<<この記事は「星空の学び舎【後編】」>> 【前編】はこちらから 【写真を見る】ワケありの遅刻常連?作業服で通う52歳の中学生 幼少期からのコンプレックスと向き合うために 【「星空の学び舎」後編】 ===== 15歳~87歳が机を並べる学校 夜に授業をする「熊本県立ゆうあい中学校」。 初年度の新入生は、様々な事情で中学校に通えなかった15歳~87歳までの37人で、外国にルーツを持つ人が2割います。学年は、事前の面談や学力に応じて1年生から3年生に振り分けられました。 【前編】では、中学校で不登校を経験し、夢のために自分と向き合う2年生の深瀬拓磨さん(17)と、人生でやり残したことを果たそうと奮闘する1年生の木本礼子さん(68)の「学び直し」に注目しました。 ゆうあい中学校の授業は夕方5時40分にはじまりますが、1年生のクラスには、毎日遅刻する生徒がいます。 作業服で学校へ「遅刻常連」の生徒 先生「あ、中山さん、待っとりました。雨がひどかったでしょ」 中山弘樹さん「だけん、車で来ましたよ」 中山弘樹さん、52歳。朝から建設現場で働き、夕方5時に仕事を終えた後、現場から直接やってきます。汚れた作業服で登校…ということもしばしばです。 ――お仕事どうでした? 中山さん「まあまあ。まあまあたいへんだった」 ――きょうはどんな仕事? 中山さん「足場組立だったですね」 大きな体に丸刈りの中山さん。身長167センチ、体重は100キロなんだそうです。いつもニコニコ笑顔で、クラスのムードメーカーでもあります。 実は中山さん、登校だけでなく下校も一番遅い生徒です。午後9時過ぎ、みんなが下校する中で、中山さんは一人教室に残っていました。そこへ先生がやってきます。 先生「きょうは『に』から練習するぞ。この間は『ひ』とか『ら』とかの練習したけども、曲線があるのはやっぱ難しいわな」 中山さん「ですね」 先生「だけん、ゆっくりでいい。ゆっくりでいいけん、ちゃんと書く練習をしてください」 一体何を練習するかというと、ひらがな。実は中山さん、文字の読み書きが苦手なんです。 「字をしっかり学びたい」と、直接学校に依頼して実現した放課後のマンツーマン授業。教務主任の先生が、中山さん専用のテキストを準備しました。 先生「さあ、丸くならんように…止める。よし、できた。ちょっと下がゆがんだね…あとは全部バランス取れている。ただね、意識的にはもっと狭くてもいいという意識を持つ」 先生「そうそう!うまい!中山の『な』、やるね。上手に書けているよ」 「頭が痛くなるようだった」文字へのコンプレックス 中山さんにとって、文字が読めない・書けないことは、小学生の時からコンプレックスになっていました。 中山さん「教室にいると、頭が痛くなるような感じでしたね。ひらがなが読めるようになったのは小学校6年ぐらいだったと思います。ひらがなと漢字が全くダメだった」 中山さん「自分は他の人と違うなと思ったことは、だいぶありましたね。しゃべるときも、発音がちょっと苦手なことがあるんですよ」 中学卒業後、建設関連会社に就職した中山さんは、41歳の時に意を決して定時制高校の夜間部に通いました。しかし、レベルが高く十分な学びはできませんでした。 ゆうあい中学校に通うことになったきっかけは、仕事の合間にスマホでみたニュース。添えられていたイラストに心が強く惹かれました。 中山さん「黒板にひらがなも書いてくれるってあったから、もう一度行こうと思いました」 中山さん「母からは、初めは『なんで高校行ってからまた行くとや』って言われたけど、『もう1回、夜間中学でちゃんとひらがなとカタカナと漢字も勉強したいけんが行く』って言ったんですよ」 さて、今夜の字の練習。書いては消しを何度も繰り返し、30分ほどで30の文字を書きました。 中山さん「学校に来てよかった」 先生「中山さんのやる気が、いつも励みになってます」 中山さん「本当ですか?」 先生「だって、一日も切らさずやってるけんね」 個人授業が終了したのは夜9時半。あしたも早朝から建設現場での仕事です。 ある日、国語の授業で… 日々のマンツーマン授業の成果を実感する出来事がありました。中原中也の詩「月夜の浜辺」の朗読に中山さんが指名された時のことです。 『月夜の晩に、拾ったボタンは指先に沁み、心に沁みた。月夜の晩に、拾ったボタンはどうしてそれが、捨てられようか?』 先生「中山さん、最初の頃と比べたら、ものすごく読み方が上手になられています」 中山さん「学校で読んだけんです」 先生「そうそう。漢字も覚えたし、私が『優しく読んでください』って言ったら、そんな感じで読んでくださったと思います」 教室から拍手が起こります。さらに先生は、詩の中に出てくる「沁みる」について、みんなに質問しました。 先生「指先に沁みる、心に沁みる…沁みるってどんな感覚ですか?どういう時に使います?」 誰もなかなか手を挙げません。すると、中山さんが思い切って…。 中山さん「例えば、綺麗な女性がいて、手を触って。手をふれた時に沁みる。手が触れただけで『沁みる』感じ」 先生「ああ~何かこう、『伝わってくる』という感じですかね?自由に考えていいですよ、正解、間違いはないので」 先生のコメントを受けて、中山さんはいつもより照れくさそうな笑顔を見せました。その向上心は、まだまだ尽きません。 中山さん「もうちょっと、はっきりと物を言えるようにしたいと思います。しゃべるときとか、何でも恥ずかしがらないで、やれるようにしたいと思います」 ここは「星空の学び舎」 夜10時過ぎ。授業も終わり、先生たちも帰る準備を始めました。一日の仕事を終えた小原ひとみ校長は、駐車場に向かいながら、ほっとしたように夜空を見上げました。 小原校長「あ、あそこにえらい光っとる星がありますよ、ほら」 「星空はうちの学校と一緒です。だって、大きか星もあれば小さか星もあるでしょう?でも、それぞれがきれいじゃないですか。きょうは特に、何か空気が澄んでいるよね」 小原校長は2014年から通算5年間、熊本県の義務教育課で夜間中学開校の準備に取り組みました。視察で広島県の夜間中学を訪れた時、生徒たちの様子に心を動かされたと言います。 小原校長「勉強って、自分の目標に向かってやればこんなにパワーが出るんだなって。もう、パワーが空気に出ていたんですよね。『熊本県でも、学びを待っている人が絶対いる』って、夜間中学の業務に対する熱い思いが出てきましたね」 星の一つひとつが、生徒たちと重なります。 小原校長「結局、天気によって星の見え方は違いますので。だから生徒さんたちも天気と同じ。ずっと雨はないし、ずっと曇りもないし、晴れたり曇ったりしながら、だからこそ輝く美しさもあるのかな?なんて思いますよね」 「いつも輝いとるものば見よったら、きれいじゃないですもん。それが当たり前になりますから…と思っています。ふふふ」 新たな春 新たな目標 迎えた3月の修了式。小原校長から生徒たちに、言葉が贈られました。 小原校長「みなさんの学ぶ姿を見て、『学ぶことは生きること』、逆に『生きるためには学ぶことが大事』と、改めて感じました。この1年間、お疲れさまでした。みなさんに大きな拍手を贈りたいと思います」 中山さんと、高齢者施設で働きながら学ぶ木本さんは2年生に、そして一時は登校できていなかった深瀬さんは3年生に進級し、毎日学校へ来るようになりました。 それぞれの夢はどんどん広がっています。 中山さん「字を書くこと、字を読むこと、人と話せることを頑張りたいと思います。人と話して、友達をいっぱいつくろうと思います」 木本さん「『放課後デイサービス』っていう場所があると初めて知って。そこには小さい子どももいれば、中学生の子もいる。そういう場所で雇ってくださるなら働きたいなと、漠然と思っているところです」 ===== それぞれに進級を果たし、開校2年目を迎えた「ゆうあい中学校」。新しく11人の生徒を迎えました。夕方5時40分、いつものチャイムが鳴ります。 英語の先生「簡単な覚え方。あー日曜日は『おこさんデー』。水曜日は漢字で水でしょ?よく雨も降る。雨がレイン、レイン、『ウェンズデー』。木曜日も雨が降るんですよ、傘を『サースデー』あるいは雨が止んで『日が射すデー』。土曜日、ああ一週間『去ったデー』」 ★★★★★ 第6回火曜会ラジオスピリッツ受賞作 ラジオドキュメンタリー「星空の学び舎」(RKKラジオ)より