引っ越しの常識が通用しないかもしれない 首都圏の人間にとって「賃貸物件への引っ越し」で考えることといえば、物件に満足した場合、その後は「敷金礼金が2ヶ月だと高いな。1ヶ月の方がいいな」程度のことではなかろうか。筆者は1998年から2020年まで東京都内で賃貸物件に5回引っ越しをしたが、毎度これだけを考えていた。しかし、2020年に東京・渋谷から佐賀県唐津市に引っ越した時に「その地域独特の引っ越し作法」に驚いた。 【写真】引っ越し時の困難を乗り越えた筆者が唐津で新鮮なジビエを楽しむ様子 別に不動産屋批判をしたいのではない。これから転勤等で地元から離れる方に、これまでの引っ越しの常識がその地では通用しないかもしれない、ということを伝えたいのだ。 地方ごとに独特のルールがある賃貸契約 筆者が唐津に移る際には、一旦「お試し移住」の制度を使い、NPO団体が用意してくれた家に無料で1ヶ月間住ませてもらい、その間に引っ越し先を探すことになった。 4軒の部屋を不動産屋から紹介され、「ここだ!」という家を見つけた。唐津城と一級河川・松浦川を見渡すことができる、景観の良い部屋である。5LDKで家賃は9万5000円。私は妻と二人暮らしなので、正直部屋は多過ぎるが、旅行で来た知人を泊めることを考えれば9万5000円はアリだと考えた。 かなり前のめりで不動産屋の担当者に、この部屋を借りたい旨を伝えた。すぐにカネ関連の書類をもらったのだが、ここにはこうあった。 部屋を借りるだけで144万円 ・敷金:4ヶ月 ・礼金:4ヶ月 ・協力費:2ヶ月 ・不動産手数料:1ヶ月 ・1ヶ月分の家賃 えぇぇぇぇ???? なんじゃこりゃ! マンションの部屋を借りるのに、1年分の家賃を即金で払うの???? いきなり114万円を振り込まなくてはいけなくなったのだ。さすがにそれは負担が多過ぎる。そもそも敷金と礼金が4ヶ月というのは無茶苦茶だ。そして、「協力費」というのは謎過ぎる。何に私は協力させられたのだ? さすがにオーナーのこの強欲さには付き合い切れず、私はこの部屋を借りるのをやめることにした。そして、もう一つこの部屋を借りないことを決めたのはエアコンに関連している。 東京時代、引っ越しをするとエアコンが各部屋についているのは普通のことだった。だが、福岡と佐賀については賃貸住宅でエアコンは前の居住者が外して次の住居に持っていくのだという。この5LDKの部屋は6個のエアコンが必要になる。一個5万円として30万円の出費である。そうすると、部屋を借りるだけでいきなり144万円の出費になるのだ! 業者ごとのルール これはさすがにあり得ない。不動産屋には「私はそこまで払えません」と伝え、2DKで6万2000円の部屋を借りることにした。ここは、敷金と礼金は1ヶ月ずつで、謎の「協力費」はない。エアコンはDKに一つ設置されていてラッキーである。寝室にエアコンを設置し、これでこの4年半乗り切ることができた。2DKのうちの1つの部屋は結局使い道がなく、放置しているため、エアコンは不要だ。 無事部屋を借りられたのだが、やはり謎は5LDKの部屋の条件である。敷金礼金がともに異常な4ヶ月で、謎の「協力費」が2ヶ月分。あの家に住んだ場合、その後「災害対策費」「景観謝礼費」など謎の料金を請求されていたのでは、と思うのである。 この経験により、不動産屋というものは、個々の業者ごとのルールがあり、そこに納得しないのであれば、断るべし、ということを学んだ。2024年にしても、とある民家の2階を借りられることになった。風呂もトイレもあるのだが、誰も使っていないとオーナーが知り合いに話をして私に声をかけてきたのだ。 65歳以上は保証人になれない 6畳の部屋2つ+キッチンで家賃は1ヶ月3万円。唐津に遊びに来る人向けに部屋を借りようとしたのだ。元々大家と直接契約をすることになっていたのだが、大家が突然「私にはお金のことはよくわからないので…」ということで急遽不動産屋をはさむことになった。 不動産屋は当然、不動産手数料を取るという。それはいい。だが、保証人のことでモメた。私の父親は78歳だったのだが、「65歳以上の人は保証人にはなれない」と言われる。「いや、私の父は今でも年収1000万円を超えているのですがダメですか?」と聞いたらそれでもダメだと言う。 結果的にこの物件の契約には至らなかった。これから地方に引っ越す方は、首都圏や関西圏の常識が別の地域では通用しないことがあるという事実を、覚えておいてください。 中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう) 1973(昭和48)年東京都生まれ、佐賀県唐津市在住のネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』『よくも言ってくれたよな』。最新刊は『過剰反応な人たち』(新潮新書)。 デイリー新潮編集部