コロナ禍を経て、日本のインバウンド市場は力強く回復。それは、訪日観光客の増加にとどまらず、不動産にも及んでいる。特に湾岸部などの「タワマン」への外国人投資家の関心は高く、円安や治安の良さ、政治的安定性を背景に、香港や中国本土などの海外富裕層による“爆買い”が続いているという。「究極のインバウンドビジネス」とも呼ばれるタワマン投資の実像や、その背景にある経済構造、そして社会的な影響について、住宅コンサルタントの寺岡孝氏が解説する。 *** 【写真を見る】やはり普通のマンションに比べ「実需層」の割合が…「晴海フラッグ」購入者属性の実態 「日本人は買えない」 高騰するタワマン市場 未だ終わりが見えそうにないタワマン市場の隆盛。では今後、どれくらいのタワマンが建つのでしょうか。 2024年以降の全国のタワマン完成予定数は321棟にのぼる 不動産経済研究所のまとめによると、20階建て以上の超高層マンション(いわゆるタワマン)の2024年以降の完成予定数は、321棟、11万1645戸となっています。(2024年3月末時点) 各エリア別の内訳は下記のとおりです。 (首都圏) 194棟、8万2114戸(全国シェア73.5%) (内東京23区内) 130棟、5万4904戸(全国シェア49.2%) (近畿圏) 43棟、1万3472戸(全国シェア12.1%) (内大阪市内) 23棟、6864戸(全国シェア6.1%) (福岡県) 12棟、2040戸(全国シェア1.8%) (愛知県) 12棟、2022戸(全国シェア1.8%) 前回調査(2023年3月末時点)と比較し、「93棟・1万5161戸」増加しています。 実需を無視した不動産投資ビジネスが横行 これほどまでに建築戸数が増加しているのは、デベロッパーがそこに「需要がある」と見越しているからです。 ただ、日本では今後、人口減少が続く見込みで、住宅需要自体は減少していくと考えられています。タワマン市場がそうした動きと「反比例」しているのは、実需ではない「投機目的」の需要メインだからだと想像できます。 特に、東京23区における新築分譲マンションの価格は2024年、ついに1億1181万円に達しました。この10年間で平均価格は約1.8倍に跳ね上がっており、日本人の中間層には手が届かない水準です。 つまり、実需とは別の、いわゆる不動産投資ビジネスが横行しているとも言えるでしょう。 中国の難関大に比べれば「東大入試は簡単だから」 そんな不動産投資ビジネスを分析する上で無視できないのが、中国人投資家の存在です。中国本土では資本規制や経済成長鈍化が進み、香港でも政治的不安が続いています。こうした背景から中華圏の富裕層の間では、海外に資産を分散しようとする動きが強まっています。 その対象の一つとなっているのが、「東京のタワマン」です。 円安や治安・教育環境の整った日本の都心タワマンの高級物件が、ある意味で“資産の避難場所”として機能しているのです。 東南アジア最大級の不動産ネットワークである「Juwai IQI」や「PropertyGuru」などのプラットフォームで、近年、日本の物件の閲覧数が急増しています。 麻布台ヒルズや虎ノ門、晴海フラッグなどは特に人気で、現地富裕層による“現金一括購入”のケースも多く報告されています。 また、競争率の高い中国本土の大学受験と比べると、「東京大学に入学する方が簡単」という評判もあり、東大近辺に移住する中国人も増えてきています。 文京区の小学校では、日本語が話せない中国人の小学生が多くなりすぎて、中国人だけのクラスを作って日本語学習の授業を実施するなど、以前にはなかった状況が起きているそうです。 東京は国際都市でありながら、住宅価格が香港やシンガポールと比べて相対的に割安であることも、中華圏の富裕層が魅力を感じる理由となっています。 大手不動産デベロッパーやゼネコンがタワマン建設に群がる理由 住宅需要が長期的には減少する可能性が高いにもかかわらず、都市部でタワマンの供給が続く理由は、デベロッパーやゼネコンの「ビジネス」の側面からも説明ができます。 タワマン建設の多くは、「市街地再開発事業」として、国や自治体から補助金を得ることができるのです。 タワマンの建設に「税金が投入されている」と聞き、驚く方もいるでしょう。 共同通信の調査によれば、全国118地区で進行中の市街地再開発の約9割に公的補助金が投入されており、その総額は約1兆543億円に上ると報告されています。 これらの「再開発プロジェクト」の多くは、タワーマンションの建設を含んでいます。しかし、それが地域住民に十分な恩恵をもたらしているかについては、疑問視する声もあります。再開発によってタワマンが建てられても、地域住民への直接的な利益は限定的であるとの指摘です。 市街地再開発事業における補助金の割合は、事業内容や条件によって異なります。国土交通省の資料によれば、補助項目として「施設建築物及びその敷地の整備に要する費用の一部」が挙げられていますが、具体的な補助率については明記されていません。 再開発事業の一例として、東京都千代田区の「神保町一丁目南部地区第一種市街地再開発事業」を見てみましょう。このプロジェクトでは、総事業費約645億円のうち、約8%にあたる51.6億円が千代田区からの補助金で賄われています。 建築コストの一部を補助金で賄うことで、不動産デベロッパーらの資金調達コストが軽減し、より「儲かる構造」になっているのです。 問題は、こうした再開発に投入されているのが「税金」であるという点です。多くの日本人には手の届かない1億円以上のタワマン建設に、数十億円の公費が使われていることには違和感を抱きます。ましてそのタワマンの購入者が海外の富裕層だとしたら……。 タワマン建築は、いったい誰のために行っているのでしょうか——。 晴海フラッグ──インバウンド投資の実例と実態 東京都が建設を主導した晴海フラッグは、「ファミリー向けマンション」という当初の趣旨とは裏腹に、今や国内外の投資家による“買い占め”の象徴となっています。 東京オリンピック選手村跡地を活用したこの大規模開発は、販売初期から申し込みが高倍率となり、関心の高さを示していましたが、実際に販売が始まると投機目的の購入者で溢れ、次々と転売住戸が出る結果となりました。 そうした中、NHKは2024年6月に「追跡 晴海フラッグ ファミリー向けマンションがなぜ投資の舞台に」という特集を放送し、晴海フラッグの所有者実態について詳細な調査報道を行いました。 およそ1000戸におよぶ世帯の登記簿を調べた結果、外国人の所有者割合は予想に反して数パーセントであり、日本人の個人所有の他に、法人での所有がかなりの数を占めていることがわかりました。 調査の時点で3割以上が空室同然のままであり、地域への経済効果をもたらすはずの「居住実態」が伴っていないことも分かりました。これでは、「再開発には公共性がある」という説明も説得力を欠いてしまいます。実態はインバウンドなどの資金も含む、法人・投資目的の“爆買い”が起きていたわけです。 私の知り合いの会社経営者も「法人として超高級マンションを2戸所有しています」と話していました。2戸で数十億円もするそうですが、会社が出した利益を不動産に換えて、さらに運用するそうです。実需の個人所有ではなく、法人が資金を不動産に換えて運用するという投機的発想には驚かされます。 今後の展望と課題 今後もタワマン投資へのマネーの流入は続くと見られますが、都市の居住性や社会の公平性を守るためには、「誰のための都市か」という問いがますます重要になります。 建設コストの増加により、再開発にかかる費用も増しています。建て替え計画の白紙化が決まった「中野サンプラザ」にも、400億円以上もの多額の補助金が支出される予定でしたが、それでも建設コストの増加をカバーできなくなりました。 野村不動産が「採算難」を理由に新たに提示していた「住宅を1.5倍に」という案を、酒井直人・中野区長が拒否したのは、「公平性」という観点では真っ当な判断だったように思います。 海外投資マネーが実際に地域社会に貢献をもたらすようにするには、一定の規制と誘導策が必要でしょう。 たとえば、神戸市が推進しようとしている「空室税」の導入や、一定期間の実居住義務、転売制限、管理責任の明確化など、政策的手段が必要な時代に突入したと感じます。 タワマンという“都市の象徴”が、住まいという形ではなく投資の道具や目的物となる現状を見直す時期に来ているのでしょう。 寺岡孝(てらおか・たかし) 住宅コンサルタント。1960年東京都生まれ。アネシスプランニング株式会社代表取締役。住宅セカンドオピニオン。大手ハウスメーカーに勤務した後、2006年にアネシスプランニング株式会社を設立。住宅の建築や不動産購入・売却などのあらゆる場面において、お客様を主体とする中立的なアドバイスおよびサポートを行っている。これまでに2000件以上の相談を受けている。NHK名古屋「ほっとイブニング」「おはよう東海」などTV出演。東洋経済オンライン、ZUU online、スマイスター、楽待などのWEBメディアに住宅、ローンや不動産投資についてのコラム等を多数寄稿。著書に『不動産投資は出口戦略が9割』『学校では教えてくれない! 一生役立つ「お金と住まい」の話』『不動産投資の曲がり角で、どうする?』(いずれもクロスメディア・パブリッシング)がある。 デイリー新潮編集部