セ・パ交流戦が行われ、多くのファンが球場を賑わせているプロ野球の世界で、心配なことが起きている。ある選手のプレーをきっかけに、選手の家族が営むお店を誹謗中傷するファンが現れたというのである。 スライディングタックルが相手野手の足に!? 2025年6月9日、甲子園球場で行われた阪神タイガース—オリックス・バファローズ戦。9回表0-0の緊迫した場面で、阪神のマウンドには今年好調のセットアッパー・石井大智投手が上がった。すると、オリックスのバッター廣岡大志選手が放った火の出るようなライナーが石井投手の側頭部を直撃。廣岡選手は塁に出たが、石井投手は昏倒し、そのまま病院へ搬送された。 防ぎようのない事故とはいえ、球場は騒然。廣岡選手も心配そうな表情を浮かべたまま、阪神のピッチャーは湯浅京己投手に代わり、プレー再開。その3球目、次打者の西川龍馬選手はダブルプレー確実なセカンドゴロを放った。 セカンドの中野拓夢選手がショートの小幡竜平選手に送ってファーストへ送球しようとした瞬間、ファーストランナーの廣岡選手のスライディングが小幡選手の足に近い方向を向いてしまった。小幡選手は倒れ込んでファーストに送球できず、阪神の藤川球児監督は審判に抗議し、守備妨害としてダブルプレーが成立した形となった。 小幡選手はケガから復帰し、この日一軍に戻ってきたばかりとあって、ファンから心配の声が上がったが、身体に問題はなかった様子。しかし、スライディングした廣岡選手が脇腹を押さえてうずくまってしまった。 廣岡選手はこの後の守備から交代。この日の試合は阪神がサヨナラ勝ちを収めたが、後味の悪い試合となってしまった。 実家精肉店へのレビューに「低評価」 廣岡選手は大阪府出身。高校野球の名門・智弁学園高校から2016年にヤクルトスワローズへ入団し、大型内野手として期待され、1年目に初打席初本塁打を放つなど注目されたが、2021年に読売ジャイアンツ、2023年にはオリックスとチームを渡り歩いた苦労人。だが10年目の今年は好調でレギュラーに。この日まで打率.320、本塁打4本という好成績を残していた。 この試合後から、SNSを中心に廣岡選手のプレーに対して「石井大智選手の頭に当たったのは仕方ないけど、脚に向かってスライディングするのは未だに怒りですよ」「危険なのに、なぜ廣岡の方が痛がってるの?」「プロ野球選手の資格はく奪したほうが他の選手の安全のためやで」などといった投稿が行われた。 廣岡選手は「僕も二遊間を守っていて、選手に向かってスライディングするのはダメだと分かっているので、そういう気持ちは一切ないです」とコメントしたが、一部の心ない人々からの「攻撃」は止まなかった。 さらに、廣岡選手本人のみならず、実家の精肉店に対しても中傷が見られた。Googleのレビューで「息子さんの人間性を見る限り多分不味いです」などと低評価をつけたり、「悪質スライディングのような切れ味鋭い味で美味しかった」と揶揄するコメントをつけるなど、集団的で悪質なものが多く見られた。 移籍したら「実家の蕎麦屋なくなると思え」 近年、こうしたプロ野球選手への誹謗中傷問題が顕在化している。それも、プレーする選手個人だけでなく、家族に対する書き込みも増えている。 記憶に新しいところでは、2024年に横浜DeNAベイスターズ・関根大気選手がバッターボックスから出た足に投球が当たり、デッドボールと判定されたことで「あなたの家族全員が事故死してほしい」などという書き込みを多数された。関根選手は、情報開示手続きや示談交渉を行ったケースがある。 また昨年のオフ、フリーエージェントの権利を行使した阪神の大山悠輔選手に巨人への移籍が噂されると、熱心なファンと思われる人々から「大山お前巨人とか言ったら実家の蕎麦屋なくなると思えよ」などという、脅迫と取れる投稿が多くあったという。 こうしたことから、日本プロ野球選手会は2024年5月以降、弁護士チームを立ち上げるなどして対応しているが、今回のように悪質な投稿は後を絶たない。 かつて、戦前から選手として活躍し、中日ドラゴンズ・横浜大洋ホエールズ(現:DeNA)・日本ハムファイターズで監督を務めた故・近藤貞雄氏は、ファンの気持ちを代弁するパフォーマンスを持ち合わせた人物として知られている。能筆家でもあった近藤氏は、以下のように記している。 《大声を出すことで昼間の仕事のストレスを解消するのが、プロ野球の大きな存在理由だ。「近藤、死んじまえ」と野次ることで、明日への活力がわく。監督をしていたころ、ぼくは一晩に何十回殺されたことか》(近藤貞雄『野球はダンディズム』朝日新聞社) だが、そのうえで、こうも書いている。 《昔のファンの中にも、声がかれるほど野次って目立つ人がいたが、野次にジョークがあった。集団でなく、一人で野次った。ダンディーだった》 《ひいきチームが勝つことだけをひたすら願って声をからしているだけで、プレーそのもの、野球の面白さはどうでもいいらしい。なぜこういうファンが多くなったのだろう》(以上、同書より) プロ野球の観客数は、2024年に史上最多の2668万人を記録した。その熱が上がっているいまこそ、ファンひとりひとりがマナーを心がけ、誹謗中傷のない楽しい野球観戦をしたいものだ。 今回誹謗中傷を受けた廣岡選手は翌日から試合に復帰した。しかし、13日になって病院で右肋骨骨折と診断された。スライディングした際に骨折し、その後の試合で状態が悪化したと見られている。一刻も早く回復し、またはつらつとしたプレーが見られることを願う。