東京メトロが「鉄道一本足の事業運営」からの脱却を目指して取り組む「革新的なサービス」

本年3月17日、東京メトロがコーポレートベンチャーキャピタル活動を開始した。その名も「Tokyo Metro Ventures(東京メトロベンチャーズ)」。この活動は、スタートアップ企業やベンチャーキャピタルファンドに出資し、協業することで革新的なサービスを生み出し、“東京の未来を創る”をコンセプトとしている。 なぜ東京メトロがこのような活動を始めたのだろうか。その理由を探ってみた。 革新的サービスの創出で東京の未来を創る まず、結論から言おう。「Tokyo Metro Ventures」は、コンセプトの通り、東京メトロが新しい価値を創造する活動だ。プレスリリースには、「私たちが保有する事業アセットとスタートアップの技術やアイディアを掛け合わせることで、『沿線価値向上』『人の流れの創出』『鉄道課題解決施策の促進』に係る革新的なサービスを生み出し、社会実装を推進していきます」と記されている。 この背景には、日本の鉄道が直面している課題がある。つまり、人口減少や、コロナ禍を機に進んだ働き方やライフスタイルの変化によって、大手鉄道会社も新しい事業に取り組むなど、経営の柔軟性を高める必要に迫られたのだ。 このため、日本の大手鉄道会社のなかには、鉄道以外の事業に挑戦するところがある。これまでは、デジタル技術を活用して異業種他社と新しい価値を共創した例として、JR西日本やJR東日本の取り組み、そして自社の社員から募った事業アイデアを実現した例として、小田急の取り組みを紹介してきた。 東京メトロの「Tokyo Metro Ventures」は、異業種他社との共創を目的にしている点でJR西日本やJR東日本の取り組みに似ている。 鉄道一本足だった事業運営からの脱却 この「Tokyo Metro Ventures」は、2016年から始まったオープンイノベーションプログラム「Tokyo Metro ACCELERATOR(東京メトロアクセラレーター)」がベースになっている。その目的は、東京メトロが保有する経営資源と、社外の経営資源やアイディアと組み合わせて新しい価値の創造することにある。なお、「ACCELERATOR」は加速させるものを指す英語で、近年は事業の発展を支援・サポートするものを指す言葉として使われる。 なぜ東京メトロは2016年にこのような取り組みを始めたのだろうか。当時はまだコロナ禍は到来していなかったはずだ。また、国土交通省の資料によると、同社の鉄道の輸送人員は、発足時(2004年)から2016年まで、徐々に増え続けていたという事実を見ると、危機感を持つタイミングとしては早いとも考えられる。 そこで、筆者は、東京都の予測が影響したのではないかと推測した。東京都は、2015年時点で区部の人口や、昼間に働く人の数(昼間就業者数)が、将来減少することを予測していたから。 ところが、この推測は誤りだった。筆者が東京メトロに問い合わせたところ、「当時の資料を見返しましたが、明確に人口や就業者数の減少推計から開始したと明確に記載されているものはありませんでした」との回答が返ってきた。 それでは、何が「Tokyo Metro ACCELERATOR」を始めるきっかけになったのか。同社に聞くと、「人口や就業者数が減少するなどの事業環境が変化していくなかで鉄道一本足だった事業運営から、様々な新規事業に挑戦して企業成長を目指していこうという背景はございました」との回答が返ってきた。 つまり、同社は2016年時点で「鉄道一本足だった事業運営」に危機感を抱いており、企業成長のために事業の幅を広げようとしていたのだ。その結果、今から9年前に「Tokyo Metro ACCELERATOR」が始まり、本年の「Tokyo Metro Ventures」の開始につながったのだ。 なぜ出資枠を新設したのか 本年の「Tokyo Metro Ventures」の大きなポイントは、出資枠を新設した点にある。出資枠の金額は、3年間(2025年度〜2027年度)で30億円。なぜこのようなことをしたのか。その理由を東京メトロに聞くと、以下のような回答が返ってきた。 「従来までの『Tokyo Metro Accelerator』では、多数のスタートアップ企業と協業をさせていただき、新たな価値の共創に取り組み、手応えを感じておりました。ただ、どちらかというとスタートアップ企業からの提案を待っていたところもありました。そこで、弊社にとって必要な技術やサービスを探索して出資や事業提携を行い、より積極的な姿勢でオープンイノベーションに取り組んでいくために出資枠を明確にしました。スタートアップ企業の皆様にもその姿勢をわかりやすく伝えられたと考えております」 この回答から、東京メトロが新たな価値の共創を加速させるために出資し、同社が積極的に取り組む姿勢を連携する企業に示したことがわかる。 4つのスタートアップ企業と取り組み 東京メトロがすでに出資している主なスタートアップ企業(スペースマーケット・ゲシピ・マチルダ・リンクティビティ)の企業の概要と、東京メトロと連携した事業の内容を紹介しよう。 スペースマーケットは、レンタルスペース検索・予約サイト「スペースマーケット」運営する企業である。同社は東京メトロと提携し、千代田線綾瀬駅付近の高架下の空間を利用したシェアリングスペース「むすべやメトロ綾瀬」をオープンした。このシェアリングスペースは、とくにママ会や女子会、大人数のパーティで使われている。 ゲシピは、メタバース(仮想空間)を教育に活用している企業だ。同社は東京メトロと提携し、2021年に日本初のeスポーツトレーニングジムをオープンした。現在、eスポーツトレーニングジムは終了し、メタバース教育事業(eスポーツを活用した英会話学習等)に注力している。 マチルダは、家庭料理を提供する企業だ。同社は東京メトロと提携し、半蔵門線の清澄白河駅出入口にテイクアウトステーションを設置している。両社は、親子で便利に、安心して「食」を楽しむことができるようになる取組みを進め、沿線の子育て世帯支援を推進したいと考えているという。 リンクティビティは、交通・観光のプラットフォームをつくる企業だ。同社は東京メトロと提携し、本年3月24日から「Tokyo City Pass」を販売した。これは、東京メトロと都営地下鉄乗り放題の「Tokyo Subway Ticket」と観光スポットの入場料(利用料)を組み合わせたもの。QRコードを使い、キャッシュレス化を図った。 東京メトロは、魅力的な都市内観光を促進する取り組みとして「City Tourism」を推進している。「Tokyo City Pass」の販売は、その取り組みの一環だ。 なお、「Tokyo City Pass」は、昨今話題の「観光型MaaS」ではない。地下鉄(Subway)での移動に特化したサービスなので、バスやシェアサイクル等の他のモビリティとは連携していないからだ。 民間の地下鉄事業者ならではの強み この背景には、東京ならではのむずかしさがある。たとえばロンドン・パリ・ニューヨークなどの海外の主要都市では公共交通が公営で、一元化されているので、MaaSを導入しやすい。いっぽう東京では、公共交通が公営の事業者(東京都交通局)と多くの民営事業者によって運営されているので、一元化するのが容易ではなく、MaaS導入においても足並みがそろいにくい。 ただし、これはかならずしも悪いことでない。東京メトロは、民間の地下鉄事業者だからこそ、他企業への出資・支援ができるという自由さがある。それゆえ、今後同社の「Tokyo Metro Ventures」で新規事業が立ち上がるスピードが加速し、東京ならではの新しい「サービス」や「便利さ」が実現することを期待したい。 【もっと読む】「鉄筋は切断され、地下には水たまりが…」開かずの間となった「東急不動産の高級マンション」で住民らを襲った「悪夢の光景」

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