「連絡は回覧板」「アポなし訪問で自治会費を集金」…LINEやPayPayとは無縁な“埼玉の団地暮らし”が快適に思えてきた理由

埼玉にもある紙文化と非ネット社会  コロナ騒動を機に、埼玉県内のベッドタウンにある団地に引っ越した67歳のベテラン記者・S氏は、団地の自治会で書記を依頼されている。原稿の執筆経験が豊富なS氏はてっきり、「面倒で誰もやりたくない仕事だから、周りの人たちが僕に仕事を回そうとしたのかな」と思ったというが、実態はそうではなかったのである。 【写真で見る】こちらもネットとは無縁…秋田県羽後町の究極の古民家「鈴木家住宅」の暮らしぶり 「数十人の住人のなかに、パソコンを満足に扱える人がほぼいなかったのです。自治会の集会室に行ったらコピーの複合機が置いてありました。紙に連絡事項を書いて、コピーして配布するスタイルをいまだに続けていたんですよ。例えば、“草取りをやります”という行事の連絡も、LINEで回せばいいのにいまだに回覧板なのです。信じられますか? 令和の時代なのに、やっていることがほぼ昭和と変わらないのです」 アナログなやり方が根強く残る団地の自治会(写真はイメージです)  そうS氏が指摘するように、自治会の連絡手段はことごとく“紙”であり、緊急を要する連絡は“電話”なのである。そして、さらに緊急の相談事があると、ノーアポで直接部屋まで関係者がやって来るのだという。実は、S氏に取材中、タイミングよく自治会の役員から電話がかかってきた。20分にも及んだ電話は用件だけで終わるのではなく、雑談もかなりの時間を占めていた。 自治会の会費も集金して回っている  S氏が住む団地は昭和の時代に建設されたものだが、そのなかにはそっくりそのまま昔の団地文化が現存し、稼働しているのだ。しかも、他にもS氏の団地には昭和の文化が残っているのだという。その筆頭格が、自治会費を集金するシステムだ。 「自治会費は部屋を回って、現金で直接集金しています。それを手作業で数え、現金のまま銀行に持って行き、預けるスタイルをいまだに続けているんですよ。ひっくり返りそうになりました。会費なんて引き落としにするか振り込みにすればいいのに、手間をかけて手仕事で集めているんです。私は“振り込みにしたら”と提案したことがありますが、それを聞いても大半の人がきょとんとしていました。  スマホのアプリやパソコン上からもいくらでも送金できる時代なのに、うちの近所にある銀行のATMにはしばしば長蛇の列ができます。観察していると、わざわざ現金を用意してATMから送金している高齢者をよく目にします。口座残高から直接振り込めるはずなのですが、教わる機会がないのか、現状で不便を感じないのか、現金主義なのです」  ちなみに、千葉県内在住のS氏の知り合い(70代で一軒家住まい)の町内の自治会でも、やはり回覧板と自治会費の現金集金が継続されているそうだ。自治会費を集める当番になると、1年間、一軒ずつ集金して回ることになる。夏場は暑いし、住人が不在のことも多いだろう。実際、「死ぬほど面倒くさい」そうだが、自治会ではこのシステムを変える予定はないそうだ。 ネットの影響が及ばないコミュニティ  XなどのSNSを使いこなしている人たちは、ネット上の意見こそが絶対だと思っている節がある。それは、いまや誰もがITを活用し、SNSを利用していると思い込んでいるためだろう。しかし、ネットの影響を受けないアナログのコミュニティは確かに存在し、そのなかではまったく異なる文化が形成されているようだ。  埼玉県K市の公民館で、休日に地元団体主催のイベントが開催されていた。このイベントのことを当日にXで検索してみたところ、見つかったポストはわずかに1件だけ。ところが、会場に行ってみると年配者を中心に若い層もみられ、80〜100人ほどは参加していた。それなりに盛り上がっているイベントだったが、告知はチラシだけで、ネットで一切なされていない。ネットとほぼ無縁のコミュニティといえる。  一方、同じ日に都内で行われていた人気声優の握手会はまったく別物だった。約50人が参加したようだが、Xには当日の会場の様子から声優の“神対応”ぶりまで、まるで実況中継のように情報が飛び交っていたのである。参加者のほぼ全員がSNSを使っているのではないかと思うほど、声優の一挙手一投足まで書き込まれていた。完全なネット中心の文化であり、コミュニティといえよう。  筆者はシニア向け情報誌や旅行雑誌などで記事を執筆しているので、寺院や飲食店に取材申請を出すことがあるが、連絡手段にメールが使えず、FAXもしくは郵便で申請書や校正原稿を送ることが年に何度もある。首都圏でもそうした事例は珍しくなく、誰もがITを活用しているわけではないという実態が浮き彫りになる。 ネットがなくても生活できる  筆者の同世代にあたる30〜40代の人たちであっても、SNSは一切やっていない、スマホは持っているがLINEはダウンロードしていない、そんな人が実際にいる。それで困らないのかと聞いてみると、別に困らないのだという。ある後輩はクレジットカードも持ってないそうだが、生活上不便を感じたことはないと言っていた。S氏は、日本がアナログの慣習を脱却できない要因をこう考察する。 「このアナログ習慣は役所のせいではないかと考えています。役所のホームページは本当に見づらく、使いづらい。役所にいくと大量のチラシや掲示物があるように、紙文化の中心なのです。おそらく、今まで紙で問題ないのだからなぜデジタルにしなきゃいけないのか、という感覚もあるのかもしれませんが、役所が変わっていかないと、日本のIT化はいつまでたっても進まないのでしょうね」  要は、役所がなんでもかんでも紙で対応しているため、ITがなくても生活できるのである。いわゆるネット弱者を取りこぼさないための日本らしいきめ細やかな対応ともいえるが、紙の書類の処理には膨大な手間がかかっていることは想像に難くない。S氏も団地に引っ越す前に親の介護をしていたそうだが、こんなやりとりがあったと話す。 「介護に関連する書類を、毎月100枚くらい書いていました。なぜこんなに面倒なのかと思ったら、書類を受け取る市は“ハンコを押さないと受け取らない”んですって。別にハンコが無くても対応できそうなものですが…。かつて、河野太郎氏が役所のハンコを廃止すると言っていましたが、まだまだ首都圏近郊の自治体にもハンコ文化は根付いているのです」 日本社会には“ネット断層”のようなものがある  S氏は、「現状、ITは使う人は使いまくるし、使わない人はまったく使わない。真っ二つなんです。ITを使うかどうかで、現在の日本では文化や思想が分断されているかもしれません」と話し、「現在の日本社会には“ネット断層”のようなものがあるのでは」と考えている。  筆者もこれを痛感することがままある。SNSに頻繁に書き込む層はネット上で起こっている議論から影響を大きく受ける。しかし、ITを使わない人はそんな議論などどこ吹く風で、知る由もないのだ。  例えば、最近のネット上では、漫画家やイラストレーターなどのクリエイターの間で生成AIに関する議論が盛んである。しかし、ITを使っていないクリエイターは、そもそも生成AIを知らないのだ。ある大御所漫画家に話を聞くと、「生成AI? なにそれ?」「便利なツール? 著作権に問題があるの? 俺はそんなのわからないんで、どうでもいいよ」と言われてしまった。  近年、SNSで行われた政治運動が現実社会に影響を与えるようになった、といわれる。しかし、筆者はそれに懐疑的である。前述の生成AI然りで、SNS上で盛り上がっている運動について現実社会で話を聞くと、「知らない」と言われることが少なくないのだ。特定の社会問題に対するネットとリアルの温度差は、まだまだ大きいように思える。 アナログ社会も快適かもしれない  ただ、ITに関わらない生活を送るメリットも大いにある。炎上に巻き込まれないことだ。そして、自分と異なる意見の持ち主や嫌いな意見に触れて感情的になったり、精神を病んだりしなくても済むのである。うっかり著名人の悪口を書いてしまい、誹謗中傷を理由に開示請求をされるリスクも防げる。  芸能人のみならず一般人も、自分の名前でエゴサーチをして悪口を目にし、傷つく人が多い。しかし、ネットがなければそもそもしんどい思いをしなくて済むケースは多いのではないか。ネット上に投稿した写真が悪用されることもなければ、闇バイトに応募してしまうリスクもない。案外、アナログ社会はいいことだらけなようにも思う。S氏もこのように話す。 「SNSでは連日のように炎上が起こっていて、若者の間でもSNS疲れが広まっていると聞きます。今やネットでは政治や経済に対する不満の声ばかりで、炎上が起こらない日がないくらい。アナログ社会では触れることがないような悪口が、ネット上には飛び交っています。そんなものを見なくていいアナログ社会のほうが、実は精神衛生上もいいのかもしれません。  ネットを遮断すれば、いくら叩かれようとも気にならないし、図太く生きられる。思えば、私の団地の人たちはみんな元気ですし、特に不満もなく、楽しそうに過ごしている。情報が飛び交っているIT社会の今だからこそ、アナログ社会も案外快適なのかもしれませんね」 ライター・山内貴範 デイリー新潮編集部

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