結局、「すし職人」に長い“見習い期間”は必要なのか プロの職人が明かす「修業中に失敗をし尽くすこと」の重要性

 日本の国民食「すし」——。 【写真を見る】若者や家族連れでも楽しめる「回転すしチェーン」の抱える問題点は何か  その起源は奈良時代ごろ、稲作の伝来とともに中国から伝わった「なれずし」とされている。現在でも滋賀県琵琶湖沿岸地方で作られる「ふなずし」は、このなれずしの原型と考えられている。  現在のような「お酢を使ったすし」は、江戸時代中期の1700年代前半頃に誕生。飯にお酢と塩で味付けしたもので、「早ずし」と呼ばれた。そんな歴史あるすしをめぐっては、昨今度々「伝統食」や「味」以外のところで話題になることがある。  なかでも、見習い期間の長い「職人」という視点、そして食、とりわけ生ものを扱ううえでの「衛生面」の対策、さらに、すしの大衆化によって生じる「迷惑行為」についてよく耳にする。 日本の国民食(写真はイメージ)  今回は、これらの観点と3人の店主の話から、すしを握る現場について考えてみたい。 見習い期間不要論 「令和3年経済センサス」によると、全国のすし店は1万7388軒。ちなみに同じくらいの規模感の店で言うと、そば・うどん店は2万2664軒、焼き肉店は1万4983軒などがある。  すし店の多くが個人経営や小規模の店。彼らは少子化が進むなかでも、客に「匠の技」を提供するべく「飯炊き3年握り8年」という言葉に倣い、長い時間をかけて職人を育て上げてきた。  一方、小さなすし店の現場では、「手に職が付くまでに時間がかかる」ということから職人を目指す若手の減少に拍車がかかっているという指摘も。  そんななか、10年ほど前に物議をかもしたのが、実業家である堀江貴文氏の「すしで10年修行とかバカ。今は半年で握りを覚えて海外で店開いて大儲けできる」という発言だ。さらに今では「3か月でプロのすし職人になれる」と謳う学校などもでてきており、「職人までのショートカット」が意識されるようになってきている。  この「数年にわたる見習い期間不要論」について、ある高級すし店の店主はこう話す。 「年数には個人差があると思いますが、職人になるまでの見習い期間はやはりある程度必要だと思います。確かに短時間で学べることもありますが、学校で短時間で得た技術をそのまま用いて実際の仕事ができるかは、現場次第。短期間で身に着けた技術や知識は忘れやすいため、現場で使う機会がなければ、結果的に半人前が“職人”として立ってしまうことになる」  別店舗の高級すし店の店主もこう述べる。 「見習い期間は、失敗をし尽くせる期間。逆に、し尽せるまでに数年かかると思っています。職人は腕がいいことだけを求められているわけではありません。それこそベテランという経験年数に価値を求めているお客様もいらっしゃる。もちろん、ただおすしが食べられればいいという方もいらっしゃると思うので、そういう方はそういう職人さんがいる店を選べばいいと思っています」 すしを大衆化した「回転すし店」  このように、今回話を聞いた高級すし店の店主らからは、「見習い期間の少ない職人」の存在を否定する声は聞かれなかった。同じ「すし」という食べ物を扱ってはいても、長年の積み重ねがあるからこそ、サービスや客層の奪い合いが起きないという自信があるのだろう。  なかでもより差別化が顕著なのが「回転すし店」だ。  前出のすし店主に「近年急成長している回転すし店についてどう思うか」と問うたところ、やはりこんな答えが返ってきた。 「見習い期間の短い職人がいる店同様、回転すし店とももちろん住み分けができているので、回転すし店が増加することに特段の感情はありません。むしろすしの大衆性が高まり、高級すし店にも足を伸ばしてみたいと思っていただく機会になればと思います」  誰もが知る通り、これまですしは日本の伝統食ではあれど、うどんやそばなどと違い、毎日でも食べられるような安価な食べ物ではなかった。高級すし店に入れば、ランチのにぎりセットでも3000円はくだらないし、ディナーともなれば1人5万円という店もザラにある。回転すし店は、伝統食でありながら気軽に食べられないすしと一般人の距離を一気に縮め、大衆化に寄与した存在だといえる。  そんな回転すしは、大手お酢メーカーのミツカンによると、昭和22年「元禄寿司」が始めたものだとされている。  1938年、満州の大連で開店したてんぷら屋が「氷の天ぷら」を出し繁盛。その後、終戦で帰国すると1947年に、大阪府布施市(現在の東大阪市)に小料理屋「元禄」を出店。そこから派生して元禄寿司は誕生した。  繁盛店ゆえの人手不足。そんななか考案されたのが、コンベアーですしを回すことだった。こうして昭和33年(1958)、ついに「廻る元禄寿司」が開店したという。  それまでのすし店は「いくらになるか分からないが高価格であることは間違いない店」だった。一方の回転すし店は、「一皿いくら」と明瞭会計なうえ、大量に作ってすしを流すことで安価に抑えられる。まさに「すしの大衆化」の始まりといえる。  こうして日本の大衆に定着した回転すし店は、ここ数年、急激に変貌を遂げている。  ひと昔前の回転すしは、回転するレーンの内側にたくさんの職人がおり、握ったすしを彼らがレーンに流したり、直接注文を受けて握ったりする姿があった。それが、今では職人は姿を消し、その工程の多くをキッチンの機械に頼ることで、大量生産を実現。コストをできる限り抑え、若者や家族連れでも楽しめる場となったのだ。 回転すし店に迷惑客が多い理由  この急激な変貌直後、回転すし店では、醤油さしに口を付けた男性や、舐め回した湯飲みを元の場所に戻した少年(当時)など、客による営業妨害行為が多発。衛生管理第一のすし店で起きたこれらの行為はSNSで瞬く間に拡散され、大きな話題になった。  こうした事件が起きた原因は、まさに回転すしの「大衆性」と「人手不足」にある。同じく客による営業妨害が起きている牛丼屋やファミレスなども、やはり大衆性があり、店員が足りていない。  昨今の労働人口の減少により、飲食店の現場では人手不足が慢性化。どこもセルフレジや自動調理器、さらには配膳ロボットまで導入するようになった。  とりわけ回転すし店では、職人をカウンター席で囲うこれまでの形を、家族でも向き合って食べられるようなボックス型の席に変え、他の客と目が合わないようなレイアウトにした。なかには、食べ終えた皿を投入口に入れることでゲームができる仕組みをつくり、皿の回収からカウントまでを店員なしでできるようにしている店も。  こうして利用する客が多様化し、ボックス席という閉鎖的な空間で客同士の目はもちろん、店員からの監視もなくなれば、営業妨害行為が起きないわけがないのだ。 「高級すし店では間違いなくああいう人はいません。もちろんあの営業妨害において最も非があるのはお客様ではありましたが、大衆性を狙った戦略を立てておきながら、防止対策を怠った店側にも『隙』があったんじゃないかと個人的には思っています」 女性職人の増加  人手不足の現場でもう1つ共通して起きるのが「女性の誘致」だ。すし業界でも昨今、女性の職人が少しずつ増えつつある。  そもそもこれまで女性のすし職人がいなかった理由は何だったのか。  業界内では「女性は体温が高いので生魚を扱うのに適していない」「女性には生理があり、気分に波があるので均一な仕事ができない」という女性蔑視でしかない俗説が出回っているようだが、ある高級すし店の店主はこれを真っ向から否定する。 「すべての女性が男性より体温が高いというわけではありませんし、職人は自分の手の届くところに『手酢』という酢を用意し、絶えず両手を酢で湿らせています。これは殺菌消毒するだけでなく、手のひらを冷やす効果もある。男性であれ女性であれ、手の体温は下げられます」 「『気分に波がある人は職人になる資格がない』なんてしていたら、誰も職人になんてなれませんよ(笑)。職人業は体力的にきつい仕事なので、慣習的に女性を受け入れない文化が業界にはあったんだと思います」  今年4月、フランスの首都パリにあるすし店が、女性職人が握るすし店としてミシュランガイド史上初となる星を獲得。同店ですしを握る日本人女性に国内外から大きな称賛が集まった。  日本の国民食「すし」。人手不足のなか、日本の伝統は守りつつ、インバウンドや世界のすし店に少しでもその味と技術を届けるには、働き手も多様化していく必要があると彼らの話を聞いて感じたのだった。 橋本愛喜(はしもと・あいき) フリーライター。元工場経営者、日本語教師。大型自動車一種免許を取得後、トラックで200社以上のモノづくりの現場を訪問。ブルーカラーの労働問題、災害対策、文化差異、ジェンダー、差別などに関する社会問題を中心に執筆中。各メディア出演や全国での講演活動も行う。著書に『トラックドライバーにも言わせて』(新潮新書)、『やさぐれトラックドライバーの一本道迷路 現場知らずのルールに振り回され今日も荷物を運びます』(KADOKAWA) デイリー新潮編集部

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