宇宙から降り注ぐ放射線でピラミッド内部が明らかに!…186年ぶりの発見を実現した「スゴイ技術」

エジプトのピラミッドで大発見をした日本人 すでに多くの発見がなされてきた現代で、新しい学術的な発見をすることは決して容易ではない。ピラミッドの調査もその一つだ。世界最大である、エジプトのクフ王のピラミッドの内部は、186年もの間「新しい空間」が見つかっていなかった。それが、2023年に「隠された空間」の存在を発見したと発表された。 この発見の立役者は、名古屋大学准教授の森島邦博氏だ。ピラミッドの内部空間を調べるために彼が用いたのは、宇宙から降り注ぐ放射線の一種「宇宙線」を活用したものだという。ピラミッドと宇宙——一見、遠い分野に思えるが、どのようにピラミッドの内部を透視することができたのだろうか。森島氏に話を聞いた。 森島 邦博(もりしま・くにひろ) 1980年生まれ。名古屋大学大学院理学研究科博士課程(後期課程)修了、博士(理学)取得。名古屋大学高等研究院特任助教、同大学大学院理学研究科 特任助教を経て、2021年4月より名古屋大学院理学研究科准教授。専門は素粒子物理学、宇宙線物理学。宇宙線ミューオンを用いた新たなイメージング技術の開発により、クフ王のピラミッド内部の未知の空間を発見した。 ピラミッドの調査で利用するという「宇宙線」。森島氏はこの宇宙線をA4くらいの大きさの「原子核乾板(げんしかくかんばん)」というフィルムに読み取らせることで、内部の空間の存在を推定したという。 「この検出器をはじめて設置したのは2016年です。クフ王のピラミッド内部にある『女王の間』の2ヵ所にフィルムを設置しました。 数ヵ月間、宇宙線の記録を取り続けた結果、中心付近に大きな空間を、入口付近に細長い小さな空間を発見しました。大きいほうは断面が正方形だとすると縦横4メートル、奥行き30メートルほどの規模を持つことが明らかになっています」 宇宙線とは放射線の一種で、宇宙空間を飛び交っている高エネルギーの粒子や高エネルギーの電磁波を指す。森島氏は、「普段、僕たちは空を見上げても宇宙線の存在を意識することはありません。しかし、実際には、常にたくさんの宇宙線がシャワーのように地球に降り注いでいます」と説明する。 ピラミッドを傷つけずに調査ができる その宇宙線の中でも、今回の発見に活用されたのは「ミューオン」と呼ばれるものだ。 「宇宙線は陽子や中性子、電子といった、僕たちを構成する原子の一部も含まれている。ピラミッドの調査で利用したのは、中でも少し変わった性質を持つ素粒子、『ミューオン』です。 電子と非常によく似た性質を持っているのですが、決定的に違う点が一つあります。それは『重くて、ものを通り抜けやすい』ということです。 例えば、電子は軽いので物質を通り抜ける際に、進んでいる方向を曲げられたりしてすぐに止まってしまいます。でも、重いミューオンは、その勢いのまま、ある程度の厚さの物質を突き抜けて進む。その透過力は驚異的で、高いエネルギーを持つミューオンは、数キロメートルもの岩盤さえも通り抜けることができるのです。 モノをすり抜ける度合い=透過率がピラミッドの調査に重要になります。 基本的な考え方は病院のレントゲン撮影と非常によく似ている。レントゲン撮影ではX線という放射線を人体に照射し、骨や臓器など、体の組織ごとのX線の吸収されやすさの違いを利用して、透過してきたX線をフィルムで捉えることで、体内の様子を画像として見ることができるわけです。 同じように、空から降ってくるミューオンの一部は、ピラミッドを透過してくるので、その割合によって、どの方向には障害物があるかがわかるのです」 ミューオンなどの宇宙線は空から様々な角度でやってくる。調査に使った検出フィルムはミューオンが通過した軌跡を記録することができるといい、そのおかげで一定時間に通った数とその方向がわかるというのだ。 もし、ピラミッドの中がすべて均質な石で満たされていたとしたら、ある一定の時間にある方向から検出器に到達するミューオンの数はほぼ予測できる範囲に収まる。一方で、ピラミッドの内部に、石よりは密度の低い空間=空洞が存在すると、そこを通る、つまり空洞の方向から来るミューオンは石の部分を通る場合に比べて、吸収される量が少なくなる。結果、検出器に到達するミューオンの数は増えるというわけだ。 「1ヵ所のフィルムだと方角しかわかりませんが、フィルムは複数ヵ所に設置するので、それらの結果を重ね合わせることで、ピラミッドの内部での空間の位置を知ることができます」 この調査方法は「宇宙線イメージング」と呼ばれ、これまで考古学分野で行われてきた発掘調査に比べ、ピラミッドを傷つけることなく調査を行うことができたという。 発見でわかったピラミッド内部の様子 では、「宇宙線イメージング」で見えたピラミッドの内部はどのようなものだったのか。 「現時点ではまだ分かっていません。ただ、クフ王のピラミッドからは、これまで王のミイラや財宝は発見されていないので、中心付近で見つかった大きな空洞には期待をしています。もしかしたらその隠された空間に、まだ誰も見ていないものが眠っているかもしれません」 中心付近にあるとわかった空間に対して、入口付近で見つかった小さな空間は外から調査がしやすい。そこで、エビデント社製の工業用に使われる非常に高品質なファイバースコープ(胃カメラのようなもの)を挿入して、内部の状況が明らかにしたという。 「モニターに映し出された映像は明らかに自然の岩の形状ではなく、人の手によって作り上げられたと思われる構造物でした。まるで屋根のように組み合わさった石造りの空間が、暗闇の中に広がっていました。 興味深かったのは、壁の様子です。通常、ピラミッド内部の通路や部屋の壁は、美しく磨き上げられているはずですが、この空間の壁はデコボコとした、まるで作りかけのような状態であることが明らかになりました。 まるで2500年前に何らかの理由で建設が中断され、そのまま時間の流れの中に置き去りにされたような、時間が止まったような印象を受けたんです」 「宇宙線イメージング」によって、建造物の崩壊のリスクがなくなり、効率的になったとはいえ、調査には苦労が尽きなかったという。 「ピラミッド内部の環境は、普段は25度で一定に保たれていて、エジプトにしては快適と言えます。それでも観光客が多いシーズンには、彼らの汗でピラミッドの内部がサウナのようになり、湿度は常に100%。壁に結露ができるくらいの汗の量で、体調を崩してしまう学生もいました」 道路陥没事故にも応用可能 クフ王のピラミッド内部の未知の空間を発見するという、歴史的な成果を上げた宇宙線イメージング技術だが、他の考古学研究でも活用が進んでいるという。 「イタリアのナポリでも実績があります。ナポリの地下には、古代ギリシャ時代やローマ時代の街並みが眠っており、その下には、さらに時代が下った人々が掘った生ハムの貯蔵庫などが存在しています。 すでに見つかっている地下20メートルにある生ハム貯蔵庫に検出器を設置したところ、地下10メートル付近に、古代の埋葬室らしき構造が捉えられたのです。まだ直接確認することはできていませんが、埋葬品などが眠っている可能性もあります。 地下の古い構造物だと崩壊のリスクもあるので、遺跡の保護という観点からも、内部構造を事前に把握することは大切だと思います」 この技術は考古学研究だけでなく、より実用的なことにも活用されつつある。その一つが、社会インフラの老朽化の調査だ。 近年、日本各地で道路の陥没が多発しているが、埼玉県八潮市で発生した大型トラックが道路陥没に巻き込まれた事故は、地下の空洞が原因の一つとして考えられている。また、堤防やダムといった巨大な土木構造物の内部の健全性も同様に問題になっている。 調査による崩壊のリスクがなく、大規模に調査する方法として「宇宙線イメージング」が注目を集める。 「これまで一般的に行われてきたのは、地上からレーダーを使って探査する方法です。しかし、このレーダー探査ではせいぜい地下2メートル程度までしか探ることができないのと、探査機が走る道路の真下しか調べることができないという制約があります。 他にも、実際にボーリングで穴を掘って直接確認する方法もありますが、すべてを調べるためにはコストがかなりかかってしまいます。 その点、そういった制約なしに行うことができるのが宇宙線イメージングの強みと言えます。 ただ、宇宙線は空から降ってくるので、検出器フィルムを置いた場所より低い場所を調べることはできません。しかしそれさえクリアすれば、ミューオンは非常に高い透過力を持つため、地中深く、10メートルから20メートル程度の深さまで透視して細かな構造まで調べることができる。 下水管やボーリングで掘った穴に小型のフィルム状の検出器を設置することで、道路の下だけでなく、その周辺の地盤の内部構造を広範囲にわたって調べられます」 検出フィルムは夏の暑い気温に弱い 夢のような手法だが、課題もまだまだある。森島氏は、今後の展望とともに語った。 「現在の原子核乾板は温度変化に弱く、真夏の屋外に長時間設置すると、記録された情報が劣化してしまいます。ピラミッド内部のような比較的安定した環境だけでなく、日本の夏の厳しい暑さの中でも、安定して測定できるような検出フィルムを作る技術を開発していく必要があります。 また、データの解析を効率化するために、人工知能(AI)の導入を視野に入れています。医療分野では、レントゲン画像からAIが病変の候補を自動的に検出する技術が実用化されています。同様に、宇宙線イメージングで得られたデータにAIを適用することで、『ここに空間がありそうだ』とか、『ここに密度の異常がある』といった情報を、より迅速かつ正確に抽出できるようになるのではないかと期待しています。 将来的には、この技術を活用したスタートアップを設立し、より多くの企業や自治体が、手軽に宇宙線イメージングを利用できるような環境を整備していきたいと考えています。 宇宙線イメージングが、考古学のロマンを解き明かすだけでなく、僕たちの社会の安全と発展に貢献できる技術として、広く普及していくことを願っています」 古代のピラミッドから現代社会のインフラまで、私たちの知らない世界を透視する宇宙線イメージング。その技術が実装される未来に、大きな期待が寄せられる。 壮観! 宇宙人はこんな「夕焼け」を見ている!

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