高架橋にも歴史あり 東京駅を振り出しに山手線を外回りでぐるり一周する旅も、今回で最終回を迎えた。残る神田−東京間に乗ってふたたび東京駅へもどり、この連載を締めくくることにしよう。 神田−東京間は、まず中央線の線路が1919(大正８)年３月１日に開通した。東京駅と、中央線の一時的な終着駅として威容を誇った万世橋駅(1943年廃止)を結ぶ高架工事の一環だった。東京駅以南の既設煉瓦造アーチ橋と見栄えを統一するため、同じようにアーチが連続しているが、内部の構造は煉瓦ではなく鉄筋コンクリートで、表面の仕上げにのみ煉瓦タイルを用いているのである。化粧煉瓦は道路に面した西側だけで、隣接して山手・京浜東北線の東京−上野間工事が予定されていた東側には、煉瓦装飾が省かれている。 東京駅と上野駅を接続する工事は、1920(大正９)年２月に着工し、25年11月に完了した。これにより山手線の環状運転が実現したのだ。 だが、ひとくちに「東京駅」といっても、その範囲は広い。じつは1914(大正３)年の東京駅開業以前に、北側の高架橋は永代通りを呉服橋架道橋により乗り越して、常盤橋架道橋の手前まで煉瓦造でつくられていたのである。 アーチが連なる高架橋はいわゆる「橋」には見えないけれど、維持管理の必要もあるから区間ごとにちゃんと名前がつけられている。呉服橋架道橋と常盤橋架道橋にはさまれたアーチ橋は「銭瓶町橋(ぜにがめちょうばし)」高架橋という。「銭瓶町」とは昭和初期まで周辺に存在した地名で、道三堀(1909年に埋立て)に架かっていた橋名に由る。 つまり、東京−万世橋・上野間を接続する工事は、厳密には銭瓶町橋高架橋の北端から神田方を施工すればよかったのだ。 この高架橋にまつわるエピソードは後述するとして、神田駅を出発した外回り電車は、中小のビル群越しに丸の内の高層建物を遠望しながら、付近の細街路上を斜行してゆく。一瞬、中央区に入るものの、すぐにまた千代田区内へもどり、江戸城の外堀だった日本橋川を渡れば、左右は大手町のビジネス街だ。山手線より１層高い、東京駅の３階へと登ってゆく中央線電車を横目に、こちらは駅２階の５番線へすべり込む。 銭瓶町橋高架橋の驚きの活用法 銭瓶町橋高架橋は、東京駅の開業に先立つこと8年も前の1906(明治39)年12月には工事を完了していた。それだけ、東京駅の駅舎建設に時日を要したともいえる。 1907(明治40)年１月、現在の銀座郵便局のあたりにあった逓信省(のちの郵政省)庁舎が焼失する。仮庁舎の場所として白羽の矢が立ったのが、銭瓶町橋高架橋だった。奇想天外なアイディアだが、当面、列車が通る気遣いはなく、鉄道当局との話さえつけば新たな土地探しも不要だ。線路敷だから“鰻の寝床”状になってしまうのは仕方ないとして、煉瓦アーチ14個分の長さの高架橋上下に木造の仮庁舎を突貫で施工したのである。 逓信省は1909(明治42)年６月、元の場所に新庁舎を建て(その後、関東大震災でまたも焼失するのだが)、銭瓶町橋高架橋の仮庁舎から転出していった。 空いた仮建築を改修のうえ、新規入居したのは鉄道病院である。1911(明治44)年５月のことで、「常盤病院」と称した。常盤橋にちなんだのだろうか。現在のJR東京総合病院の淵源となるこの施設は、鉄道院総裁の後藤新平の肝いりで設立されたものであった。 1914(大正３)年に「東京鉄道病院」と改称し、16年に芝公園へ移転するまで銭瓶町橋高架橋に存在した。当時の図面を見ると、高架下に各医科の診療室が並び、高架上は病室だったようだ。 さらに1921(大正10)年になると、今度は高架下を利用して鉄道博物館が開設された。これもまた、鉄道知識の普及を図るため社会教育施設が必要との後藤新平の考えが基になっている。銭瓶町橋高架橋の下に20の展示室を設けて模型や資料を展示したほか、高架上の留置線に実物の車両を並べて展覧に供したこともあったという。 鉄道博物館は、関東大震災による火災で収蔵資料の多くを失い休館に追い込まれたが、２年後の1925(大正14)年には再開館にこぎつけた。しかし増える一方の資料による手狭感もあり、1936(昭和11)年に銭瓶町橋高架橋を去っていったのである。移り先は、やはり震災で大打撃を受け、規模が大幅に縮小された万世橋駅舎の跡地であった。 東京ステーションホテルと原爆ドーム 東京駅丸の内駅舎のなかにホテルが併設されているのはよく知られている。東京駅開業から約１年遅れの1915(大正４)年11月２日に営業を開始したので、今年で創業110年だ。太平洋戦争前後の一時期「東京鉄道ホテル」と名乗ったものの、基本的に創業以来「東京ステーションホテル」の屋号を守り抜く老舗である。 ホテルの開業にあたり、当初の運営は精養軒に委託された。精養軒は、1872(明治５)年に丸の内で西洋料理店を開いたのがはじまりだが、この店は開業初日に火災に遭い、仕切り直して翌年、宿泊施設つきのレストランを築地に興した。 1910(明治43)年、築地精養軒は既存店舗を本格的なホテルに建て替える。設計を任されたのは、チェコ人のヤン＝レツルという建築家だった。その後レツルは、やはり精養軒が運営受託した松島パークホテルの設計を手がける。仕事ぶりが評価され、宮城県知事から広島県知事に転じた寺田祐之(てらだ・すけゆき)の紹介で、レツルはさらに広島県物産陳列館の設計に携わった。この建物こそ、いまに残る「原爆ドーム」にほかならない。 ここからは推論なのだが、レツルは松島パークホテルから広島県の仕事に移る前に、あるいは同時並行的に、築地・松島と同じクライアントの精養軒が運営受託した東京ステーションホテルの内装設計に関与した蓋然性が高いと思う。つまり東京ステーションホテルと原爆ドームは、ヤン＝レツルというチェコ人の設計者を介して結びつきうるのである。 筆者は、勤め先が旧丸ビルにあった若かりしころ、東京ステーションホテルによく足を向けた。上司や同僚らと界隈でしこたま飲んだ挙句もう１杯というとき、駅直結のホテルは帰宅に至便だった。メインバーは混んでいるので敬遠し、めざすは宴会場である。すると、夜の宴会がはねた後のホワイエに、丸卓をずらりと並べた即席のバーが客を待っていたのだ。 その時分はホテルの絨毯もだいぶ擦り切れ、いささか“うらぶれ感”が漂っていた。駅舎を建て替えるか保存するかで世論は割れており、設備投資もためらわれたのだろう。1999(平成11)年にようやく丸の内駅舎の保存復原方針が決まり、工事期間中、東京ステーションホテルは一時休館ののち、2012(平成24)年10月にリニューアルオープンを果たした。 江戸から令和、その先の未来へ 東京駅の改良工事は、いまだ終幕を迎えていない。目下、進められているのは、丸の内と八重洲側を結ぶ南部地下１階の自由通路新設と、改札内１階南通路の拡幅、さらには通路周辺への店舗や待合わせ広場の新設などの工事である。北口サイドには入場券のいらない自由通路が早くからあったのだが、南口側にはそれがなく遠回りを強いられてきた。新設自由通路の供用開始は2029(令和11)年度、全体完成は31年度冬と発表されており、不便解消まであと４〜５年を要するが、完成すれば東京駅の大がかりな工事はこれで一段落だ。 東京駅ばかりではない。やはり大規模改良工事のつづくターミナル駅のうち、渋谷駅は少しずつ形が見えてきだし、品川駅はいままさに工事たけなわだ。新宿駅西口は緒についたばかりといったところか。コロナ渦中の2020(令和２)年３月に暫定開業した高輪ゲートウェイ駅では、先ごろ１st GATEの街びらきが行なわれ、駅施設が全面使用を開始した。 山手線一周30駅、それぞれに江戸の名残りが垣間見えたり、明治・大正・昭和、そして平成・令和と受け継がれてきた歴史の断片が見いだされた。その一方で、駅と直結した“先進未来都市”の創造や、羽田空港アクセス線といった新線の計画も具体化し、また新たな秘話が刻まれようとしている。 あらためて東京駅の周囲を歩いてみた。銭瓶町橋高架橋のすぐ東側、日本橋口の目の前で多くのクレーンがせわしげに動いているのは、日本一の高さとなる62階建て385mの超高層ビル「トーチタワー」の建設現場である。2028(令和10)年３月の竣工と聞く。東京駅とも地下道でつながるはずで、完成の暁には物見高い観光客が駅から列をなすにちがいない。 かと思えば、丸の内北口の横では、昔ながらの路上靴磨きが盛業中だった。駅舎に沿ってパイプ椅子が並べられ、順番待ちの年輩客が本を読んでいる。料金は１回1100円だが、現金のみならずペイペイも使えるところが今様である。 丸の内の南口ホール。辰野金吾が心血を注いでつくりあげた装飾をもう一度よく観察しようと頭上に目を凝らしていたら、ホールに面したホテルの客室窓に明かりが灯り、カーテンが揺れた。子供の顔がのぞいた。 （連載「山手線30駅秘話」おわり） 「山手線秘話28」《御徒町駅》...上野駅から600m、アメ横に宝石街、松坂屋を擁して開業100周年