現代のクルマはほとんどがオートマチックトランスミッション(AT)だが、スポーツカーなど一部の車種にマニュアルトランスミッション(MT)が残っている。敢えてMTを選ぶメリットはあるのだろうか。 スポーツカーにはMTのメリットがある 結論を先に言えば、スポーツカーではMTを選ぶメリットがある。スポーツカーでATを選ぶことも可能だが、ATの種類によってはデメリットがあることも知っておく必要がある。 モータースポーツの最高峰のカテゴリーでは、クラッチペダルのないクルマがレースでもラリーでも当たり前になっている。F1のギアボックスは基本的にMTと同じ構造だが、クラッチは油圧を使った電子制御で自動化。ステアリングホイールのパドルシフトで8速をマニュアル操作するセミ・オートマチックだ。 乗用車でもクラッチペダルのないセミ・オートマチックとしては、日産GT-R(2025年8月に生産終了で受注停止)などが採用するDCT(デュアル・クラッチ・トランスミッション)がある。かつての三菱ランサーエボリューションもDCTを採用していた。 DCTはメーカーによっては呼称が異なり、フォルクスワーゲンはDSGと呼んでいる。DCTはマニュアル操作のほか、普通のATと同様にシフトチェンジをクルマに任せることができる。 ATの主流トルコン式でもスポーツ走行では要注意 ATで主流なのは、クラッチにトルクコンバーターを使ったトルコン式ATだ。トルクコンバーターとはエンジンとトランスミッションの間に流体(オイル)クラッチを置いて動力を伝える仕組みだ。 トルコン式ATはオイルを介した流体クラッチのため、動力の伝達はスムーズだが、動力の伝達ロスもあり、MTに比べるとマニュアル操作でもシフトアップ、シフトダウンにタイムラグがある。燃費も若干悪くなる。 このデメリットを克服しようと開発したのがCVT(コンティニュアスリー・バリアブル・トランスミッション=無段変速機)だ。こちらはドライブ(入力)側とドリブン(出力)側の2つのプーリーを金属ベルトでつないで無段変速を実現し、トルコンのようなスリップロスを抑えている。CVTは軽自動車からスバルWRX(447万円台から)のようなスポーツセダンまで、近年は幅広いクルマが採用している。 一般道や高速道路を普通に走るなら、トルコン式AT、CVT、DCTなど、いずれのATでも全く問題はない。日本のAT限定免許で運転できる。 ところがスポーツ走行をする場合、CVTやトルコン式ATは注意が必要だ。CVTはサーキットや箱根ターンパイク(神奈川県、正式名称はアネスト岩田ターンパイク箱根)のような山岳路を高回転で長時間走ると、CVTオイルの温度が上がり、自動的にセーフモードに入ることがある。 セーフモードに入ると油温が下がるまで、マニュアルのシフト操作ができなくなる。このため、スバルが2025年5月下旬から500台限定で抽選販売(価格は未定)するスポーツセダンWRX S210などはCVTオイルクーラーを装着している。 トルコン式ATはスポーツ走行でも改良が進むが、タイムアタックではMTと差があるのも事実だ。トヨタGR86(293万円台から)やスバルBRZ(332万円台から)のATとMTでジムカーナを行うと、1分15〜20秒のコースで1秒ほどMTの方が速い。この差は大きい。 トルコン式ATは車種によっては、かつてのマツダRX-8のように2速から1速にマニュアル操作でシフトダウンできないものがある。日常生活で支障はないが、スポーツ走行では不満が募る。 この点、日産GT-RなどのDCTはスポーツ走行を前提にしているので問題はない。タイムアタックではMTを凌駕する。F1同様、クラッチペダルのないパドルシフトのため、ステアリングから手を放さず、運転に集中できるのもDCTが速い理由だろう。ただし、町乗りの発進などでDCTは多少ギクシャクすることがあり、スムーズさではトルコン式ATに軍配が上がる。 何よりも運転する楽しさがある そもそも日本国内では新車販売の99%がATだ。MTを販売しているのはトヨタGRヤリス(349万円から)、日産フェアレディーZ(549万円台から)、ホンダシビックタイプR(499万円台から、受注停止中)、マツダロードスター(289万円台から)などスポーツカーが多い。 スポーツカー以外でMTがあるのは、トヨタカローラ(163万円台から)、トヨタヤリス(157万円台から)、マツダ3(291万円台から)、スズキスイフト(192万円台から)などに限られる。 少数派ながらも、各メーカーがMTを用意しているのは、MTにはペダルの踏み間違い防止や燃費の効率性のほか、何よりも運転する楽しさがあるからだろう。クルマ好きなら、敢えてMTを選択する理由は今もある。 (ジャーナリスト 岩城諒)