「職員の対応」は「一因」でもないのか 客からの理不尽な要求や暴言、いわゆるカスタマーハラスメント(カスハラ)が社会問題化しており、この4月には東京都、北海道、群馬県などで全国に先がけて「カスハラ防止条例」が施行された。実際、ネット上に従業員の氏名を公開したり、電話で苦情を延々と述べて業務を妨害したりと、悪質なケースは少なくないようだ。 【写真を見る】日本人ユーチューバーが「泣きそうになった」 韓国のヒドすぎる接客事件 この4月21日にも開催中の大阪・関西万博の会場で、警備員が来場者に土下座している映像が報道され、カスハラではないかと話題になった。 実際、4月25日に総務省が発表した地方自治体におけるハラスメントに関する職員アンケート結果でも、カスハラを受けた経験があるという回答は35.0%におよんだ。では、なにがきっかけでカスハラを受けたのか。職員の72.5%が「行政サービスの利用者・取引先の不満のはけ口・嫌がらせ」と答え、「職員の対応が一因」とする回答は17.5%だった。 カスハラ対策は必要だが… たしかに、不満のはけ口にされたり、根拠のない嫌がらせを受けたりしたらたまらない。しかし、「職員の対応が一因」ではないと答えた人たちの対応は、本当に問題なかったのだろうか。「対応に問題はなかった」と思い込んでいる、あるいは、そう思いたいだけ、ということはないのだろうか。 カスハラが働く人の心身に深刻な影響をあたえる可能性がある以上、対策が必要であることは論をまたない。だが、現状では、カスハラを受けたかどうかの判断が、受けた側の主観に拠りすぎていると思われる。受けた側が、自分の対応には問題がなかったと判断しても、迷惑行為におよんだ側に聞けば、まったく逆の回答が得られるかもしれない。 最近、「カスハラ」「カスハラ」と喧しいため、従業員などの対応に問題があっても怖くて苦情をいえなくなった、という声をよく聞く。その結果、対応のまずさを指摘される機会が失われ、各所でサービスの質が低下すれば、カスハラの逆の事態、すなわち客へのハラスメントにもつながりかねない。 雪で飛行機に乗り遅れ… 以下に、私が最近、顧客として受けた3つの応対について記したい。これに苦情をいってもカスハラになってしまうのか、ぜひ考えていただきたい。現在のカスハラ対応が、「加害者」側の言い分を聞かない「欠席裁判」として行われるなら、当たり前の顧客サービスさえ失われ、客側は常に不満を鬱積させているという、それはそれで「生きづらい社会」になってしまうと思うのだが。 最初に3月下旬、羽田空港での出来事である。この日、朝8時40分発の飛行機で島根県の石見空港まで飛ぶ予定だったが、朝目覚めると季節外れの雪のために、家の周囲は真っ白だった。このためタクシーもつかまらない。かなり待った挙句、タクシーには乗れたものの、今度は道路が大渋滞である。通常は30分程度の道のりに1時間半ほどかかり、保安検査場の締め切り時刻の出発20分前にぎりぎり間に合わなかった。 保安検査場の脇にいる航空会社の案内係に、なんとか乗れないかと訴え出たが、「ご搭乗いただけませんが、15時55分の便に無料で変更することができます」とのことだった。 保安検査場の通過締め切り時間をすぎた以上、乗せてもらえなくても文句はいえない。石見空港行きは1日2便だけなので、次は15時55分発。さすがに遅いので、お金がかかってもいいから、近くの空港に着く早い便はないか、と尋ねると、「〜番で聴いてください」。「〜番はどこですか」と聞くと、指さして「向こうです」という。しかし、「向こう」に行っても見つからず、尋ねながらやっと見つけたが、小さく「〜番」と書いてあるだけだった。 苦情をいってもひと言「はい」 〜番に並び、順番がきたので、「向こうの〜番に行け、といわれたけど、小さく〜番と書いてあるだけ。これじゃ見つからないですよ」と穏やかに苦情をいったが、係員は「はい」しかいわない。たまらず、「ちょっと応対がひどくないですか」というと、表情を変えずにひと言「すみません」。 その後、「石見空港行きに乗り遅れ、15時55分なら無料で変更できるといわれたのですが、遅すぎるので、お金を払ってもいいので、石見の周辺の空港にもっと早く着ける飛行機はないですか」と要件を告げた。 しかし、「“岩国”空港行きでしたら無料でお乗りいただけます」との回答。「岩国じゃなくて石見ですが、それなら無料なのはすでに聞いています。そうではなく、お伝えしたように、お金がかかってもいいので、周辺にどこか、もっと早く着ける空港はないでしょうか」と再度尋ねると、「近いのはどこの空港ですか」と。「どこに空港があるかわからないから尋ねているんです」というと、「“岩国”に近いのは宇部ですね。でも、料金が発生します」。「岩国じゃなくて石見ですが、お金を払ってもいいと最初からお伝えしています」——。 これ以上、やりとりを記すのも野暮だからこの辺までにしておくが、こうした応対を叱責すると、イマドキはカスハラになってしまうのだろうか。乗れなかったのは仕方ない。だが、その後の応対は、以前からこの航空会社を利用している私にとって、サービスの質が著しく低下している、と疑問をいだかざるをえないものだった。カスハラが社会問題化しているのをいいことに、サービスの質の低下を目論んでいるとしたら、ゆゆしきことである。 カードを返し忘れて「おたがいさま」 4月中旬、クレジットカードがないことに気づいた。記憶をさかのぼると前日の晩、タクシー料金を支払ったあとで、受け取らなかった可能性が高い。そこで領収証を見て、横浜市南区のA自動車交通に電話すると、「運転手に確認して電話します」。しばらくして「ありました」という電話があった。しかし、「カードをお返ししないで申しわけありませんでした」という詫びの言葉はない。代わりに「どうしますか」という。 私が「送ってもらえますか?」と頼むと「着払いになります」。さすがに、それは違うと思い、「私にも確認ミスがあったとはいえ、そちらの運転手さんがカードを私に渡し忘れたわけですよね。それで迷惑を被っているのに、私が料金を支払って受け取るのは納得がいきません」と伝えた。しかし、「着払いしかできません」「迷惑っていいますが、おたがいさまじゃないですか?」。 これ以上、対話をしてもさらに苛立つだけだと思い、普通郵便で送ってもらうことにしたが、このとき私が強い口調で苦情をいったら、カスハラになったのだろうか。後日、別のタクシーに乗った際に、この話をして「おたがいさまなのでしょうか?」と尋ねると、「カードを渡すまでが仕事です。渡し忘れたなら100%、タクシーが悪い」と話していた。 最後にやはり4月中旬に経験した、横浜市青葉区のA駅前の郵便局での話を記したい。 用件はゆうちょ銀行の口座を相続する手続きで、HPに予約するように書いてあったので、訪ねる日時を電話で予約した。担当はM氏だという。1週間後、郵便局に行くと「予約がないので受けられない」といわれた。これは私のミスで、予約した日より1週間早く来てしまったのだ。 それから1週間が経ち、予約した日時に郵便局に行った。ところが、予約があるのに窓口に通されず、入り口のドア近くの、ドアが開くたびに書類が飛んでしまう用紙の記入台に座らされた。戸籍謄本だの印鑑証明だの、個人情報中の個人情報たる書類をいくつも広げるのに、風が吹くたびにそれらが吹っ飛ぶような席だった。 なにを聞いても「申しわけございません」 出てきた係員に「なぜこんなところに座らされるのですか?」と聞くと、「今日は窓口が混んでいますから」。しかし、予約をしてあるのになぜか。「私の予約は入っていますか」と尋ねると、「入っています」。では、「Mさんに予約したのですが、Mさんはどうしたのですか?」と聞くと「不在です」という。以下、こんなやりとりだった。 私「Mさんはどうして不在なのですか?」。係員「申しわけございません」。私「謝ってほしいのではなく、なぜ不在なのか聞いているのです」。係員「申しわけございません」。続いて係員が「いつ予約したのですか?」と聞いてきた。私「2週間前です」。係員「Mに予約したのですか?」。私「そうです。それなのに、なぜ不在なのですか?」。係員「申しわけございません」。私「“今日は混んでいますから”って、なんのための予約ですか?」。係員「申しわけございません」。 ここまでの対話で、M氏が不在の理由も、予約してあるのに窓口にさえ通してもらえない理由も、一切わからない。そうしているあいだにもドアが開いては書類が飛ぶ。やりとりの再現を続ける。 ふたたび私が「これだったら、なんのための予約かわかりませんよね」というと、係員もふたたび「申しわけございません」。私「普通は予約していたのに担当がいないという不備があれば、“今日はMの都合が悪くなったので私が承ります”といいますよね?」。係員「申しわけございません」。 1週間前には、予約をしていなかったという理由で帰されたのだが、このように予約の有無が意味をなさないなら、1週間前に手続きさせてくれてもよかったのではないか。1週間前には予約の有無が厳密に問われ、予約がある1週間後には個人情報にかかわる重要な書類さえ次々と飛ぶ席に放置され、担当不在の理由さえ教えてもらえない。 係員に対して、もっと強く出てもよかったのかもしれない。あるいは、支店長に直接抗議すべき案件だったようにも思う。しかし、それを躊躇ったのは、郵便局の入口に「カスハラとなる行為があったと当グループが判断した場合、対応をお断りさせていただきます」と書かれたポスターが貼ってあったからだ。 強い言葉で苦情を述べていたら、私はカスハラと判断され、対応を断られたのだろうか。しかし、そもそも私は事実上、係員から一方的に対応を断られていたのである。私にいわせれば、係員の応対は私に対するハラスメントにほかならないが、それに対して苦情をいう権利は、もはや客には認められていないということなのだろうか。 香原斗志(かはら・とし) 音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。 デイリー新潮編集部