テレビ局アナによる「4000万円」横領の内幕 本人が告白「地獄の始まり」

 今から2年半前、テレビ局のアナウンサーによる労働組合費の横領が発覚した。  その金額約4000万円。アナウンサーという華々しい仕事の裏で起きた不正は衝撃をもって受け止められた。彼はなぜ、「人の金」に手を付けたのか。本人が口を開いた。(デジタル編集部 文・古和康行、写真・秋元和夫 敬称略) 横領を起こした「友達」  その人は、友達だった。  「人気アナウンサーが起こした『労働組合費』4000万円横領事件」  2022年12月。写真週刊誌「FRIDAY」はこんな見出しで“事件”を報じた。テレビ局「CBCテレビ」(名古屋市)のアナウンサー・江田亮が、同社の労働組合員が積み立てていた4000万円を横領し、自身の投資に利用していたという内容だ。  記者と彼は13年にそれぞれの会社に入社し、同じ名古屋市内で働いていた。マスコミには“他社同期”というものがある。各社の入社同期がつるむことは珍しくなく、記者も彼とはよく遊んだ。約1年の勤務を終え、記者が岐阜市に転勤したあとは会わなくなった。  この報道からほどなくして、彼は同社を退社し、“雲隠れ”していた。そんな彼が今年4月、インスタグラムを更新した。肩書は「フリーアナウンサー」だった。  あの時、何があったのだろうか——。取材を申し入れると、受け入れてくれた。少しやせていたが、低く聞き取りやすい声は、12年前と変わらない。「久しぶり」。取材が始まった。 順風満帆だった人生  江田は「何でもできる人」だ。神奈川県川崎市で生まれ、幼い頃から続けてきた野球では、神奈川県内の強豪高校に推薦で進学した。だが、後にプロになる選手もいた周囲とはレベルの差を感じていた。そんな中、06年の「ワールド・ベースボール・クラシック」(WBC)で、松坂大輔とアナウンサーの上重聡が取材で再会するというニュースに触れた。「アナウンサーなら、仲間たちと一緒に仕事ができるかも」と考えた。  高校卒業後、「偏差値30くらい」から1年間の浪人生活を経て早大に進学。2013年4月には狭き門をくぐり抜けアナウンサーになった。「CBCは中日ドラゴンズの中継も多く、スポーツ実況を志した自分にはぴったりの会社だった」と感じた。  その後、ラジオの競馬実況から始まり、ついにはテレビでプロ野球の実況に抜てきされた。私生活では結婚もし、順風満帆な人生に「努力さえすれば何でもできると自分の能力を信じていた」という。 初めての「横領」いびつな成功体験  入社から5年後の2018年——。江田は先輩から引き継ぐ形で、CBCの労働組合の財務部長になっていた。労働組合費はストライキが起きた時などに支払われる「プール金」で、江田はその管理をまかされていた。だが、実際にはアナウンサーの仕事をしながらの業務だ。財務部長といっても、大半は組合の役員が使った経費の領収書を預かり、組合長の承認を得て、実費を支払うというものだった。  江田は初めて労組費を使った時のことを覚えている。後輩と連れ立って飲食店に行き、「2万円くらい」の“会議費”を経費として使った。あっさりと認められ、「こんなに簡単なのか」と驚いた。  この頃、江田は資産運用を始めていた。「銀行に預けるよりも資産が増えるなら」という気持ちでNISAの活用を始めた。少額だったが、たしかに運用益は出ていた。「もっと大きい金額ならより利益が生まれるのでは」と考えた。心に隙が生まれた。  初めて「横領」に手を染めたのは20年だ。「当時の投資信託の価値は右肩上がり。もっと稼げると思った」と、労働組合費から計約200万円を引き出し、海外株で構成される投資信託を購入するとこれが当たった。運用益を得て、そこから「元本」の200万円を組合費に戻して6月末の監査を「乗り切った」。いびつな成功体験だった。 利益が出て「地獄の始まり」  監査が終わった21年8月から12月にかけて計1000万円を横領して資産運用に充てた。横領によって原資を積み増した資産運用は、12月末時点で計約63万円の含み益を出した。「この頃にはおかしくなっていた」と語る。  だが、順調に思えた運用は暗転する。ロシアがウクライナを侵略した22年2月頃、保有していた米国株で構成する投資信託が値下がりし、約18万円のマイナスに転落した。  この時点では2月末だった。監査までは4か月もあった上に、自己資金で補填(ほてん)もできる金額だった。それでも、「取り返したいという気持ちが強く」なり、投資は“投機”の色を帯びていく。  3月末には保有していた投資信託も急激に持ち直し、75万円ほどの利益を確定させて売却する。ここで得た金を原資にETF(上場投資信託)の短期売買で、4日間で30万円の利益をあげた。「勉強もしてきたし、自分ならなんとかできる」と過信した。  この頃、江田はネットである情報をつかむ。「原発の行く末が不透明で、火力発電に使われる石炭に需要がある」。投資情報を発信するインフルエンサーのその言葉を信じ、石炭輸入会社の個別株のトレードを始める。「これが、地獄の始まりだった」 横領は3200万円まで膨らみ  22年4月。保証金を預けて自己資金以上に取引を行う「信用取引」を使って石炭輸入会社の株を買った。大きく値が動いた日に、1日で約250万円の利益をあげた。  これに気をよくして、同社の株式売買にのめり込んでいく。だが、その翌日の売買から値下がりした。大きく利益を出した1週間後には、500万円以上の損失が出た。江田は、この一連の売買で1200万円を労組費から引き出して投資に充てている。  その後もこの会社の株にこだわって売買を続けたが、5月に入っても上向く気配はなかった。元々、「株の売買は朝少し触るだけだった」が、この頃には四六時中、スマホが手放せなくなっていた。午後3時に日本の市場が閉まっても、夜からは米国市場が開く。国内市場に強く影響を及ぼすため、「値動きが気になって一睡もできなかった」日々が続いた。  5月10日からは、さらに激しく株価は下がった。投資先の3月期決算が目前に迫っていたためだ。  というのも、株式の短期売買では、決算をまたがずに株を手放すのがセオリーだ。市場の期待を下回る決算の発表があった場合、株価が下がるためである。売り注文は強くなり、株価はますます下げた。追加の保証金を求められ、さらに約1000万円の横領に手を染めた。  5月13日。迎えた決算日。午後3時には場が閉まり、その後、決算が発表される。江田はこの時期、最大約600万円にもなる含み損を抱えており、決済すれば多額の損失が確定してしまう状況だった。補填できるだけの自己資金は残っておらず、さらに値下がりすれば、「逮捕は免れないと思った」。この時、横領した金は3200万円に膨れ上がっていた。  江田の取引残高報告書には「5月13日」だけ、売買記録がない。  それまで激しく売買を繰り返していたのになぜ——? 「保有した株をどうするのか、決められなかったから」だという。仕事の合間、何度もトイレに駆け込み、スマホを握りしめた。「どうしよう、どうしよう、どうし よう……」。午後3時、市場が閉まった。  「怖くて、もう自分で何も決められなかった。トイレの床に座り込んで、震えていた」  そして、決算が発表された。 株価は急騰、ずさんな隠蔽工作  「当社は2023年3月期に創業以来の最高益を大きく更新する見込み」  決算資料には、こんな文言が並び、特別配当も発表された。株価は急騰し、休みが明けた5月16日にはストップ高で値がつかず、17日になって成り行きで売却した。保有数は4万株。横領した金を全て返しても、手元には約2700万円の金が残った。  「もう横領した金を手放したかった」と“隠蔽(いんぺい)工作”を行ったが、ずさんだった。横領した金を100万円ずつ自身の口座から引き出し、労組の口座に入金した。21年8月から22年5月にかけて3200万円の金が引き出されている一方、5月末に4日間かけて全ての金が戻っている。「入出金記録は汚れ切って」おり、新しい通帳に切り替えた。  監査こそ乗り切ったものの、7月に労組の役員の改選で江田は財務部長の職から外れた。今までの入出金記録が記された通帳を新体制から求められたが、「汚損したので取り替えました」と答えた。 発覚  22年11月。夕方のニュースを読んだ後、労働組合長に呼び出された。横には弁護士も同伴しており、「何の話か分かる?」とたずねられた。「分かります」と答えるほかなかった。銀行の入出金記録や過去の領収書など、資料は全てそろっていた。もう、逃げ道はなかった。  横領の総額は約4000万円。投資信託のために初めて横領した200万円、21年8月からの3200万円。そして、「不適切な会計処理」があったとして約435万円も告げられた。この435万円も「どこで、どのように使ったかは分からなかった」。投資に充てていた金は全て返済していたが、残っていた金から435万円を弁済した。  労働組合は事実を社内に公表した。会社からはアナウンス業務の停止と自宅待機の指示を受けた。ほどなくして、写真週刊誌から取材を受けると「会社にこれ以上、迷惑はかけられない」。江田は会社を辞めた。 アナウンサーを辞めた  アナウンサーによる巨額横領のニュースは、今もネットに残る。  「投資で生きていけると言われることもあったけれど、株価が値上がりしたのは、たまたまだった」。労働組合の役員を離れてからも、江田は不正に得た収益を元手に個別株の信用取引をしていたが、発覚までのわずか4か月の間に2000万円近い損失を出している。生活費にも使っており、435万円を弁済するとほとんど金は残らなかった。「たまたま」という自己評価は妥当だ。  退職後は実家に帰り、資格取得の勉強を始めたが、人と会うことができなくなってふさぎ込み、心療内科を受診した。「うつ状態で、朝は起きることができず、夕方には理由もなく涙が流れた」という。  医師から「社会との接点を」と勧められ、始めた就職活動では100社以上にエントリーをしたが、過去のスキャンダルの影響もあって会ってくれたのは5社だけ。「おそらく、その5社もネットで調べていなかっただけ」だと思っている。それでも23年9月に再就職することができたが、過労がたたり、25年3月に退職した。 全てを失って「あの頃はこんな未来が待っているとは」  「2度目の無職だよ」と力なく語る。  事件後、江田は離婚した。誇りだった仕事も、家族も全て失った。今は無職になったことをきっかけに、培った技術を生かそうとフリーアナウンサーとして仕事を探しているという。だが、将来は見通せない。「人様が大切に積み立てていた金を使っていいわけなどない。自分が全て間違っていた」と後悔を口にした。  江田の横領について、CBCテレビに取材を申し入れた。同社は「在職していたことは間違いありません」とした上で、「すでに退職された方ですので、会社としてコメントする立場にございません」と書面で回答した。  今から12年前。大学を卒業したばかりの私たちは、将来をよく語りあった。彼はアナウンサーに、私は記者になるという夢を叶(かな)えたばかりで、2人とも自分たちはなんでもできると思っていた。私も紙面に自分の書いたニュースが載れば自慢し、彼は生き生きと出演した番組について語った。楽しい思い出ばかりだが、危うさもたしかにあった。  「なんでこんなことになったんだろうね」。ペンを置き、記者が問いかけると彼はこう言った。  「関係ないかもしれないけれど、どんなことでも『なんとかなる』という自分の能力に対しての傲慢(ごうまん)さはあった」。そして、言った。「あの頃はこんな未来が待っているとは想像できなかったよね」。記者もうなずく他、なかった。

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