いわゆる「川崎ストーカー事件」はストーカー事案の扱いの難しさを改めて認識するきっかけとなった。現在、調査が行われているが、被害者と警察のコミュニケーションが十全ではなかったことは明らかだろう。こうした構図は過去にもたびたび見られたものだ。 1999年10月に起きた桶川ストーカー殺人事件。被害者の訴えを埼玉県警は無視し続けたのみならず、事件後には被害者に非があるかのような情報を記者クラブに流した。 【写真を見る】桶川ストーカー殺人事件の犯人が“溺死体”となって見つかった場所 さらに自らの失態を隠蔽(いんぺい)するための嘘までついていたのだ——事件を取材し、やる気のなかった警察よりも早くに犯人グループの特定、撮影に成功した写真週刊誌「FOCUS」の記者(当時)・清水潔氏の著書『騙されてたまるか 調査報道の裏側』をもとに、そのあまりに酷い実態を見てみよう(以下、同書をもとに再構成しました) (前後編記事の後編:事件前後の警察の酷い対応については前編【「これは事件にならないよ」「男と女の問題だから警察は立ち入れない」 最悪のストーカー殺人を引き起こした警察の信じられない対応】に詳しい) *** 警察による被害者バッシング 白昼、駅前で刺殺された美人女子大生──。 警察の大嘘が暴かれるプロセスとそのあまりに酷い実態とは—— (※写真と記事本文は直接関係ありません) 事件から1週間、そして10日とマスコミの注目が衰えることはなかった。 遅々として進まない捜査をよそに、報道合戦がエスカレートしていく。ところがいずれも私の記事とは違って、まるで被害者の猪野(いの)詩織さんに非があるかのような内容の報道ばかりだった。〈被害者は夜の店で働いていた〉〈ブランド依存だった〉といった扇情的な文句が、夕刊紙やスポーツ紙、週刊誌に躍る。テレビの情報番組ではコメンテーターが「そんなお店にいたなら彼女も悪いですね」と言い放つ。まるで被害者に非があるかのような報道に私は苛立った。なぜこんなことになるのか。「FOCUS」の編集長からも、「何でウチはこういう記事を書かないんだい……」と指摘される始末。 【“真実”は現場にあり。桶川・足利事件の調査報道で社会を大きく動かした記者が、報道の原点を問う】国家に、警察に、マスコミに、もうこれ以上騙されてたまるか——。桶川ストーカー殺人事件では、警察よりも先に犯人に辿り着き、足利事件では、冤罪と“真犯人”の可能性を示唆。調査報道で社会を大きく動かしてきた一匹狼の事件記者が、“真実”に迫るプロセスを初めて明かす。白熱の逃亡犯追跡、執念のハイジャック取材……凄絶な現場でつかんだ、“真偽”を見極める力とは? 報道の原点を問う、記者人生の集大成。 『騙されてたまるか 調査報道の裏側』 それでも私は自分の取材を信じ、独自路線の記事を書き続けた。 決断 一方、気になっていたことがあった。 「告訴状」を受理した場合、「被害届」と違って捜査や報告義務が必須となる。それが面倒なため、上尾署は改竄した。上尾署は、告訴の受理件数を減らしたかったという。未解決事件の累積は署の成績に影響する (※写真と記事本文は直接関係ありません) 刑事が詩織さんの家にやってきて、「告訴を取り下げて欲しい」と言ってきた件だ。なぜ一度受理した告訴を、警察が「取り下げ要請」する必要があったのか。しかも刑事は、「告訴するならまたできますよ」と説明したという。刑事訴訟法では同じ案件で2度の告訴はできないから、事実ならば警察官が誤った情報を伝えたということになる。 この件について上尾署に確認を取りたかったが、例のごとく私の取材には一切応じない。殺人事件の取材でも取りつくしまがないのだから、警察内部についての情報など論外だろう。 そこで私は、埼玉県警を担当していた友人の新聞記者「ミスターT」に尋ねてみた。ミスターTは飲み仲間でもあり、信頼できるベテラン記者だ。 するとこの頃、同じ噂がマスコミの一部で流れていたことがわかる。問い合わせに対し上尾署の幹部はこう答えたという。 「調べてみましたが、告訴取り下げの要請をした刑事はウチにはいません。記録も報告もありません。そんなことを言うはずもありません」 さらにある幹部は、「ニセモノですよ。おそらくストーカーが芝居を打って告訴を取り下げようとしたのでしょう」と語ったという。なるほど。あのストーカー・グループならば、やりかねない。私もそれを聞いて納得し、エピソードの一つとして「ニセ刑事による告訴取り下げ」の話を記事に書き込んだ。 池袋での取材が続いた。 独自の記事を出し続ける「FOCUS」編集部に、寄せられる情報も増えてきた。 その一人からこんな話を聞いた。 「小松の経営する店の従業員に、身長170センチ、小太りで短髪の男がいる」 いつもスーツを着ているなど、その男の人着(にんちゃく・警察用語で犯人の人相や着衣のこと)は桶川駅前から逃走した男にぴったりだった。男の名前や立ち回り先もやがて判明していく。 やはり池袋の別のマンションだった。 小松のグループは、新しい店をオープンしようと準備を開始しているようだった。空振りも承知でその部屋を張り込むことにした。相手には気づかれないように遠距離から監視できる場所を確保し、そこに超望遠レンズを持ち込む。いつもコンビを組む桜井修カメラマンと長い張り込みが始まった。 さまざまな男たちが、その部屋を訪れては帰っていった。すでに店は開店しているようだったが、小松や実行犯の男は本当に現れるのか……。 木枯らしが吹きすさぶ12月6日の夕刻のことだった。 桜井カメラマンが、実行犯らしい人物たちの撮影に成功したのである。数名の男たちがマンションのドアから出入りする写真だった。私は元従業員たちにこの写真を見てもらい、確認を取っていった。とはいえ、すぐに記事にできるわけではない。自分たちの写真が載った雑誌が出たら逮捕前に逃走されてしまうからだ。それでは元も子もない。詩織さんが懸命に遺言を残した理由は、週刊誌のスクープのためではないだろう。 どうしたら犯人が逮捕され、かつ記事にすることもできるのだろうか──。 私は決断を迫られた。 警察の捜査が遅々として進んでいないことは知っていた。池袋での取材を続ける間、それらしい捜査員を見かけたことはほとんどなかったからだ。 ならば仕方がない。私は、ミスターT経由で犯人たちの情報を上尾署に伝えることにした。警察に取材を拒否されている私が、なぜ警察に情報を提供しなければいけないのか。考えるほどに癪だったが、事は殺人事件である。やむを得まい。 ところがそれでも、捜査本部は逮捕に踏み切らなかった。 いったいどうなっているのか。 連日池袋に通っては、大勢の捜査員が張り込む姿をただ遠くから見て祈るだけだった。その間にも実行犯たちは池袋に現れていた。なぜ逮捕しないのか。私は冷え込んだアスファルトにへたり込んだ。何かがおかしい……。 撮影から2週間が過ぎた12月19日、ようやく実行犯の身柄が捕捉された。そして小松の兄など、共犯者三人も逮捕されたのである。 21日には、逮捕前の写真を掲載した「FOCUS」が読者の手に渡っていった。写真は文句無しのスクープだったろう。けれどすでに私が警察に提供した情報は、記者クラブを経て雑誌発売前に発表されて記事になっていた。新聞やテレビと週刊誌は、速度では勝負にならないからこうなることは想定済みだった。けれど私にとってはそれが唯一の、そして最善の決断だったのだ。 1月27日、小松は道東にある屈斜路湖で自殺体となって発見された。「被疑者死亡」という、刑事捜査としては最悪の結末を迎えてしまったのである。 警察が嘘をついた 実行犯逮捕の少し前のことだった。 私は、詩織さんの両親に直接会って取材することができた。無意味な報道被害を起こさぬよう、私は詩織さんの自宅を張り込むような取材はしていなかった。しかし事件は水面下で大きく動き出そうとしている。私は、初めて取材を申し込んだ。家の周辺には報道陣の黒塗りのハイヤーが並んでいた。インターフォン越しに初めて詩織さんの母親と会話を交わし、ポストに名刺を入れさせてもらった。当然、返事をもらえる可能性は少ないだろうと覚悟していた。 ところが意外なことにその夜、詩織さんの父親から電話をもらったのだ。しかも会ってくれるという。それまでいっさいの取材を受けていなかった遺族が、なぜ私と会うことを許可したのか。 後になってわかることだが、詩織さんの友人たちの後押しがあったからだという。それまでの私が書いた記事を読み、詩織さんの両親に「信頼できる記者の人がいる」と推してくれていたのだ。 数日後、私は詩織さんの家を訪ねた。堂々と家に入っていく私を訝る他社の記者やカメラマンたちの視線を背に受けて玄関に入る。 そこは花の香りに包まれていた。 和室には祭壇が祀られ、多くの花が詩織さんの遺影を囲んでいた。 長い髪の綺麗な人だった。 私は線香を立て、手を合わせる。 ご両親は私を温かく迎えてくれたが、話は想像以上に凄絶なものだった。 父親は訴えるように話す。 「事件があった時、私は会社にいました。妻からの電話で知らされて……、ショックなんてもんじゃありませんでした。その時にすぐ、あいつしかいないと思いましたよ。詩織は8ヶ月、私たちは5ヶ月以上も小松と戦ってきたんです。毎日が戦いだったんです。小松の名前は最初からはっきりしていたんです。 詩織はいつも怯えて暮らしていました。無言電話はしょっちゅうでした。我々が出るとすぐに切れるんです。だからこそ警察に相談に行ったのに、事件にならないと言われて詩織は落胆してました」 驚いたのはそれからだった。私が何気なく口にした言葉がきっかけだった。 「そういえばニセ刑事まで来たそうですね。告訴を取り下げてくれとかって……」 ところが、両親の返事はこうだった。 「いえ、それを言ったのは本当の刑事さんです。私たちの告訴の調書を取った人です」 脳がフリーズした。 言葉が意味するところが、すぐには理解できなかったのだ。 ならば、〈そんな刑事はウチにはいません。そんなことを言うはずもありません〉〈ニセモノですよ。おそらく芝居を打って告訴を取り下げようとしたのでしょう〉という、上尾署のあの説明はいったい何だったのか。 警察が嘘をついた──。 「助けてください」と訴えていた女子大生からの刑事告訴を受理したものの、ほとんど捜査もせずに放置。そのうえ「告訴取り下げ要請」までしていた。そんな状況で告訴人が本当に殺されてしまう。 大変な落ち度だ。 そこにタイミング悪く「告訴取り下げ要請」の話を聞きつけた記者がやってくる。事の真相が明らかになれば、大変なことになる。そう怯えて、都合の良い話をでっち上げて騙したということか。なのに私は「ニセ刑事の仕業」と信じてそれを記事にしてしまった。「FOCUS」の記事が出た後、上尾署へ確認に行った記者たちもいたようだが、そこでも上尾署幹部は同じように説明したという。 屈辱だった。 以後、私はこの事件に隠されている本質的な問題、つまり殺人事件以前の問題を報じ続けた。「このままでは殺される」と訴え、告訴したにもかかわらず、上尾署はなぜ動かなかったのか。これでは被害者を見殺しにしたのも同然だ。 改竄 2000年の3月上旬のことだった。 〈……それに対して刑事はこう言い放った、といいます。そんなにプレゼントもらって。別れたいと言えば普通怒るよ、男は〉 編集部で新聞をめくっていた私の背にそんな声が届いた。何だ? 一瞬、頭が混乱した。それは、詩織さんが上尾署で刑事に投げられた言葉ではないか。 〈あなたも良い思いしたんじゃないの。男と女の問題だし、立ち入れないんだよね〉 振り返ると、テレビで国会予算委員会の様子が中継されていた。民主党の女性議員が「FOCUS」の記事を読み上げていたのだ。週刊誌の記事が議場内に響き、天下のNHKを経由して全国に流れていたのである。私の問題提起をこの議員は正面から受け止め、国会という場で追及してくれていた。議員は長く記事を引用した後で「告訴取り下げ要請」について質問した。 「そういう事実はありますか?」 答弁席に呼ばれた警察庁刑事局長が口を開く。 「事実はないが、誤解を生ずる発言はあった」 事実はない……。恐らくそれは答弁に向けて準備された埼玉県警の回答だろう。 国会でもそう答えるのか。私はこの答弁も記事化することにした。 「『告訴取り下げ騒動』で警察がついた嘘の山──疑惑はついに国会へ」 そして散々逃げ続けた埼玉県警も、ついには内部調査を余儀なくされるのである。 4月6日、県警調査チームはその結果を公表した。調査によって発覚したのは、予想外、いや予想以上の事実だった。 告訴状は“改竄”されていたのである。 「告訴を取り下げて欲しい」と、刑事が猪野家に来た時には、すでに当の刑事の手によって「告訴状」が「被害届」に勝手に書き換えられていたのだ。調書にある「告訴」の文字は二本線で消され、「届出」と書き直されていたというのだ。 あれほど「そんな事実はない」と言い続け、国会ですら否定したというのに、実際は「要請」どころではなく、自分たちで勝手に告訴を取り下げてしまっていたのである。警察は嘘を重ねたあげく、最悪の形で全てを翻したのだ。 なぜ刑事は改竄などしたのだろうか。 「告訴状」を受理したとなると、「被害届」と違って捜査や報告義務が必須となる。それが面倒なため、改竄したのだ。上尾署は、告訴の受理件数を減らしたかったという。未解決事件の累積は署の成績に影響する。上尾署の刑事二課長は「捜査を指揮する自分の能力に不安を感じていた。なるべく事件を背負いたくなかった」と取調べで語ったという。詩織さんが何度訴えても、積極的に捜査をしなかった理由もまた同じであろう。これを怠慢と言わずして何と言えよう。 結局、改竄に関わった警察官3人は懲戒免職となり、虚偽公文書作成などの容疑で刑事責任も問われることになった。また、県警本部長を含む12人が処分を受けるという前代未聞の事態となった。 県警本部長は記者会見で深く頭を下げた。 「名誉毀損の捜査がまっとうされていれば、このような結果が避けられた可能性もある」 この発言以降、メディアの矛先は急転回した。 それまで都合の良い警察情報を垂れ流してきたメディアが、突然県警叩きに躍起となった。警察自らが頭を下げ、非を認めたことで、安心して報道できるようになったのだろう。その急変ぶりには開いた口が塞がらなかった。 情報は簡単に歪む そもそも、事件当初の報道はいったい何だったのか。 〈被害者は夜の店で働いていた〉 〈ブランド依存だった〉 〈水商売していたんでしょ。そんなお店にいたなら彼女も悪い〉 同じ事件を追いかけながら、なぜこうも私の記事の方向性と百八十度違うものになったのだろうか。私の記事と彼らの記事を大きく隔てたものは何か。 答えはシンプルだ。 彼らの「ネタ元」がほぼ警察のみだった、ということに尽きる。「ネタ元」が、詩織さんの告訴を放置し、改竄していた利害当事者の上尾署であったことがすべてなのだ。 そもそもだ、市民がどこで何をしていようが、殺される理由になどなるだろうか。これを警察によるイメージ操作と言わずして、何と言えばいいのだろうか。それも命を奪われた被害者のイメージを操作したのである。 公的機関が発する情報のすべてが正しいわけではない。 その発信源に具合が悪いことが生じた時は、このように都合良く変質する。 「殺人事件の取材ソース」と信じて記者たちが取材していた上尾署は、実は県警本部長が認めたように、殺人事件に至る関係者でもあったのだ。 このことをどう考えればいいのか。 もちろん事件・事故取材で、警察や公的機関を取材するのが肝心なのは確かだろう。 そこから発せられる声は大きな影響を及ぼす。それに比べて、亡くなった人の声など限りなく「小さな声」だ。私も警察の「大きな声」だけを聞いていたら、恐らく他社と同じ奈落に落ちただろう。 今、思う。 もし、詩織さんが、二人の友人に事実を詳しく伝えていなかったら。「メモしておいて」と頼まなかったら。そして、彼らが泣きながら詩織さんの「遺言」を私に伝えてくれなかったら、と──。 *** 事件前後の警察の酷い対応については前編【「これは事件にならないよ」「男と女の問題だから警察は立ち入れない」 最悪のストーカー殺人を引き起こした警察の信じられない対応】に詳しい。 デイリー新潮編集部
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