マーベル映画『サンダーボルツ*』(2025)や『ミッドサマー』(2019)のフローレンス・ピューと、『アメイジング・スパイダーマン』シリーズや『ソーシャル・ネットワーク』(2010)などのアンドリュー・ガーフィールド。 ともにイギリスを拠点とする人気俳優2人が初めて顔を揃えたのは、2023年3月に開催された第95回の授賞式だった。脚本賞・脚色賞のプレゼンターとして思わぬ相性を見せた直後から、映画ファンの間では「ぜひ共演してほしい」との声が寄せられたのである。 © 2024 STUDIOCANAL SAS - CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION じつはこのとき、ピュー&ガーフィールドは映画『We Live in Time この時を生きて』の撮影開始を翌月に控えていた。授賞式の約2週間後に共演を認めたピューによると、ガーフィールドと授賞式のステージに立ったのは完全なる偶然だったという。 そう、人生は偶然の連続だ。いつ、どこで、どんな理由で人と出会うかはわからない。 新進気鋭のシェフであるアルムート(ピュー)は、シリアル会社に勤めるトビアス(ガーフィールド)と交通事故をきっかけに出会った。前妻との離婚が決まり失意のさなかにあったトビアスは、アルムートの運転する車に轢かれたのだ。お詫びのため、アルムートは開店を控えたレストランにトビアスを招待し、そして2人は恋に落ちた。 私たちは時間の中を生きている。けれども流れる時間は常に一方通行で、何があっても過去に戻ることはできない──。 © 2024 STUDIOCANAL SAS - CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 『ブルックリン』(2015)のジョン・クローリー監督と、劇作家ニック・ペインが本作で試みたのは、そんな不可逆の時間を解体することだった。アルムートとトビアスが出会い、恋に落ち、愛し合い、時に衝突し、結婚し、子どもが生まれ、そしてアルムートのがんが発覚し、闘病の日々を送る、そんな人生の時間を。 映画をいかに編集するかは、物語を“いかに語るか”に等しい。そして、物語をいかに語るかは、そこで“何を語るか”と同じくらい──いや、それ以上に重要だ。あえて言えば、アルムートとトビアスの物語は、いわゆる恋愛映画としては飛び抜けて珍しいものではない。時系列を前後しながら恋愛を描く作劇も、これまでまったくないアプローチではないのだ。 けれども本作の特異性は、時系列の操作でむやみに観客の涙をしぼり取ろうとする(たとえば悲しい展開に幸せだった時間を重ねるような)のではなく、ある瞬間の記憶や感情が、また別の瞬間と互いに呼応する構成を取ったところにある。アルムートとトビアスの喜びや悲しみ、怒りなどの感情が、人生の時間を超えて共振し、観る者の心に触れるのである。 2人の過ごした時間は、出産のように大きな出来事でなくとも、ほんの小さな瞬間でさえ本当はかけがえのないものだ。ドア越しに背中合わせに立った数秒間の安堵も、自分の思いをうまく伝えられずまごつく時間も。 © 2024 STUDIOCANAL SAS - CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 物語の核心には避けがたい喪失がある。しかし本作が単なる悲恋ものの定型に陥らないのは、「いかに生きるか」という“自己決定”のテーマがその根幹にあるからだ。病状を知ったアルムートは、苦しい治療に耐える1年間よりも、前向きで幸せな半年間を過ごしたいと語り、トビアスにも告げることなく大きな決断をする。 アルムートとトビアスはどんな性格の持ち主で、何を考え、残された時間をどのように過ごすのか。時系列を錯綜させるからこそ、両者の感情と決断、互いへの理解、長い時間をかけた変化が自然に、また奇跡的なものとして浮かび上がった。人が他者を愛し、その関係ゆえに変わってゆくことの美しさも大きな主題だ。 ピューとガーフィールドは、アルムートとトビアスの内面や心のつながりを鮮やかに演じ、時系列の解体という構成上のリスクをまるで感じさせない。感情を爆発させる演技を得意とするピューだが、本作では静かな強さをたたえ、病に蝕まれる肉体とのギャップを印象づけた。もとより繊細な芝居に定評のあるガーフィールドも、神経質な青年から父親になっていく姿をじっくりと表現している。 そしてなによりも大切なのが、全編を貫く軽やかなユーモアだ。アルムートとトビアスが冗談を言い、互いをからかうやりとりには、2人の愛情がたしかに感じられる。ピューとガーフィールドは、本格的なラブストーリー&コメディには意外にも初挑戦だが、持ち前のユーモアセンスで恋愛と人生の苦楽を際立たせた(個性豊かな脇役たちのアンサンブルも見逃せない)。 © 2024 STUDIOCANAL SAS - CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION きわめて技巧的な一本ながら、本質はきわめてシンプル。スペクタクルやツイストに頼ることなく、洗練された構成と撮影、編集によって俳優の芝居を丁寧に見せる映画だ。そこで観客が見つめるものは、アルムートとトビアスという“普通の2人”の人生の重み。米国公開時、観客の間で鑑賞直後の泣き顔をTikTokやInstagramに投稿するブームが発生したことは、若い世代も含むあらゆる観客が感情を揺さぶられた証だろう。 私たちはごく普通の、なんでもない、けれども唯一無二の時間を生きている。『We Live in Time この時を生きて』は、恋愛と人生の美しさと儚さを見つめながら、それでも前進しつづける人間の尊さと気高さを描いた映画だ。その芯の強さこそが、最後にはポジティブで爽やかな感動をもたらす。 © 2024 STUDIOCANAL SAS - CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 映画『We Live in Time この時を生きて』は2025年6月6日(金)より、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー。 Supported by キノフィルムズ