国民の意見を政策に反映させる国のパブリックコメント(パブコメ)に大量の同一意見が寄せられている。 意見の「数」ではなく「内容」が考慮される制度の趣旨が十分周知されず、世論誘導の道具に利用されている実態も浮かび上がる。国は改めて制度の趣旨を周知するとともに、大量の意見を分類するシステムの導入も検討している。(小峰翔、藤亮平) 20万件を超えた意見、精査に1か月半 「こんな意見数は見たことがない」。環境省の担当者は驚きを隠さない。 東京電力福島第一原発事故に伴う除染作業で発生した「除染土」の再利用に向け、同省が1〜2月に実施したパブコメは20万7850件もの意見を集めた。 担当部署では、職員約10人がかりで意見を1件ずつ精査した。深夜や土日も作業に追われること1か月半。意見の96%は、残り4%のいずれかと一字一句同じだった。 意見の「数」が独り歩きする事態も起きている。 東京都三鷹市議会は3月27日、「放射性物質の拡散の危険性がある」として除染土の再利用の中止・撤回を求める意見書を賛成多数で可決した。意見書には、「多くの国民が放射能汚染土の再利用に不安を持ち、拡散はすべきではないと感じていることを示している」としてパブコメの意見数も引用され、3月末、政府に送られた。 SNSで呼びかけ、追い込み 読売新聞が政府のオンラインシステム「e—Gov(イーガブ)」にあるパブコメを分析した結果、大半の案件が「意見数100件未満」で、1万件以上もの意見が寄せられるのは極めて異例だ。 大量の同一意見はSNSでの「呼びかけ」に応じて提出されているとみられる。 除染土のパブコメでは、X(旧ツイッター)の複数アカウントが「再利用と自然災害による環境汚染の懸念」などと反対や懸念を示す例文を紹介。締め切りが近づくと、例文を再掲示したり、提出意見の総数を示したりして「追い込み」をかける投稿も現れた。 除染土のパブコメに次ぐ約19万5000件の意見が集まった新型インフルエンザ等対策政府行動計画のパブコメでも、SNS上での呼びかけが相次いだ。 「制度の趣旨が十分周知されていない」 「政府の横暴を止めるには、国民意見数の力だ!」。広島県呉市の男性(69)は昨年5月、こんなメッセージとともに意見の例文を載せたリンク先をXに投稿。読売新聞の取材に「政府のパブコメは形だけだ。反対意見がたくさんあると見せることは、国民への宣伝材料になる」と主張する。 川上和久・麗沢大教授(政治心理学)は「『数』より『内容』が重視されるパブコメ制度の趣旨が十分周知されていないため、世論誘導に利用されてしまっている」と指摘する。 デジタル庁「数が考慮の対象となる制度ではありません」 パブコメ制度を揺るがす事態に、国も動き出している。 デジタル庁は3月、e—Govにあるパブコメの意見入力フォームに「同一内容の意見が多数提出された場合でも、数が考慮の対象となる制度ではありません」との注意書きを加えた。制度を所管する総務省は、同庁と連携し、多数の意見をAI(人工知能)で分類するシステムの導入も検討している。 制度化に携わった常岡孝好・学習院大教授(行政法)は「意見が多く寄せられること自体は好ましいが、自分の言葉で意見を述べることが重要だ」と指摘。「行政側も重要な意見には真剣に向き合い、原案を修正する必要がある」と訴える。 インフルエンサーが曲解 パブコメの内容に関連した誤情報が拡散し、意見が殺到したものもある。 国土交通省は昨年4〜5月、国の土地利用政策の変更に関するパブコメを実施。所有者不明の土地の発生を防ぐため、国内に土地を所有しながら海外に住む日本人や外国人に対し、国内の連絡先の提出を求める内容だった。 しかし、公募期間中に「外国人の土地購入が容易になる」との誤情報がXに拡散。締め切り前日には「外国人土地取得問題から国をまもる決意で送ろう!」とパブコメへの応募を呼びかける投稿が行われ、再投稿は4400回、閲覧数は45万回に上った。 国交省によると、意見の提出は締め切り前の2日間に集中。意見数は3万8330件に上り、同一意見も2割程度あった。同省の担当者は「インフルエンサーが曲解して意見提出を呼びかけ、事実関係を確認しないまま反応した人が多かった」と分析する。