原発事故はゼロ--日本人の完璧主義がもたらす原発の「安全神話」

「原発事故はゼロ」という非現実的な安全神話を、多くの日本人は何故か当然のことのように受け止めている。だから、その安全神話が少しでも揺らぐと、人々は完全なる崩壊を恐れて「脱原発」を叫ぶことになる。 リスクマネージメントとは、そもそも「リスクがあるということを前提に、事前に対策を立てる」こと。例えば日本の高い耐震技術の発展は、地震に対する綿密なリスクマネージメントの結果といえる。 自然災害に対しては柔軟な発想ができるのに、こと人為的な災害となると、日本人はさも当たり前のように「全て防ぐことができる」という幻想を抱いてしまう。 福島第一原発事故後に噴出した日本人の「脱原発」へと傾く世論とその心情について、フランス在住でボーン・上田記念国際記者賞を受賞されたジャーナリストの山口昌子氏と、40年以上ドイツで暮らし、エネルギー関連の著書も多い川口マーン惠美氏が語り合う。 ※本記事は、『 原子力はいる? いらない? 』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。 欧州と日本の人々の原発に対する意識はここまで違う 山口昌子(以下、山口):ヨーロッパの主要各国の国民の一般的な「原発」に関する認識はどうなのか。これについて東京電力・福島第一原子力発電所事故(以後、1F事故)の4カ月後にフランスの世論調査会社IFOPが欧州の主要5カ国で実施した調査があります。 フランスでは「原発賛成」が32%、「反対」が20%、「賛否どちらとも明確に表明できない躊躇(ちゅうちょ)派」が37%と最多でした。 イギリスは賛成32、反対21、躊躇34とこれまた躊躇が最多。ドイツは賛成17、反対55、躊躇23。イタリアは賛成20、反対58、躊躇19。スペインは賛成27、反対28、躊躇38。 「原発推進派」は5カ国のなかでフランスとイギリスの2国ですが、5カ国とも「躊躇」がかなり高率。この辺りに、事故のリスク問題はもとより、経済問題や環境問題、技術問題、さらに隣国との競争問題とも密接にからんだ原発問題の複雑さが示されています。 この調査が「福島の事故」直後だったことと、「原発問題」は、善か悪か、白か黒かでは簡単に説明も解決もできない、との思いが、この「躊躇」を選ばせたのでしょう。 「1F事故」から10年以上経った現在は、「原発」に関する意識も変わったと思います。 ただ、最近の調査を探したのですが、フランスでは「原発」に関する関心が総じて低い、つまり基本的に賛成、承認しているせいか、実施されていません。 川口マーン惠美(以下、川口):本来、物事を善か悪か、白か黒かではっきり決めることはできないし、決めないほうがいいという志向が強いのが日本人です。それなのに、こと原発になると"脱原発"のような極端な意見に流れてしまう。 リスクマネージメントとは何か。それは、リスクをゼロにすることではなく、リスクがあるということを前提に、ありとあらゆるリスクに対して、事前に対策を立てることです。 もちろん、リスクを限りなく少なくするための努力はする。しかし、出発点はあくまでも、どんなに努力をしても、リスクはゼロにはできないという認識でしょう。つまり、重箱の隅をつついたらやっと出てくるほどの小さなリスクが、あらゆる悪い偶然の助けにより、雪だるま式に膨らみ、最悪の経過をたどるという状況を想定する。 そして、どうすれば、そのようなリスクに迅速に気づき、被害を最小限で食い止め、再び正常な状態に戻すことができるかを考えるのが、リスクマネージメントなのです。 日本人は、リスクというとまず自然災害が頭に浮かぶ。たとえば、地震のリスクをゼロにすることは不可能です。だから、起こることを前提に対策を考える。そして、実際にそれは成功していて、日本の耐震技術は抜群です。3・11のときは、走行中の東北新幹線が、最初の揺れの9秒前、もっとも大きい揺れが起きる1分10秒前に自動的に減速を始め、次々と無事に停止しました。 しかも、あれだけの揺れにもかかわらず、高層ビルも壊れず、橋も高速道路も落ちてこなかった。世界のあちこちで、地震のたびに家屋が軒並み崩壊し、その下敷きになって人が亡くなっているのとは大違いです。 ただ、私たちは、そこまで努力をしても、地震のリスクをゼロにはできないということも十分に理解しています。 ところが、人為的なミスに関しては自然災害とは違い、「あってはならない」が先に立って、ゼロにできるような錯覚をいだいてしまう。日本人の職人気質や技術へのある種の信仰でしょうか。日本人の完璧主義が災いしているのかもしれません。 しかし、自然界にリスクが存在するのと同じように、すべての技術にはリスクが存在します。そのリスクを恐れていると、飛行機は飛ばせないし、医学は進歩しません。 3・11のときは、津波に対する備えが盤石ではなかった。それが原発の事故を引き起こしました。これは悔やんでも悔やみきれませんが、震災後、快調に動いていたすべての原発を停止してしまったのは、情緒に流された"非科学的な決断"でした。そして、それが今も日本の国益を重篤(じゅうとく)に損ねています。 福島第一原発事故後に巻き起こった、検証なしの無謀な"脱原発" 山口:日本の場合は、前述のように、「原発事故はゼロ」という非現実的な前提に基づいて「原発建設」が実施されたわけですが、「なぜ、原発が必要なのか」そして、「なぜ事故ゼロなのか」を懇切丁寧に説明した国民向けの文書などは存在するのでしょうか。これはメディアの一員として自戒を込めて言うのですが、国民もメディアを含めて、「事故ゼロ」を信じて、「なぜゼロなのか」を深く追求してこなかったように思えます。 死者2人を出した1999年の東海村JCO臨界事故後に日本の原発関係者が訪仏したとき、「フランスではチェルノブイリ原発事故(1986年)の教訓として、放射能の影響で近隣の住民に甲状腺ガンが多発した事実を踏まえて、原発の周辺住民にはヨウ素剤が配布されているが、日本ではどうなのか」と質問したのですが、「そんなこと(原発事故の可能性が前提)をしたら、原発は1基も建てられません」と突っぱねられました。 川口:それはものすごく日本的な感覚です。「事故? 縁起が悪い」。あるいは「そんな危ないものを建てるな」。日本人として、その感覚は非常によくわかりますが、でも、それではいけない。 山口:「1F事故」では「事故ゼロ」のはずが、「重大な事故」が発生した結果、「裏切られた」との感情が加わり、事故をいっそう、悲劇的にした面もあると思います。 “核アレルギー” と軍事費削減が国家の自立を妨げている大戦の敗戦国の日本とドイツ

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