があって、治療は可能だということをなるべく多くの人に知っていただければなと思っています。依存症でわかりやすいのはアルコール依存、薬物乱用などですが、それと同じような病気で行動嗜癖（しへき）というのがあり、代表例はギャンブル依存症です。それに近いような病気、病態がネット依存、買い物依存、性的な依存、そのひとつとして窃盗に依存するようなことが、一部の常習窃盗者の中にもあります。 何回か万引きをするうちに、やめられなくなる。やめたいと思ってもやめられない。自分の考えにも反しているが、万引き、窃盗をしないと落ち着かない状態です。窃盗依存みたいなものですね。症例数や研究者が不十分で、あまり病態が解明されてない。私たちは、窃盗症を行動嗜癖のひとつだととらえていますが、精神障害の分類の中にしっかり入っているわけではありません。衝動制御障害だと言う方もいる。 ■精神的な飢餓感が背景に 窃盗をやめられない人たちの心の奥には、自分が他の人たちと同等に扱われてない、あるいは自分のせいではないことで損をして不当に扱われているというような気持ちがあります。そうすると、万引きをしたときのちょっとお得な気持ちとか、誰かをだし抜いた気持ちとかを強烈に感じて、それにどんどん依存していきやすいのです。心理的な飢餓感が、この病気の中心にあるんじゃないかと私は考えてます。 これまでみてきた症例としては、摂食障害を合併している人が非常に多いです。そもそも心理的な飢餓感がある思春期の人、特に女性はダイエットし、奇麗だと褒められると、それにのめり込んでしまうことが多い。心理的な飢餓感がある人は、摂食障害になりやすいし、摂食障害になると、元々持っていた心理的な飢餓感と、生理的な飢餓感＝強烈な空腹感を持つようになって、二つの病的な飢餓感のために、典型的な窃盗症になることが多い。摂食障害の人が過食用の費用を節約するために万引きをすると思われることもあり、本人もそう思う場合がありますが、本当の問題は病的な飢餓感だと思います。窃盗症を摂食障害より先に発症する人もいるし、過食症じゃなくて拒食症の人でも窃盗症になりやすいのです。 また、ケチだから窃盗すると見えることもありますが、自分が買ってきたものや盗んできたものをどんどん人にあげる、または、あげるために盗むみたいな人もいます。その人たちは、「あの人はいい人だ」と言われたい、いわゆる見栄ですね、それをため込みたいという隠れた動機があるわけです。 ■ため込みマインドと枯渇恐怖 窃盗症を合併した摂食障害の人たちは、食べ物を大量に冷蔵庫などにため込むことが多い。私は「ため込みマインド」と言っていますが、とにかく手元に置いておきたい、自分の持ち物がなくなるのが不安だということです。減るのが怖いもののひとつがお金です。自分のお金は予備のためにため込んで、そのお金を減らさずに物を入手したいと考えて、お金を持っているのに万引きする行為につながります。 私の考えでは、窃盗症の心理構造のキーワードは三つあって、「病的な飢餓感」、物がなくなる不安＝「枯渇恐怖」、そして何でも手元にためておきたいという「ため込みマインド」かなと思っています。 —飢餓感とは孤独や承認欲求が満たされないとか、そういうことですか。 そうですね。現代人は承認欲求が満たされないとき、しばしばダイエットをして自己評価を上げます。その刺激が強烈なんですね。飢えたところに刺激が入るみたいな感じで、それにどんどん依存していくということです。 —心理的飢餓というと、例えば幼少期につらい体験があるような場合は、それを解決しないと窃盗癖を治せないのでしょうか。 そうではなくて、常習窃盗の問題を先に治療して、その後、フォローアップでそういう深い心理のことも扱っていかなきゃいけないと思います。アルコール依存症でも、成育途中で課題があるからアルコール依存症になったとして、お酒を大量に飲みながら、成育歴の問題を解決しようとしたってどうにもならんでしょ。まず、酒をやめなきゃいけない。まずは依存行為をしなくなって、それから自分の問題の根本を考えて、という感じになりますね。 ■治療とは…先行く仲間の話を聞き、支え合う 依存症の治療には、そのやり方でやれば、多くの方が回復できるという方法があります。依存症の中でも、一番早く治療に取り組んだアルコール依存症のやり方を見習うと、大部分はうまくいくと思いますね。もちろん違う面はそれぞれありますが、自助グループは何十年もかけて築いてきた人間の知恵みたいなものですから、その方法を使わない手はないと思います。 窃盗依存あるいは常習窃盗というのは、医療問題と司法問題が重なる領域にある問題で、どちらかだけではなかなか解決がつかないかなと思います。司法だけで片付けようとして時間とエネルギーを使っていますが、私たちから見ると、もちろん犯罪ではあるが、病気の人たちなので、なるべく早めに治療に繋げれば、早く回復し、早い更生が期待できます。 —先生はとにかく回復者の話をたくさん聞きなさいと。 そうですね。たくさんの回復者に出会ってもらうことは非常に重要で、私はそれを一番重視しています。よくある誤解は「窃盗なんてものは気持ちの持ちようで治る」、または「自分はもうどうにもできない」と思い込む患者もいる。両方とも間違いです。本当はそうではないんですよね。 実際に万引きを繰り返していた人で、治療によって回復し、5年も10年も万引きをせず、“クリーン”でい続ける人がこんなにも大勢いるんだということを、患者本人に実感として知ってもらわなければならない。もちろん、うまくいかないで繰り返す人もいるけれども、毎日、山のようにお店の商品をとっていた人が、ずっと万引きをせず、今は窃盗症の回復を手助けするボランティアをしていることもあります。 依存症の治療の主体は、医者よりも患者自身です。アルコール依存症でも、回復者がほかの患者を回復に導き、それを医療関係者が支援、ということが多いです。医者が「俺が治してやる」と言い、患者が「お願いします」と付いてくる、それではよくならないです。医者にも治せない。本人一人ぼっちでも治せない。家族も治せないけれども、適切なやり方に従って本人が努力し、仲間と連帯し、すでに依存を脱却した「先ゆく仲間」にいろいろ教えてもらい、教えあっていくと回復する。 確かに時間はかかります。あんな犯罪を繰り返した人を大した反省もさせずに、病気扱いするのは許せない、と思う人がいるかもしれないけれど、窃盗症は明らかに病気で、きちんと治療すれば大部分の人は良くなります。罰するだけでは解決せず、捕まっても捕まっても再犯しますが、私と私の仲間たちが2500人以上の常習窃盗の人を診てきて、治る方法があると実感しているので、ぜひ大勢の方にその事実を知ってほしいです。