あなたにとって、嫉妬とは何かー「嫉妬論」山本圭教授×連載「嫉妬マニア」エッセイスト斉藤ナミ対談

「嫉妬心は自分だけのもの」という感覚を持ちながらも、「嫉妬」と向き合い、論じてきたお2人。『嫉妬論』(光文社新書)の著者でもある山本圭教授と「嫉妬マニア」連載をスタートさせたエッセイスト斉藤ナミさんの対談から、一生付き合っていくべき「嫉妬」という感情の本質に迫ります。記事と動画、あわせてお楽しみください。 「嫉妬」について語る山本教授 * * * * * * * ▼ 動画もあわせてお楽しみください! 〈プロフィール〉 山本圭教授 立命館大学法学部教授。専門は現代政治理論、民主主義論。著書に『嫉妬論』(光文社新書)『現代民主主義』(中公新書) など 斉藤ナミさん エッセイスト。「ランドリーボックス」、「ねとらぼ」など さまざまなWebメディアでエッセイを執筆。 note主催「創作大賞2023」 幻冬舎賞を受賞。著書に『褒めてくれてもいいんですよ?』hayaoki books。本WEBで「嫉妬マニア」連載中 「嫉妬マニア」連載一覧はこちら 嫉妬という人間らしさ 「逆さまになった自分自身」としての嫉妬 山本: 嫉妬心は普遍的な現象でありながら、自分の嫉妬は他の人に共感されにくいんです。だから「自分の嫉妬は自分だけのもの」という感じがして。それは自分の本質や真実を映し出す、逆さまになった自分自身なのかなと思います。 斉藤: 一生付き合っていくべき人間らしさですよね。見つめて向き合い、欲しいものを原動力にするしかないと思います。世の中の嫉妬本はほとんどが「抑える」か「エネルギーに変える」かの二択なのに、山本先生の「嫉妬論」は嫉妬を淡々と分解して仕組みを学べる本で、すごく救われました。 山本: 斉藤さんにお聞きしたいのは、僕は嫉妬を原動力として捉えなかったんです。嫉妬は他者を引き下げるエネルギーでしかない、向上心とは違う「引き下げ力」だと思うんですが、そうだとしても嫉妬心って愛せますか? 斉藤: それを人間という動物の生存本能として考えると、より多くの餌を欲しいとか、より優秀な遺伝子を残したいとか、文明の進化の力にも使われていると思うんです。言葉として嫉妬なのか向上心なのかは分からないけど、そう考えられたらエネルギーにできるんじゃないかと。 嫉妬の危険性 山本: 最初は嫉妬心を、社会的公正さや正義を求めるムーブメントを引き起こすパワーになると考えていました。でもこの本を書いていくうちに、移民へのバッシングなど差別の問題にこの嫉妬心がスイッチになっている可能性に気づいたんです。 オーストラリアの人類学者ガッサン・ハージが「移動性への妬み」と呼ぶ現象があります。自分の人生が停滞していると感じる中で、移民が結婚したり子どもが出来たり、人生のコマを進めているのを見ると耐えがたく感じる。その不満や苛立ちに対して、「移民は不当な利益を得ている」と叫ぶポピュリストが現れると、そこはかとないイラつきに正当性を与えてしまう。 結局、本の最後では嫉妬心をコントロールする手段いくつか並べることにした。「結局(嫉妬を)抑制するのか」という戸惑いがありましたが。振り返ると、政治学の視点で考えてそうなったんだなと思います。 「嫉妬の感情は私たちが生きている以上、なしにはできない。むしろ平等を掲げる民主主義社会でこそ一層激しくなる恐れがある」と語る山本教授の著書・現代民主主義 指導者論から熟議、ポピュリズムまで (著:山本圭/中央公論新社) 私たちの嫉妬とSNS 山本: 斉藤さんの本では、2ちゃんねるの話が出てきますよね。その頃はすごく満たされている感じがします。今はSNS社会が嫉妬心を増幅させているように思えるのですが。2ちゃんねると最近のSNSの違いについてどう感じますか? 斉藤: 2chは私のネット世界への最初の扉で、それだけですごく満たされていたんです。でもしばらくすると「もっと」という欲が出てきて、mixiやアメブロなど広い世界を見るうちに目立ちたい欲が膨らみました。アメブロではランキングがついて、読んでもらうだけでは満足できなくなり、上位に入りたいという欲が出てきて。どんどん欲が膨らんでいきました。 「下方嫉妬」とは? 山本: 嫉妬には2種類あると考えていて、一つは「上方嫉妬」。もう一つが「下方嫉妬」で、自分より劣位にある人、若手や駆け出しに向ける嫉妬心です。アリストテレスも「自分が苦労して得たものを他人が簡単に手に入れる時に芽生える感情」というような事を言っています。 僕らは氷河期世代の出口あたりで、若い人たちが売り手市場でひょいっといい就職をすると「えー」と思ってしまう。この「下方嫉妬」はかなりめんどくさい感情だと思うんですが、どうですか? 斉藤: 私よりも遅くデビューしたエッセイストがXで大きく拡散されると、最初は「面白かった」「応援してます」と善い人でいたいので協力するんですが、その投稿が自分の6000ビューに対して3万ビューも読まれると「もうこれ以上発見されないで」と思ったり(笑)業界全体が盛り上がれば自分のためにもなるのに、本当に情けない気持ちになります。 斉藤ナミさん 嫉妬のジェンダー差 山本: おかげさまで本のイベントをする機会に恵まれたのですが、女性読者から「嫉妬心はないけど、嫉妬されるのが怖い」という声をよく聞いたのです。嫉妬にジェンダー差があるのかな?と思い始めたのですが斉藤さんはどう思われますか? 斉藤: 私は生まれてこの方ずっと嫉妬してきたので「嫉妬しない」という人は恥ずかしくて嘘をついてるのかと思っていました。でも話を聞くと「自分なんて叶うはずがないから諦めてしまう」という人が多くて。子供の頃から「私は足が遅いから(無理)」と向上心を持たずに生きてきた人もいるようです。 山本: 競争に乗らないということですね。嫉妬心を逃れる一つの方法かもしれません。でも自己肯定感が高く、確固たる自分があって他人と比較しなくても良い人もいるでしょうね。東出昌大さんみたいに、山でこもって料理をする人はおそらく嫉妬心もないだろうし、比較することもないでしょうし。 斉藤: そうですね。あの方のレベルまでいくと嫉妬心も湧いてこないのかもしれませんね。最初はそんな嫉妬しない人を目指したいと思っていましたが、そうなろうと思っても無理だとわかって諦めました(笑) 実体験VS学術的視点【嫉妬対談】 山本: 我々はまだ40代。60代になると別の形の嫉妬が出てくるかもしれませんね。斉藤さんは嫉妬心を爆発させるスタイルでいくんでしょうか。 斉藤: 人とつながって生きていく限り嫉妬は消えないと思うので、折り合いをつけて飼いならしていくしかないですね。嫉妬しすぎないように努力はしますが、諦めている部分もあります。 山本: 斉藤さんはXで嫉妬心を積極的に書いてきましたよね。嫉妬が怪物化する前にポンと出すのは、悪くない付き合い方だと思います。嫉妬は自分を破滅させる危険もあるので、何らかの手当ては必要で、小さいうちに笑える範囲で出すというのは良いテクニックかもしれません。 僕もこの本を書くとき、嫉妬心は悪徳と言われますが、人間らしさ、滑稽さも含めた感情だと思い、全否定せず「嫉妬する私もいいじゃない」というスタンスで向き合いました。 斉藤: 嫉妬するということは「超えたい」という気持ちを生み、原動力にもなります。それがあったからここまで来られたという気持ちもあります。 山本: 60代になれば、本当になりたかった姿が見えてくるかもしれない。40代は「まだできる」と「もうできない」の間で難しいですね(笑) 斉藤: もうしばらくもがくしかないですね(笑) 編集後記:嫉妬と向き合う中で見えてきた「生きる知恵」 山本教授は、嫉妬が「引き下げる力」として働く危険性を指摘しつつも、それを全否定するのではなく、人間の持つ普遍的な感情として受け入れるスタンス。一方で斉藤さんは、嫉妬を「原動力」と捉え、それを飼いならしながら生きていくことの現実的な知恵を語られました。社会的な側面、ジェンダーによる違い、年代による変化など、多様な視点から語られた今回の「嫉妬対談」。読者の皆さんも自分自身の中にある嫉妬心と向き合い、それと共存していくヒントがあるのではないでしょうか。記事と動画、あわせてお楽しみください。 「嫉妬マニア」連載一覧はこちら

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