朝ドラ史に残る過酷さ 北村匠海がひたすら殴られる異例の暴力描写

15分間殴られ続ける異例の暴力描写 序盤の2ヵ月間が終了し、いよいよ勝負の中盤に突入した朝ドラ『あんぱん』(NHK総合)。視聴率はジリジリと上がり続けているほか、おおむね好評の声があがっている。 同作は『アンパンマン』を生み出した、やなせたかし・暢夫妻がモデルの物語であり、ここまでは朝田のぶ(今田美桜)、柳井嵩(北村匠海)と、その家族や友人によるハートフルなシーンで視聴者を引きつけてきた。 しかし、6月の放送に入って様相が一変。2日〜6日放送の第10週「生きろ」では、嵩の学友・辛島健太郎(高橋文哉)に赤紙が届いたほか、ほどなく嵩も出征するなどのシビアなシーンが続いた。さらに視聴者を驚かせたのは9〜13日の第11週「軍隊は大きらい、だけど」。 時代は太平洋戦争がはじまったばかりの昭和17年(1942年)で、場所は「勇猛果敢」で知られる福岡の小倉連隊。9日放送の第51話では、新兵教育係の馬場力(板橋駿谷)が「地方語は使うな!軍隊では軍隊語を使え!」と嵩を殴り、持っていた井伏鱒二の詩集を見つけて殴り、「ボーッとしてるな」と決めつけて殴り、「カレーライスに入ったじゃがいもの数が違う」と殴り、初年兵全員にも「歯を食いしばれ」と殴るシーンが連続した。 暴力の描写はこれだけで終わらない。班長の神野万蔵(奥野瑛太)が「中隊准尉殿からお叱りを受けた」と怒り班員たちを殴るシーン、それに触発されて馬場が嵩を繰り返し殴るシーンが続いた。第51話だけで、嵩は11回、その他の隊員が12回、計23回もの殴るシーンがあり、朝ドラ史に残る残酷さと言っていいかもしれない。 戦争絡みのシーンは減っていた その他でも、嵩は「戦闘帽を盗んだ」と言いがかりをつけられて泥棒にされるなどの陰湿ないじめが描かれたほか、常に怒鳴られるなど、理不尽なシーンが続出。そもそも嵩は軍隊に向いていないタイプだけに、視聴者にとっては拷問のように見えてしまうのだろう。 実際、これらのシーンが放送されるとネット上には、「他のドラマがはじまったかと思った」「見るに堪えない」などと困惑の声が相次いだ。なかには「一日の活力にならない朝ドラはもう見ない」「自分がいじめられたことを思い出してしまう」などの強烈な拒否反応も目立っていただけに、この脚本・演出が正しいのかどうか現段階ではわからない。 11日の第53話で馬場は「だいぶ殴ってすまんやったな」と謝罪し、暴力でのうさ晴らしをやめると改心。殴るシーンが減った一方で、13日の第55話では小倉連隊に中国への動員命令が下るなど戦争が激化し、嵩は追い込まれていく。『あさイチ』の朝ドラ受けで博多大吉が「われわれは(敗戦した)歴史を知っていますから」とコメントしていたが、だからこそ視聴者が「見ていられない」という反応をしても不思議ではない。 また、12日放送の第54話では再会した弟・千尋は海軍の士官になっていて、しかも「自分だけ行かないわけにはいかない」という同調圧力による志願だった。千尋は「駆逐艦で敵の潜水艦に爆雷を投下する」という任務を担い、5日後の行き先は南方。嵩に「もう後戻りはできん」「立派に戦う」「そのためなら命も惜しくない」と宣言したほか、「この戦争さえなかったら、愛する国のために死ぬより、わしは愛する人のために生きたい!」などと叫んだセリフから戦死を予想する声があがっている。 主に2010年代あたりから「痛々しくて見ていられない」という理由で視聴率が取れなくなり、戦争を描いたドラマが激減して久しい。その点、朝ドラは戦前戦後が舞台の物語が多く戦争を描かざるを得ないが、「できるだけ話数やシーンを減らす」「暴力シーンは音だけにする」などの配慮で対応してきただけに今作は異例と言っていいだろう。 しかし、過酷な軍隊生活や悲惨な戦争、さらにあえて暴力シーンを繰り返した脚本・演出には重要な意味がある。 『アンパンマン』の誕生に不可欠 なぜ制作サイドは過酷な軍隊生活や悲惨な戦争を真っ向から扱い、批判覚悟で見るにたえないレベルの暴力シーンを描いたのか。 それは「やなせたかしが『アンパンマン』を誕生させる上で辛く悲しい戦争体験が重要なものだから」に他ならない。やなせは生前、戦地で悲惨な光景を目の当たりにし、家族や友人を失ったほか、草を食べるほど飢えに苦しめられたことなどを何度か語っていた。 日本の戦争は「正義」とみなされていたが、敗戦すると真逆の「悪」に入れ替わったことで、「逆転しない正義」について考えさせられ、そこで生まれたのが『アンパンマン』。実際、『あんぱん』の第1話冒頭で嵩の姿が映され、「正義は逆転する。信じられないことだけど、正義は簡単にひっくり返ってしまうことがある。じゃあ決してひっくり返らない正義ってなんだろう」というメッセージが流れた。 その「逆転しない正義」とは、お腹をすかせた人にひと切れのパンをあげること。しかもアンパンマンは「自分の顔を差し出す」という献身性がそれを際立たせている。ちなみにアンパンマンは、ばいきんまんと敵対しているわけではなく、「悪いことをしたときにアンパンチ程度の攻撃で追い払う」のみ。戦争のように相手を悪とみなすわけでも、殺すわけでもないから、ばいきんまんはすぐに戻ってくる。 ドラマ『あんぱん』は、のぶと嵩の人生を追う作品であるとともに、「逆転しない正義」の象徴・アンパンマン誕生の物語。その出発点となる戦争体験の描写はここまでの最重要シーンであり、これを重く苦しく描いておかなければ『アンパンマン』の誕生に至る説得力を欠いてしまう。 6月の放送は感情移入を促すスイッチ 多くの暴力シーンを含む軍隊生活を描き、これから悲惨な戦争が描かれるもう1つの理由は、「嵩とのぶへの感情移入を加速させる」ため。 これまで嵩は父・清(二宮和也)を病気で亡くし、母・登美子(松嶋菜々子)が家を出てしまうという悲しさこそあったが、その他ではかなり恵まれていた。育ての親となった伯父・寛(竹野内豊)と妻・千代子(戸田菜穂)は常に優しく、弟・千尋(中沢元紀)は兄思いで、のぶという想いを寄せる幼なじみもそばにいる。 浪人した上に東京の芸術学校へ通わせてもらい、教師や学友と遊ぶほか、のぶにハンドバッグをプレゼントしようとするシーンすらあった。幼いころから経済的に恵まれていて、特に飢えとは無縁の生活が描かれている。 のぶも父・結太郎(加瀬亮)を失ったものの、母・羽多子(江口のりこ)、妹・蘭子(河合優実)とメイコ(原菜乃華)、祖父・釜次(吉田鋼太郎)、祖母・くら(浅田美代子)の家族は温かく、パン職人・屋村草吉(阿部サダヲ)にも支えられていた。 さらに突然、「教師になりたい」と言い出して女子師範学校に通わせてもらい、生徒を代表して「愛国の鑑」として新聞掲載され、希望通り母校の小学校教師として勤務。嵩と千尋から愛されてきただけでなく、熱烈に求められて若松次觔(中島歩)と結婚するなど、地道に家を支え、失恋を経験した妹たちと比べても、かなり恵まれた人生が描かれてきた。 つまり「序盤の2か月間はメインの2人が恵まれすぎていた」ため、視聴者は見守ることはできても、感情移入には至らなかった。だからこそ戦争によって感情が大きく揺さぶられ、価値観を変えざるを得ず、人生が動いていく。その意味で戦争を描く6月・4週分の放送は嵩とのぶ、両方の視点から戦争の悲しさや虚しさを体感し、感情移入を促すスイッチのような物語になるのだろう。 夫との別れと運命の相手との再婚 すでに大半の視聴者は、のちにのぶが嵩と結婚して『アンパンマン』を生み出すことを知っていて、まもなく夫・次觔との別れが来ることもわかっている。 のぶと次觔は5月28日の第43話で祝言をあげたばかりの新婚夫婦であり、その別れが戦争に関わるものであるほど、視聴者は彼女に感情移入しはじめていくのだろう。一方の嵩も終戦後にのぶと再会し、距離を縮めていく上で戦争体験の共有が重要になる。特に「逆転しない正義」のあり方を考える2人のやり取りは注目を集めるのではないか。 そもそもモデルのやなせたかしと暢夫妻が出会ったのは終戦後であり、幼なじみという設定はドラマオリジナルの脚色。リアルよりもエンタメ重視で「嵩とのぶは運命の相手」というイメージを濃くしたことが、『アンパンマン』誕生の際に感動を誘うのかもしれない。 もし終盤の8〜9月、感動を存分に味わいたいのなら、目を背けたくなったとしても6月に描かれる終戦に至る物語は見ておいたほうがいいだろう。 「暢は結婚後、経済・生活・精神などのさまざまな面で、やなせたかしを献身的に支えた」と言われている。だからこそ子どものいなかった2人にとっての我が子である『アンパンマン』の誕生シーンは感動必至であり、今からその日が待ち遠しい。 河合優実と原菜乃華が「主人公より魅力的」…朝ドラ『あんぱん』が“支持を集める理由”と“唯一の不安”

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