投票箱を24時間、防犯カメラで監視するなど異例の対応が取られた韓国の大統領選。背景にあるのはネットで拡散した不正選挙をめぐる「陰謀論」でした。世界中でソーシャルメディアによる選挙ハックが行われる中、混乱の現地を取材しました。 【写真を見る】投票箱を24時間監視…防犯カメラの映像 “選挙で不正が行われている”ネット上の世論が投票行動に影響 日下部正樹キャスター(4日) 「当選を確実にした李在明候補が姿をあらわしました」 韓国の新たな大統領に就任した李在明氏(61)。 「共に民主党」李在明 氏 「国民を団結させるという大統領の責任を、私は決して忘れません」 得票率では革新系の李在明氏が50%近くの票を獲得し、保守派の与党候補らを抑えて勝利した。 専門家の洪誠秀教授は、今回の選挙結果から「若者の投票行動の変化」に注目している。 淑明女子大学 洪誠秀教授 「20代、30代の男女はやや進歩的な傾向があり、年配の世代は保守的な傾向と、両極化することが一般的でした。しかし、今の20代、30代では男性と女性の間で違いが顕著に表れます。政治的な傾向が若い男女でこれほど違うことは、非常に注目すべき新しい現象と言えます」 20代、30代の女性の過半数が李在明氏に投票したのに対し、男性は保守系の金文洙氏と李俊錫氏を含む3人で票を分け合った。 投票行動の背景に、選挙で不正が行われているとするネット上の世論が大きく影響したという。 淑明女子大学 洪誠秀教授 「YouTubeでフェイクがかなり拡散され、影響が大きいです。特に20代、30代に対する影響が目立っていたと言えるかもしれません」 いったい韓国社会で何が起こっているのだろうか。 期日前の投票箱 24時間監視 “異例”の大統領選挙 日下部正樹キャスター 「一部、有権者からは不正選挙の声があがっていますが、投票所ひとつとっても、私たちを含めた内外のメディアに取材が許可されています」 投票のプロセスを有権者がチェックする仕組みを導入するなど、異例の態勢で行われた今回の大統領選挙。 期日前投票に使われた投票箱も24時間、防犯カメラで監視し、映像を公開。投開票に関わる事務職員は、韓国籍に限定された。 こうした措置が取られた背景にあるのは、過去の選挙でハッキングなどの行為があったとする「不正選挙」をめぐる陰謀論だ。 今回の大統領選挙のきっかけになった、尹錫悦前大統領による戒厳令。 これに影響を与えたとされるのが、「過去2回の総選挙で革新系の政党が勝利したのは不正があったからだ」とするネット上の言説だ。 極右YouTuber 「選挙管理委員会が、中国人とみられる開票スタッフを雇った」 「遠からず、韓国は中国の属国になる。第二の香港になると言ったじゃないか」 不正選挙の背景には、中国の介入があったと訴える極右のYouTuberたち。 尹氏が出した戒厳令には、これらの主張も影響したとされている。 尹錫悦 前大統領 「国政麻痺と国権錯乱を主導した勢力と、犯罪者集団が国政を掌握し、韓国の未来を脅かすことだけは、何があっても防がなければなりません」 尹氏の発言を受けて、陰謀論は一般市民にも広がり、不正選挙を追求するデモも起きた。 戒厳令が出た翌月に行われた世論調査では、約43%が「不正選挙があったと思う」と回答している。 ネットで拡散“不正選挙陰謀論” 「今回の選挙も不正選挙になる可能性大」 過去の選挙に中国の介入があったと主張して来た男性が、取材に応じた。 YouTuberのイ・ボンギュ氏(66)。韓国で政治評論家として、さまざまなテレビ番組に出演していたが、2018年にYouTuberに転身。 97万人を超えるフォロワーを抱え、2025年3月からは、活動の拠点を日本にも広げて発信を続けている。 今回の大統領選挙でも、郵便投票を利用した不正があると主張。根拠はネット情報だという。 さらに、過去の総選挙においても中国が介入する不正な選挙が行われたと、ネット情報などをもとに主張してきた。 イ・ボンギュ氏 「200歳や196歳が投票した(というデータがある)。5人か6人が、150歳を超えている人(だった)」 中央選挙管理委員会は不正選挙を否定したが、イ氏は当局が事実を隠しているとし、解明するために戒厳令は必要だったという。 戒厳令が出された2024年12月3日、尹前大統領が軍を中央選管の庁舎に展開させた際の映像。 あるネットメディアが、この動きについて“アメリカ軍との共同作戦で、中国人のスパイ99人を逮捕した”と報じた。 イ・ボンギュ氏 「中国人が何かハッキングをして韓国の不正選挙をやった。韓国と米軍の共同作戦で、中国人たちを捕まえて沖縄の米軍基地に送った」 選管当局や在韓米軍は直後に報道内容を否定したが、イ氏は“中国との戦争を避けるために韓国政府は事実を公表しなかった”と信じている。 イ・ボンギュ氏 「李在明という民主党、一番トップは北朝鮮や中国と繋がっていると思います。李在明が大統領になって、韓国社会が共産化したら日本も危ない。 今回の選挙も不正選挙になる可能性が大きくなる。もし、不正選挙で結果が変わると、国民が我慢できないでしょう。特に若者たちが興奮するかもしれない。深刻な状態になるかもしれないです」 「中国からの留学生を特別扱いしている」保守系候補を支持する若者 今回、李在明氏の対抗馬となった保守系の金文洙候補も「不正選挙があった」と主張してきた一人だ。 これに共鳴し、金候補を支持した若者がいる。ソウル市内の漢陽大学で音楽を学ぶ、4年の金峻熙さん(24)。 尹前大統領の戒厳令をきっかけに不正選挙に関心を持った。選挙の投票は今回が3回目だが… 大学生 金峻熙さん 「これまでとは全然違う気持ちです。以前は、両親から言われた候補に投票しましたが、今回は、自分が心の底から支持する候補を選びます」 中国が選挙に介入しているという極右YouTuberの情報から初めて政治に興味を持ち、尹前大統領の流れを引き継ぐ、金候補を応援するようになったという。 大学生 金峻熙さん 「私にとって最も重大なのはスパイの問題です。多くの中国資本が韓国に入ってきていて、企業の機密情報が中国に漏れたりしています。普通の大学生ですが、戒厳令をきっかけに国の非常事態について発信しているのです」 戒厳令が出た翌月の2025年1月、金さんは大学生の政治組織を立ち上げ、尹前大統領の弾劾に反対するデモを行ってきた。 金さんたちの活動は、徐々にエスカレート。中国人による土地の買収が近年急増し、反中感情が高まるなか、ソウル市内の「リトル・チャイナ」と呼ばれる地区でデモを行った。 ——個人的に中国から危害・損害を被ったなどの体験はあるのですか? 大学生 金峻熙さん 「悪くは言いたくないけど、私の大学では 周りに(中国からの)留学生がたくさんいます。実技が中学・高校レベルの人たちが入ってきていて、入試で特別扱いをしているのではないかと考えています」 実際にデモがあった「リトルチャイナ」を訪ねてみると… 日下部正樹キャスター 「看板はハングルですが、ほとんどが中国系のレストラン・食堂です」 ——中国系の店が増えていることで問題は起きている? 不動産会社 従業員 「全くありません。中国人はボランティア活動や、防犯活動などにも取り組んでくれています」 中国系の住民にも取材したが、「話すのが怖い」と応じてもらえなかった。 女性政策への不満 背景には“男性だけ”の兵役義務も 若者の投票行動では男女の分断も注目されている。それは2024年12月、戒厳令の際も際立った。 村瀬健介キャスター(2024年12月) 「たくさんの人が集まって尹大統領の退陣を求めるデモが行われています。若い女性たちの姿が特に目立ちます」 尹大統領(当時)の弾劾を求める集会は、20代、30代の女性たちであふれていた。 弾劾集会の参加者(女性) 「民主主義国家で起きてはならないこと。内乱に関わった人は処罰されるべき」 「絶対に弾劾すべきです」 そして、今回の大統領選挙では、若い男女で投票行動の違いが顕著に出た。 大統領選挙を制した李在明氏。出口調査の結果、20代女性の得票率は58.1%にのぼったが、20代男性では24%にとどまった。 李在明氏は、女性支援の政策を担ってきた「女性家族省」を拡大・再編すると明らかにしている。 李在明 大統領 「女性家族省の役割と機能を拡大・強化します」 女性家族省は2001年、金大中政権当時「女性省」として発足。公務員の3割が女性になるよう追加合格の措置を取るなど、女性の社会進出のための政策を実施してきた。 だが、2022年の大統領選挙の際、候補者だった尹前大統領は「構造的差別はなくなっている」とし、公約で女性家族省の廃止を打ち出し、選挙の争点となった。 そして、今回出馬した保守派の若手・李俊錫氏も、女性家族省の廃止を公約に掲げ、若い男性から最も支持を集めた。 李俊錫氏(40) 「女性家族省は看板を下ろし、業務の一部は保健福祉省などに移すべきです」 李俊錫氏は40代以上では支持が広がらなかったものの、20代の男性の得票率は37.2%と最も高かった。一方で、20代の女性の得票率は10.3%にとどまった。 マーケティング会社を経営するチョ・ヨンミ代表(49)。韓国では2000年に国会議員のクオータ制が導入されるなど、女性の社会進出が進んできたと話す。 マーケティング会社 チョ・ヨンミ代表 「女性が差別され、声をあげたことで国が機会均等の政策を作りキャンペーンをしてきた。政策は無いよりはあったほうがいいです」 女性政策への不満の背景には、男性だけに課された兵役の義務が大きいという。 マーケティング会社 チョ・ヨンミ代表 「男性は兵役に行ったのに、なぜその分の見返りがないのか、そういうことを男性が逆差別と考えることもあります。小さいことも含めて、こうした不満はとても多いんです」 専門家は、男女の分断が深まった理由の一つに、女性政策の意見の対立を選挙に利用するようになった政治家の影響が大きいという。 淑明女子大学 洪誠秀教授 「社会に不平等が広がり個人の地位が低下している状況では、その問題の原因が女性政策のせいだ、女性の権利が向上しているせいだと誤解されてしまうのです。女性が利益を得れば得るほど、男性の利益が減るというものではありません。政治権力がそれを利用して、男女間の対立をあおっているのです」