石破総理はなぜ「消費減税」に踏み切らなかったのか 参院選情勢分析で出た“意外すぎる結果”、若手時代に脳裏に刻んだ“原風景”とは

 参院選まで約2カ月となった。石破政権は昨年10月の衆院選で手痛い敗北を喫し、衆院で与党過半数を失っている。報道各社の世論調査では内閣支持率が3割程度に甘んじており、参院でも過半数を割る可能性は否定できない。勝利を収めれば基盤強化への機運が高まる一方、壊滅的大敗ともなれば政権を失う恐れがある。第二院の選挙だが政権選択の色彩を帯びた、重いものとなっている。 【市ノ瀬雅人/政治ジャーナリスト】  *** 【写真】「消費減税はしない」石破総理・夫人の“2万円花柄ワンピ”姿 安倍昭恵さんのファッションと比較してみると 案外楽しんでいる  少数与党は実に羽田内閣以来30年ぶりであり、石破政権は、いつ衆院で内閣不信任決議案が可決されるかもしれないという崖っぷちに立ち続けてきた。にもかかわらず、本年度予算を前年度のうちに成立させ、懸念された米トランプ政権との関係も現在のところは程よい距離感をうかがわせるなど、低空飛行ながらぎりぎりのバランスは崩していない。 石破総理  すわ「とどめを刺さされたか」と思われた商品券問題も、石破茂首相は低姿勢に徹しながら説明を重ねる粘り腰を見せた。予算委員会などで論戦する答弁ぶりについては、嫌がる素振りも見せず、「実は案外、楽しんでいるのでは」(与党関係者)という、称賛だか揶揄だか分からない声さえ聞こえて来る。  そして、ある意味で思い切った選択をしたのは、次期参院選の公約としての消費税減税を封印したことだ。先の衆院選で議席を4倍増させた国民民主党は、減税を掲げて「手取りを増やす」のフレーズを多くの有権者にインプットした。さらに2012年当時の首相として消費税増税を決めた野田佳彦代表率いる立憲民主党までもが、1年間限定での食料品の消費税率ゼロを公約に打ち出すことを決めた。他にも多くの野党が消費税率引き下げを訴えている。  こうした状況の中、自民党執行部はあえて逆の方向に舵を切った。「後からすり寄る」のは選挙にマイナスイメージを与えることはあり得る。ただ、政権はこれまでに、物価高対策の一環として4月に一時浮上した、国民に対する所得制限を設けない現金の一律給付を見送っている。ばらまき批判が想定以上に強く、世論調査でも反対が賛成を大きく上回ったという事情があった。この一律給付金案は、もともと消費税減税の代わりという性格があった。これにより、現時点では二つともなくなった形になっている。 先人の足跡の積み上げ 「大事なのは本当に困窮しておられる方々に手厚い措置をし、次の時代にも責任を持つことだ」 「雨に濡れている人に傘をささないということがあっていいはずはない」  石破首相は5月12日の衆院予算委員会で「物価高対策を行っていない」とする野党議員の追及に対し、社会保障財源の必要性などと合わせ、措置を講じていると強く反論した。与党内では、これまでの諸対策に加え、低所得者に限った現金給付など、新たな案が語られている。  このタイミングで自民党執行部が消費税減税見送りの方向性を出した理由はいくつか考えられる。しかし、間違いないのは、長らく政権を担ってきた保守政党として、財政に責任を負うという原点回帰に至ったことだ。その深淵には、消費税導入と引き換えに在任1年で退陣した故竹下登首相など、先人の足跡の積み上げの重みがある。  そして、竹下内閣の後を受けた海部内閣による1990年の「消費税解散」で、自民党が安定多数を確保し、民意は信任を与えたのである。1986年初当選の石破首相は現役衆院議員としてこれら激動の渦中に身を置き、原風景のように鮮明に脳裏に刻んでいる。昨今の国会答弁では「国に責任を持つ」とし、説明のつかないことはやらないとしている。また、石破首相自身が新人代議士のころから消費税導入を主張していたのは、知る人ぞ知るところである。 野党も頭打ち  いずれにせよ、今のところは「他党がやるから、うちもやる」という安直と批判されかねない姿勢とは一線を画すことにしたわけだ。もっとも、消費税減税見送りは、しばらく前に行った参院選の情勢分析で、与党による過半数維持を可能と見立てたとされることも通底しそうだ。内閣支持率は振るわないが、冷静に世論調査を見ると、立憲民主、日本維新の会など他野党の多くも政党支持率は頭打ちだ。若い世代への訴求力が強く、大幅な伸長が見込まれる国民民主は気を吐くが、そのあおりで議席が食われる危険性は、自公だけでなく、他党も同じである。  とりわけ野党第一党の立憲民主が勢いを欠けば、参院選の趨勢を決するとされる1人区など選挙区の多くで、自公が競り勝つ目が出てくる。国民民主とれいわ新選組という中小勢力の一人勝ちにとどまれば、地殻変動を起こすまでに至るのはそう簡単ではない。 山中貞則の地盤  自民の森山裕幹事長を筆頭に、政権幹部には消費税率引き下げへの拒否度は強い。このため減税断行は、党内に大きな摩擦を生む懸念があった。これらを経て、参院選の主要争点は自動的に「消費税減税賛成派VS反対派」という構図になる見通しとなった。世論調査では賛成派は7割程度に上るケースがある半面、反対派は2〜3割。減税反対派の少なさは集票にとって一定の障壁となることは否めない。実際、自民が消費税減税をしないとの報道が出始めて以降、内閣支持率は微妙に下押してきた印象を受ける。  消費税減税を強く否定してきた森山幹事長は5月17日、地元鹿児島県で行った講演で「この問題に政治生命を懸けて対応する」と喝破し、返す刀で消費税減税を掲げた立憲を「甘い」と批判した。自民党税調のドンとして君臨し、消費税導入を政治的遺産とした故山中貞則・元税調会長の選挙区地盤を引き継いだのが森山氏だった。政治生命を賭すという激情の背景の一つである。 神経戦  一方で、参院選を戦うため、最大の懸案である物価高への分かりやすい対策を不可欠とする声は与党内に強い。実際、公明党の斉藤鉄夫代表は5月18日のテレビ番組で、食料品の消費税率を現行の8%から5%に恒久的に引き下げる案に言及した。自民内を含め、消費税減税に対する有権者の支持が見込めるとする期待は依然大きい。  かと言って、自民が一変し、立憲民主など他党を上回る規模の消費税減税策を打ち出す「後出しじゃんけん」に転ずれば、今度は「ぶれた」という非難を浴びるのが定番だ。1998年の参院選で、当時の故橋本龍太郎首相による所得税減税を巡る発言が「ぶれた」と指摘され、自民は大きく議席を減らして橋本首相は退陣に至った。与党は今後、参院選公約のほかに経済対策をまとめ、秋の臨時国会で補正予算を成立させることを見込む。参院選を戦うどのような「武器」が盛り込まれるか。経済状況はもとより選挙情勢、世論を見ながら神経戦のような思案が続く。  さて、今春以降に国政上の変数として撃ち込まれた大きな弾は、米国からのトランプ高関税要求である。大幅な関税率引き上げまでに90日の猶予が設けられ、赤沢亮正経済再生担当相が日本政府の主な対米交渉役となった。赤沢氏によるワシントンでの第1回交渉は、トランプ氏との記念写真やMAGAの帽子をかぶるパフォーマンスが、友好ムードの印象を与えた。 「負け幅」をいかに縮めるか  しかし、中身とは無関係である。この交渉は性質上、トータルで日本に有利な内容で終えるのは事実上困難であり、「負け幅」をいかに縮めるかという厳しいものだ。90日目が参院選直前に来るため、内容だけでなく、延長を含めたスケジュールも重要なポイントとなる。石破首相の訪米のタイミングも焦点だ。2月の訪米による日米首脳会談は成功と評され、一時的にしろ内閣支持率は上向いている。  参院選後の石破政権の帰趨を左右するのは、直接的にはもちろん勝敗だ。壊滅的惨敗なら、退陣表明し、直後に総裁選というシナリオも否定できない。その場合に、自公が政権維持を図ろうとすれば連立の拡大が不可避である。しかし、石破政権が参院選を切り抜けたとしても、連立拡大は秋以降の大きなテーマとなる。内閣不信任決議案を必ず否決できる安定性を取り戻すには、衆院で過半数を回復するしかないためだ。つまりは「脱少数与党」ということである。 予算成立への試行錯誤  今春の本年度予算成立に際しては、自公は国民民主、維新と政策協議を重ねた。最終的には所得制限なき高校無償化と引き換えに、維新から予算案への賛成を得た。しかし、この無償化は自民支持者には不人気であり、禍根を残すこととなった。  また、国民民主とは年収の壁やガソリン税で協議したが、予算案への同意は取り付けられず、両者の関係は険悪となった。つまり、今春の予算成立への試行錯誤の過程で、石破政権は連立を組まない「個別政策協議路線」の限界も知ったのである。「このようなことをずっと続けるのは大変」(幹部)というわけだ。  連立拡大のパターンは、いわゆる自公プラス1党か、それとも、いわゆる大連立なのか。それも石破総裁の下なのか、そうでないのかなども影響し、組み合わせはあまたある。政党、会派内の離合集散も伴うだろう。もちろん野党による非自民連立内閣も否定できない。参院選の前哨戦と位置付けられる東京都議選が6月中旬に告示となる。このあたりから、多くのことについて選択肢が次第に絞り込まれてゆき、それぞれの解像度が上がってくるのではないだろうか。 市ノ瀬雅人(いちのせ・まさと) 大手報道機関にて20年近く国政、外交・国際関係などの取材、執筆、編集を務めた。首相官邸、自民党、旧民主党、国会のほか外務省などの官庁を担当した。 デイリー新潮編集部

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