米関税交渉日本の正念場 　「深層一直線」の原稿の締め切りが近づくと、決まって近所の行きつけのカフェを訪れる。 　店内２階の一番奥に、天井まである大きな窓のそばの席があり、パソコンが起動するのを待つ間、お気に入りの席から、ぼんやりと窓の外の景色を眺める。目の前には、大きなケヤキの木があり、新緑の隙間から透明な日差しが差し込んでいる。木陰には、いくつかのベンチがあり、新聞を広げる初老の男性や、コーヒーを片手に女性たちが談笑している。その頭上を、小さな野鳥が横切り、そよ風が枝葉を揺らすと、地面に注ぐ木漏れ日の影も揺れる。 　ケヤキの木が色づいていた半年前は、落ち葉のじゅうたんが広がっていた。年が明けると、冬枯れの木の下を厚手のコートを羽織った人たちが、肩をすぼめながら足早に行き来していた。季節ごとに表情を変える窓辺の風景を見ながら、いまこの原稿を書いている。 　思えば、昔から自分のお気に入りの居場所を見つける性分がある。何かモヤモヤした気持ちになると、小学生の頃は、近くの緑豊かな公園の茂みの奥につくった秘密基地に、決まって足が向かった。大学生になると、校舎の屋上のベンチに座り、夕暮れの赤い空を背景に、建設途中の六本木ヒルズを、空が暗くなるまで眺めていた。馴染（なじ）んだ空間に身を置くと、心のざわめきがゆっくりと鎮まっていくのを感じる。それは、居心地の良さだけではない。「ここにいる」という静かな確信が、日々の出来事に心揺さぶられながらも、自分の心や感情の“定位置”を胸に据え直す感覚なのだろう。故郷に帰り、親や親友と語らいたくなる気持ちに近いかもしれない。 　いま、国際社会はかつての“定位置”を見失っているように思える。トランプ米大統領は、戦後、米国にとって不動だった、自由貿易や民主主義の価値を大きく揺るがしている。一方的に、相互関税を突きつけたかと思えば、市場の混乱を招き、場当たり的に軌道修正を繰り返す。本来、政治からは独立しているはずの学問にも圧力を加え、政権の意向に従わない名門大への補助金を停止することは、米社会が世界に誇ってきた自由や多様性の尊重という“定位置”からかけ離れている。米国の変容ぶりにつけ込むかのように、これまで不均衡な貿易や、国有企業を補助金で優遇していることを指摘されてきた中国は「自由貿易体制を堅持する」（王毅外相）と言い放つ。力ずくでウクライナの領土と主権を奪おうとするプーチン露大統領は、戦後の“定位置”だった法の支配に基づく国際秩序を破壊しつづけている。 　今月３日、石破首相は、米国との関税をめぐる２度目の閣僚協議を終えて帰国した赤沢経済再生相と首相公邸で面会したあと、記者団に、米国とは「立場の隔たりがある」と述べ、「我々は自動車、鉄、アルミニウムを含めすべての関税について協議を行っている」と譲歩しない姿勢を示した。日本政府は、自由貿易と民主主義の“定位置”から動かず、国益に資する姿勢を貫いてほしい。 　この春、故郷の桜を眺めながら旧友と酒を酌み交わした。“定位置”を見失った国際情勢について、つい熱っぽく語ると、友は「おまえは変わらねぇな」と——。 （ＢＳ日テレ「深層ＮＥＷＳ」キャスター）