【べらぼう】尾美としのり「朋誠堂喜三二」、岡山天音「恋川春町」、桐谷健太「大田南畝」強烈な3人の文化人の意外な共通点

男性機能不全に陥りながら執筆  NHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』では、このところ主人公の蔦重こと蔦屋重三郎(横浜流星)の仕事相手、つまり本の書き手がクローズアップされている。 【写真をみる】“生肌”あらわで捨てられて…「何も着てない」衝撃シーンを演じた愛希れいか  第18回「歌麿よ、見徳(みるがとく)は一炊夢(いっすいのゆめ)」(5月11日放送)では、朋誠堂喜三二(尾美としのり)に焦点が当てられた。蔦重は喜三二に、翌年の正月に出す青本(表紙が萌黄色の大人向け絵入り読み物)を10冊書いてほしいと頼むが、書けても3冊くらいだと断られる。そこで蔦重は、吉原の女郎屋に「居続け」(連泊)し、1作ごとに店を変えながら執筆する、という方法を提案し、承諾させる。 尾美としのり、岡山天音、桐谷健太  喜三二は松葉屋に居続けるうちに、腎虚(行為のしすぎで男性機能が不全になること)にもなったが、夢から覚めたと思ったら、それもまた夢だったという『見徳一炊夢』を書き上げ、腎虚も克服する。  第19回「鱗(うろこ)の置き土産」(5月18日放送)で取り上げられたのは、恋川春町(岡山天音)だった。地本問屋(江戸でつくられた草紙や絵本などを制作、販売する問屋)の鱗形屋孫兵衛(片岡愛之助)が店を畳むことになったので、蔦重は鱗形屋と関係が深かった春町に、自分の耕書堂で本を出さないかと持ちかけるが、聞いてもらえない。  そこに鱗形屋から助け船が出された。春町は新作を鶴屋(風間俊介)のもとから出すことになっているが、春町と鶴屋は相性が悪いので、蔦重が春町をかっさらってほしいというのだ。春町と親しい喜三二によれば、あたらしいことをやりたがる春町は、「案思」(作品の構想)次第では乗ってくるという。蔦重は100年先の江戸を描いてもらおうと提案し、春町に執筆を受け入れさせた。 南畝の返事は「いまなら狂歌」  第19回の最後では、『菊寿草』という冊子に最新の青本の番付が発表され、喜三二の『見徳一炊夢』がトップの「極上々吉」の評価を得て、蔦重も喜三二も大よろこびする場面が流され。この評者が大田南畝(桐谷健太)だった。  その南畝が、第20回「寝惚(ぼ)けて候」(5月25日放送)でクローズアップされた。蔦重が書物問屋の須原屋市兵衛(里見浩太朗)と一緒に会いに行くと、障子が破れ壁は傷んだ侘しい住まいだったが、南畝はいたって陽気で、蔦重が「畳が焼けておりますが」と問いかけても、「十年欠かせず陽は上り、十年欠かさず日は暮れた。めでてえこったの太平楽」と返すような具合で、蔦重はすっかり気に入り、耕書堂でなにかを書かないかと提案する。  南畝の返事は「いまなら狂歌」だった。蔦重は南畝に誘われ、狂歌の会に参加する。そこでは「うなぎに寄する恋」という妙ちくりんなお題で歌を詠み合っていたが、「四方赤良」という狂名(狂歌の作者としての号)で参加している南畝が、会のあとの酒席で詠んだ狂歌は鮮やかだった。 「あなうなぎ/いづくの山の/いもとせを/さかれて後に/身を焦がすとは」  最初に「穴にいる鰻」と「あな憂(ああつらい)」が掛けられている。「山のいも」は、山芋が鰻に化けるという俗信から鰻の縁語。「いもとせをさかれて」は「妹と背」、つまり恋人同士の仲を「裂かれて」という意味と、鰻の「背を裂かれて」いる状況が掛けられる。「身を焦がす」も、仲を裂かれた恋人同士が恋に身を焦がすという意味と、鰻の身が焼かれ、焦がされていることが重ねられている。  蔦重は「狂歌、ありゃ流行る。俺が流行らせるぞ!」と決意するのだった。 武士が文化活動に従事しやすい時代  朋誠堂喜三二と恋川春町、大田南畝。『べらぼう』でこの3人は、いずれも腰に大小の刀を差している。3人とも武士なのである。  18世紀後半から江戸で盛んになった通俗小説、すなわち蔦重が出版に力を入れた草双紙(大人向けの絵入り物語で青本なども含まれる)や洒落本(遊里での遊びの様子を描いた本)をはじめとする戯作は、その作者の多くが武士だった。  教養のある人物が武士階級に多かったこと、武士の給料はコメだったので、商品経済の発展にともなって生活苦の武士が増え、副収入はありがたかった、といったことは理由として挙げられる。加えて、田沼意次が老中を務めた安永元年(1772)から天明7年(1787)の自由な空気を無視できない。商人たちに自由な活動を促した経済優先の政治のもと、文化への統制は影を潜め、文化的には江戸時代をとおしてもっとも自由な時代だった。だから、武士も文化的な活動に従事しやすかったのである。  朋誠堂喜三二(1735〜1813)の本名は平沢常富。江戸の武士の三男坊で、母方の縁戚である秋田久保田藩士の養子になった。本職は秋田藩の江戸留守居役筆頭で、幕府と他藩との交渉を行う外交官のような立場だった。当時、吉原は事実上の社交サロンでもあったので、各藩の江戸留守居役は出入りすることが多かったが、喜三二は「宝暦の色男」と自称していたくらいで、仕事を超えて積極的に吉原に通ったようだ。  安永年間(1772〜81)に、朋誠堂喜三二の名で戯作を手がけるようになった。ちなみに、この戯作名は「武士は食わねど高楊枝」を意味する「干せど気散じ」をもじっている。 子供でも知るくらいの大評判  恋川春町(1744〜89)は駿河国(静岡県東部)の小藩、小島藩に仕える武士で、本名は倉橋格といった。藩の用人として江戸に勤務しながら、絵師の鳥山石燕に弟子入りして絵を習得。安永4年(1775)、物語も挿絵も担当した『金々先生栄花夢』で、黄表紙(滑稽や風刺を織り交ぜた大人向けの絵入り小説)というジャンルを切り開いた。  以後、30編前後の黄表紙を手がけたほか、洒落本や挿絵などで幅広く活躍した。恋川春町という名は、小島藩の江戸藩邸があった「小石川春日町」をもじったものだ。  大田南畝(1749〜1823)も洒落本のほか黄表紙なども手がけたが、この人物はそれ以上に、四方赤良の狂名による狂歌で名を成した。15歳ぐらいで、江戸六歌仙の一人の内山賀邸に弟子入りして和歌を学び、その後、狂歌会に参加したり、みずから主催したりすることを繰り返した。南畝のもとには武士から町人まで、江戸の狂歌界の中心人物が集まるようになり、「天明狂歌」と呼ばれる江戸における狂歌の大ブームの立役者になった。  四方赤良は、唐衣橘洲(本名は小島源之助)、朱楽菅江(本名は山崎景基)とともに「天明狂歌三大家」と呼ばれた。なかでも赤良は「高き名の/ひびきは四方に/わき出て/赤良赤良と/子供まで知る」と、狂歌に詠まれたほど。『べらぼう』の第20回で紹介された「うなぎに寄する恋」の歌でもわかるように、赤良の狂歌は見事で、子供でも知っているくらい大きな評判だったのである。 出頭を命じられた春町が選んだ最後  ところが、天明6年(1786)に田沼意次が失脚し、翌年、松平定信が寛政の改革をはじめると、田沼時代に開花した自由な文化は悪と決めつけられ、徹底した倹約が推奨されるとともに、武士は学問と武芸に精進するように導かれた。  そんななかで、喜三二は天明8年(1788)、寛政の改革の文武奨励策を風刺した黄表紙『文武二道万石通』を書いて蔦重の耕書堂から刊行。さすがに秋田藩も、定信の弾圧の手が回ることを恐れたようで、喜三二に黄表紙の筆を折らせている。ただし、手柄岡持の狂名で詠んでいた狂歌は、その後も続けた。  恋川春町も寛政元年(1789)、やはり松平定信の政治を風刺した『鸚鵡返文武二道』を耕書堂から出版した。幕府の命で絶版にさせられ、定信から出頭を命じられたが、病気を理由に呼出しには応じず、隠居をしたのちに死去している。主家や養父に迷惑をかけないように自殺した、というのがもっぱらの見方である。  それにくらべれば、大田南畝は直接の圧力をかけられてはいない。しかし、つるんで吉原に通っていた勘定組頭の土山宗次郎が、横領の疑いをかけられ斬首されると、南畝も幕府から目をつけられたといわれる。このため、狂歌の筆を置き、執筆業は細々と続ける程度になった。  この3人の事実上の退場をもって、教養と時間がある武士が主導し、あたらしく力強い文学が続々と誕生し、開花した宝暦・天明文化の時代は終わったのである。 香原斗志(かはら・とし) 音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。 デイリー新潮編集部

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