トランプ大統領は第二次政権に入って、世界中に完全攻勢をかけた。中でもトランプが本命視した中国との関税戦争は、前篇「【米中関税戦争】そもそも関税とは何か理解出来ていないトランプにつけ込んだ習近平、アメリカはベトナム戦争以上の泥沼に足を踏み入れた」で見てきたように、トランプとその取り巻きたちの関税についての無知のお陰で、竜頭蛇尾に終わりそうである。では、これで中国は優位に立ったと言えるのであろうか。決してそうは言えない、深刻な事情がある。 準備不足のまま巻き込まれてしまった中国 トランプ関税の米中の経済への影響だが、もっともらしい数値ほど信頼できない。推測の根拠になる条件がまだまだ不確定だからだ。現在は単なる心証の域を出ない「見込み」のほうが参考になる。 その一例としてIMFの報告を引くと、いずれも2025 年と2026年のGDP対前年比伸び率(%)だが、日本は0.6: 0.6で横ばい、中国は4.0:4.0で同じく停滞、米国は1.8:1.7で低下だから、仕掛けた張本人がもっとも割を食うようだ。 それよりも肝心なのは、関税戦争の被害を軽減する政策がどれほど準備されていたかではないか。というのは、それ次第で、その国の政治と経済の将来が左右されるためだ。 米欧日いずれも青天の霹靂だった。まったくの準備なし。誠にもってオメデタイ。唯一の例外は中国だった。 なぜか。トランプは2015年の政界へのデビユー当時から、貿易赤字に異議を唱えてきた。世間の注目を集めることができたからだ。2017年からの大統領第一期でも中国に対し関税の引上げを宣言したが、事実上の不発に終わった。ただし中国はそれなりの影響を受けたので、将来を警戒し対策の検討を続けていた。 それでも、短期的にも、中長期的にも、中国は準備不足だった。正確に言えば、中国の統治体制の問題で準備できなかった。このことは中国の将来に大きく響くに違いない。 目前の短期政策では、低利の金融による救済、米国以外の輸出先の開拓、希土類元素の米国への輸出禁止などが挙げられる。効果なしではないが、やはり痛み止めでしかない。 もし対米輸出の完全停止が2年も続けば、米国向けの雑貨・衣料・履き物などが専業の中国の中小企業は軒並み倒産で、社会的緊張が高まり、北京中央政府も少なからず揺さぶられる。何とかしてそれは避けたいが、果たして中長期政策が整えられていたかどうか。 経済覇権を中国が勝ち取るウルトラCは何か 2020年4月に習近平は、中長期経済戦略を発表している。それによれば、国内では消費を喚起し、国際的には世界中を中国の商品と技術に依存させ、中国が経済覇権を握る。 この世界戦略が緒につく前に、トランプが高関税で出鼻を挫こうとした。それが現在、2025年春の中米関係の構図だ。 中国の経済覇権戦略は、トランプの関税戦略ほどにはトンチンカンではない。理屈は通っているが、実行できていない。中国の商品と技術で世界を支配する側面は予定以上に成果があったとしても、それを支え可能にする肝心の国内の消費拡大がはかばかしくない。 結論を先に明かすと、「二重戸籍制度、都市戸籍と農村戸籍による福祉や教育での差別」が、経済の進化——消費の拡大にとって根本的邪魔なのだ。その解消がウルトラCだ。 悪名高いこの制度は1958年にソビエトに習って導入された。農民を農村に釘付けにし、都市へ農民が押しかけるのを防ぎ、農産物を納めさせ工場投資への補いにした。 2000年代から農民戸籍者も都市へ出稼ぎできるようになったが、都市戸籍者と同じセーフネットは与えられなかった。その根拠として財政制度が引かれる。教育福祉予算は原籍の地方に対し認められており、出稼ぎ先の都市には予算がないと、農村戸籍者はつきはなされてきた。冷たい仕打ちにあう一方で、彼らは割安の季節労働力として工場で使われ、ひいては世界中から非難される過剰生産、そして過剰輸出に役立てられてきたのだ。 この積年の持病を治さねば、消費中心の経済へ進めるわけがない。改善は掛け声にとどまる。消費振興の財源が地方政府に与えられないからだ。土地利用権の販売も、債券の発行も、限界を超えてしまった。その結果が不動産バブルの破裂、ゴースト・タワーの林立だ。 ウルトラCが何か、北京にはわかっていても、福祉と教育を大幅に拡充し消費経済を拡大するための財政制度の変革には、とてもまだ踏み切れない。 交渉の末、トランプに関税率を引き下げさせ、5 月12日には米の対中関税率を30%へ、中の対米関税率を10%へと引き下げさせるのに漕ぎつけ、中国優勢かと思わせた。だが、中長期的に経済覇権を中国が握れるだけの準備は整っていないし、整うわけが当面ないのは明らかだ。 習近平を囲む経済戦略提言集団の中国的思考パターン 課題の難度は対象の人口規模により幾何級数的に大きくなる。中国の総人口が14億、農村人口が7.7億、都市人口が6.3億、総労働人口が7.7億、農村戸籍のまま都市で働く出稼ぎ(農民工)が3億、香港人口735万、台湾人口2300万だ。必然的に解放の順序は香港、次は台湾で、農村戸籍からの解放は先の先、いつになるか考えるのも無理だ。 この基本を履き違えないようにするのが党員に課せられる学習の要点になる。機会ある度に習近平主席の講話として繰り返し吹き込まれる。 それが「中国的社会主義」で、具体的には「課題解決・システム思考・地球的ヴィジョン」だ。解放の順序などに直接言及するのは機微に触れるから、学習による自覚が求められる。 習近平に「講話」の原案という形で政策を進言する集団の中心には、常に王滬寧の姿が見られる。党序列四位で、米国通で、担当は台湾問題と思想問題だ。 【米中関税戦争】そもそも関税とは何か理解出来ていないトランプにつけ込んだ習近平、「ベトナム戦争以上の泥沼」にハマった米国の大誤算