かつては「誤訳の女王」と批判された戸田奈津子氏 業界で絶賛されるワケ

 トム・クルーズ主演の大ヒットシリーズ最新作『ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング』が公開中だ。トムの映画といえば、日本語字幕の翻訳は言わずと知れた戸田奈津子さん。本作も例外ではなく、戸田さんが担当している。 【画像】「88歳とは思えない若々しさ!」翻訳家の戸田奈津子さんを見る  戸田さんは現在88歳。『ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング』のような長尺(169分)の映画を訳すのは、気力体力が充実している若手の翻訳者にとっても大変ハードだ。  完成から日本公開までの期間が長い単館系の作品ならともかく、本作のようなハリウッド大作は本国とほぼ時差なく公開されることが多いため、完成から公開まで、翻訳にかける時間的な余裕は十分になかったはず。  おまけに本作、サイバー関連の用語がポンポン出てくるうえ、二部作の後編という位置づけで、前作『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』で張られた伏線を回収していくなかなか複雑な展開なのだ。調べ物や確認作業だけでも、かなりの時間を要すると思われる。  インターネットの検索窓に戸田さんの名前を入れると、「トム・クルーズ」や「現在」と並んで、「誤訳」と出てくる。  40年以上のキャリアで1500本以上の映画を翻訳してきたという戸田さん。最盛期には1週間に映画1本、年間50本のペースで仕事をしていたという。現在のように、ネットで便利に調べ物ができる時代ではない。もちろん間違いは無いに越したことはないが、それだけの作品を翻訳していれば、人間なのだから誤訳も混在してしまうのが現実だと思う。  かくいう筆者もライター業と二足のわらじで字幕翻訳の仕事をしている。手がけるのは英語ではなく中国語の作品で、映画よりドラマのほうが多いという違いはあるが、1話45分のドラマを訳す場合、人間らしい生活を送れる程度の休息時間を取ったとして1週間で2話、つまり90分でキャパシティーとしてはパンパンだ。体調でも崩すと間に合わない。  ちなみに、字幕制作会社等からのチェックや修正の時間はこれに含まない。あらためて、戸田さんの1週間で映画1本、年間50本翻訳というのは驚異的な仕事量だ。  さらに、戸田さんの日本語字幕は情景がイメージしやすく、読みやすい。字幕は空気のように作品と一体になっていて、鑑賞の妨げにならないものがいい。  頭では分かっていても、そんな訳をつけるには高い日本語の表現力とセンスも必要で、ベテランの仕事であっても、見惚れるような字幕に出会える機会はまれである。  さらに、中途半端に原語を解してしまうと、原語と字幕の違いが気になったり、意訳されていることが気になるという気持ちも分かる。しかし、少なくとも英語が不得手な筆者は、大胆な意訳が多いと言われる戸田さんの字幕を鑑賞のノイズに感じたことはない。  そもそも字幕は原語を解さない観客が楽しむためにあるものだ。一字一句、直訳するわけではなく、その場面で交わされている会話の意味を文字数の制限内で伝える作業である。  現在は、翻訳者が字幕制作ソフトを使い、パソコン上で、セリフを1枚1枚の字幕に区切っていくハコ切りの作業から、字幕が出るイン点と消えるアウト点を打つスポッティング、そこからさらに翻訳までを自分で行うことが多い。  映像を繰り返し見直すこともできるし、ソフトが自動的に許容される残りの文字数を表示してくれるなど、かなり機械化されている(翻訳者が本業以外の作業をこなさなければならず、負担が増えているという意見もある)。  そうなる前はもっとアナログで、映像を見ながら台本上のセリフやナレーションの上にスラッシュを書き込み(ハコ切り)、そのハコの長さをストップウォッチではかって文字数を出していたというから、大変な職人作業である。  戸田さんの過去のインタビューを見ると、戸田さんが手がけてきたようなハリウッド大作は納期に余裕がなく、試写室で1回観たきりで翻訳を進めたり、公開前に映像を外に出すことを嫌がる製作者——たとえばスティーブン・スピルバーグ監督の『A.I.』などは、監督のオフィスまで出向いて映像を見て翻訳したそうだ。  だからというのは強引だが、戸田さんは初見で作品の世界をとらえることに長けているのか、字幕で情景がイメージしやすく面白さを損なわない。  字幕制作ソフトで作業をしていると、早送りや巻き戻しや細かい頭出しが可能なのはいいが、“木を見て森を見ず”になりがちだと反省することがある。もちろん筆者自身の問題ではあるのだが、作品全体をとらえて訳すという意識が抜けがちになる。  さらに、字幕翻訳の難しさとして、よく紹介されるのが文字数制限の縛り。現在の字幕翻訳者のほとんどは「1秒4文字」と教えられ、日々翻訳に励んでいる。ところが戸田さんは1秒で読み切れる文字数を3文字と考えて翻訳しているという。1秒4文字でまとめるのも相当キツいのでマネできないが、読みやすいのも納得である。  とはいえ、ご高齢ゆえに、新しいボキャブラリーや世の中の変化に対するキャッチアップが間に合わないというのは致し方ないことだろう。トム・クルーズ作品のように「戸田さんでないと」という作品を除き、戸田さんの仕事を見られる機会は減っている。  知力体力集中力と、なかなかにハードな字幕翻訳業。88歳で現役を続ける戸田さんと、60歳を過ぎても至高のエンターテインメントを目指し、危険なアクションにも果敢に挑戦するトム。シリーズの集大成と位置づけられている『ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング』は、そんな2人のコラボレーションという意味でも1つの区切りだと考えると、万感の思いがこみ上げる。  戸田奈津子さんといえば、今年、ある映像がSNSでバズった。東京ドームで開催された米大リーグ・ドジャースの開幕戦を伝えるニュースで、試合終了後に一ファンとしてインタビューを受けていた人物が戸田さんだったのだ。  昨年、偶然見たある動画(2024年11月配信のYouTube「マムちゃんねる」)で、ゲストの戸田さんが「大谷翔平選手にハマっている」と明かし、野球のことはよく知らないながらも毎試合見ていると興奮気味に語っているのを聞いて、こういうふうに「好き」を原動力に世界を広げ、仕事にも情熱を傾けてきたのだろうと思ったことを覚えている。  昭和11年生まれの戸田さんは、焼け野原になった東京を知る世代。外国映画の中の豊かで華やかな世界に憧れ、映画に魅せられたという。英語に興味を持ったのも、映画が好きだったから。そこで字幕翻訳者を目指し、40歳までアルバイトをしながら翻訳者デビューを待ったというエピソードは、翻訳者の間では有名だ。  筆者も子供の頃から外国映画が好きだったため、「外国語ができれば、字幕翻訳者になるという道も開けるのか」と、中高生の頃は戸田さんのインタビューが載った雑誌を勉強机の本棚の目立つところに置き、英語の宿題を片づけるモチベーションにしていた。  たまたま、大学受験の頃は自分の中で中華圏映画のブームが来てしまったので中国語の道に進んだが、同世代の映画好きの女性は、戸田さんのキャリアや生き方に影響された人が少なくないだろう。  時代が違うので、40歳まで結婚せず、定職に就かず、好きな仕事を目指し続けた戸田さんは、今以上に周囲から好奇の目で見られたと想像する。ご本人が気にしていたかどうかは別として。  筆者も40代、未婚の字幕翻訳業であることは共通している。周りの同世代がどんどん結婚していっても、自分にとってそれが映画や仕事以上に関心を持てるものではなかったので、強がりでも何でもなく、まったく寂しくはなかった。 「休みがあったら何をしたい?」と聞かれれば、「見逃している映画をはしごする」と答える。「そんな生活、出会いがない」と散々言われてきたけれど、それより話題の映画との出会いを逃すほうが大問題なのだ。  とにかく「映画が好き」を原動力に、仕事を続けてきた戸田さん。ハリウッドスターからの信頼も厚く、その交友関係の深さでも有名だが、人生の全てを映画に捧げているスターたちには、そんな映画愛が伝わるのかもしれない。  独りで大好きな映画を観て、こつこつセリフを訳し、スターが来日した時だけ通訳するなんて、究極のオタ活&ソロ活が両立できる映画ファンには夢のような仕事だ。高い瞬発力やコミュニケーション能力が必要な通訳とは異なり、そもそも翻訳者は内向的で独りでこつこつ作業するのが苦にならない人に向いている。  好きを入り口に世界を広げ、好きを武器に食べていく。誰もがかなえられる道ではないが、その生き方をブレずに貫いている戸田さんは、映画オタク、ソロ活女子を極めた存在であり、憧れであり続けるのではないだろうか。

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