「実は中国との友好都市提携を断わったばかりで……」 和歌山「パンダ4頭返還」 地元・白浜町長が語る“一斉帰国”の深層

 和歌山県白浜町のレジャー施設「アドベンチャーワールド」で飼育されている4頭のジャイアントパンダが6月末、一斉に中国に返還されることとなった。これまで20頭を飼育し、日本一のパンダの名所として知られる施設だけに、4月24日の発表後、おおいに話題となり、名残を惜しむ客が押し寄せている。返還まで2カ月、いささか急な動きのように見えるが、一体、中国との間に何があったのか。地元・白浜町の大江康弘町長に事情を聞いてみた。  *** 【写真】生まれたてのパンダって初めて見た…帰国する楓浜(ふうひん)の子どもパンダ時代 「ゼロパンダ」の日  アドベンチャーワールドにパンダが初めて本格的に貸与されたのは1994年のこと。計3頭が貸与され、そこから17頭が誕生し、日本最大の繁殖地となってきた。現在は、「良浜(らうひん)」「結浜(ゆいひん)」「彩浜(さいひん)」「楓浜(ふうひん)」の4頭がいるが、これら全てがこの6月末、中国に返還されることになった。この後、日本にいるパンダは東京・上野動物園で飼育される「シャオシャオ(暁暁)」「レイレイ(蕾蕾)」の2頭のみとなる。しかも、それも来年2月で貸与期限が切れるというから、いよいよ日本に“ゼロパンダ”の日が訪れそうである。 パンダ  アドベンチャーワールドでは返還について、プレスリリースで以下のように説明している。 〈本年8月、日中双方で現在進行中のジャイアントパンダ保護共同プロジェクトの契約期間が満了となり、日中双方で協議を行った結果、4頭のジャイアントパンダの負担のないように比較的気温の涼しい6月に帰国することになりました〉 上野動物園の場合 「契約期間満了による返還」となれば、既定路線に見えるが、実際は、これはイレギュラーなことと言えなくもない。  日本でパンダが本格的に飼育されたことのある施設はアドベンチャーワールド以外に2園ある。前述の上野動物園と、神戸市立王子動物園だ。  上野動物園の場合、1972年に「カンカン(康康)」と「ランラン(蘭蘭)」が来日し、大きなブームを巻き起こした。これらは中国からの「贈呈」である。その後、さらに2頭が贈呈され、子どもも3頭誕生。次いで2頭が来日した。その後、2011年に「リーリー(力力)」と「シンシン(真真)」が来日。これ以降は「貸与」の契約となる。貸与料に当たる中国サイドへ支払う保護資金は、2頭で年間95万米ドル。今の為替相場では1億3700万円ほどである。この2頭は10年貸与の契約で来日、2021年には契約が5年間延長された。2頭は高齢のため、昨年中国に帰国したが、その子どもたち4頭のうち2頭がまだ上野にいる。その契約期限が来年2月というわけだ。 期限が来ると延長  王子動物園の場合は、2000年に震災復興のシンボルとして「タンタン(旦旦)」「コウコウ(興興)」が貸与された。保護資金は一頭当たり年間25万米ドル。今の為替相場で約3600万円である。こちらも10年の貸与契約。その後、コウコウに繁殖能力がないことがわかり、2002年に代わりに二代目コウコウが貸与されたが、2010年に死亡している。タンタンの契約は2010年に5年、2015年にさらに5年、更新された。2020年になると、コロナ禍に加えてタンタンの病気が悪化し、契約はさらに半年、翌年からは1年毎に更新されている。2024年3月、タンタンは同園で死亡した。  この2園の状況を見ると、貸与されたパンダは契約期間こそあるものの、期限を迎えると、日本側の要望に応じてか、延長される例もあるなど、柔軟な対応を受けていることがわかる。  実際、アドベンチャーワールドのパンダも、1994年来日時の報道によると、10年の貸与契約だった。保護資金は2頭で年間130万米ドル。当時の為替レートで1億3000万円ほどだ。その後、報道がないために不明だが、その後もこの契約は延長されていたものと思われる。  しかし、今回、2025年時になると、4頭すべてが契約の延長なし。アドベンチャーワールドのパンダは一気に0になるわけで、施設側は“目玉”が一夜にして失われる。そのショックは計り知れないことだろう。 報道で初めて知った  一体、何があったのか。  当のアドベンチャーワールドに尋ねたところ、「契約のことはお話しできません」と繰り返すのみ。 「私も報道で初めて知ったくらいで、まだ事情が呑み込めていないんです」  そう語るのは、アドベンチャーワールドがある、和歌山県白浜町の大江康弘町長である。大江氏は和歌山県会議員、参議院議員を経て昨年、町長に当選した。アドベンチャーワールドは年間約90万人が訪れる白浜町の大きな観光資源。その目玉であるパンダの不在は町民や周辺の自治体の住民の生活に大きな影響を与えるが、それでも施設側から事前に報告は一切なかったという。 「その後、園長が報告に来ましたが、契約のことは中国との間でシークレットになっているとのことで、詳しいことは教えてもらえませんでした。ただ、その際、園長が言っていたのは、“10年前に契約が変わり、(その時点で結んでいた)契約が切れた時点で返還するということになっていた、と」  一方で、前述のように上野や王子動物園では、その後も契約が延長されているから、中国側も施設によって対応を変えていることが推測される。 「返還の発表があった晩に、ある自民党の元大臣から連絡があり、GWに日中議員連盟が訪中を予定している。森山(裕)幹事長(会長)や小渕(優子・事務局長)さんも行く予定だから、その際に、契約延長をお願いしてもらおうか、との話がありました。ただ、アドベンの社長に聞いたところ、“政治的な動きはやめてほしい”とのことだったので、それも結局、なしになったのです」  訪中した議員団は、日本への新たなパンダの貸与を要請し、大きなニュースとして取り上げられた。 パンダ外交 「パンダ外交」という言葉が人口に膾炙しているように、中国がパンダという“資源”を活用し、外交に利用してきたのは周知の通り。しかも今回の返還は、トランプ大統領の就任によって、世界各国が激動の渦中にあるタイミングだ。異例の契約全頭「延長なし」の背景に、政治的な思惑を勘ぐってしまう向きもある。 「確かにそんな気がしないでもありません」  と大江町長も言う。  和歌山と中国と言えば、思い浮かぶのは自民党の二階俊博・元幹事長。和歌山選出で、運輸大臣、経産大臣、総務会長など政府や党の要職を歴任した実力者は、政界随一とも言われる中国とのパイプを築いたことでも有名だ。習近平国家主席と面談できる総理以外の唯一の日本人と言われることも。その二階氏、パンダの和歌山誘致にも関わったと以前から指摘されている。2012年の「週刊文春」(7月19日号)でこの件について聞かれた際は、こう答えている。 「とにかく和歌山にパンダを、という地元の期待が大きかったですからね。最初はとにかく交渉が難しくて、パンダとは何と厄介なものかと思いました(笑)。でも当時の田村元さん、渡部恒三さん、熊谷弘さんと三人の通産大臣に非常に協力して頂いて、(パンダ誘致を)実現することができたんです」  その実力者が昨年の総選挙で政界を引退。その影響はあったのか。 「それはあるでしょう。中国にしてみれば、契約を打ち切るなら、一番に気を遣わなければならない方が政界の一線を退いたということですからね。もし二階元幹事長が現役なら、簡単に“返還”とはならなかったのでは」  実は一昨年、アドベンチャーワールドでは、唯一の雄のパンダ「永明」が高齢を理由に中国に帰国していた。雄がいなければ繁殖は出来ない。新たな雄を求めて、昨年、当時の岸本周平・和歌山県知事が訪中した際に、中国側に貸与を依頼した。その場にはアドベンチャーワールドの社長も同席。しかし、岸本知事は帰国後、記者会見でこう語っている。 「大変、大きな外交案件になるのではないかという印象を受けました。日本政府と中国政府の間で、さらに上の段階で交渉いただくような案件」  パンダの契約に関しては、単に書面上の話だけではなく、さらに大きな力が働いている可能性を示唆したのであった。 友好都市の関係を……  気になるのは、白浜町と中国側との間でも、以下のようなやりとりが進行中だったことだ。 「昨年以来、県を通じて、パンダの産地として知られる成都市内の、成華区という行政区から、再三、友好都市の関係を結ばないかとの話が来ていました。が、断り続けていたんです。4月には、向こうから共産党の女性幹部が来日したばかりでした。友好都市の話や、白浜からも成華区を訪問してくれなどとのお願いがありました。が、返還の話は全く出なかったですね」  実は大江町長は県議会議員、国会議員時代を通じて、台湾外交がライフワーク。先日は台湾政府から外交功労の叙勲を受けている。今月には、地元の南紀白浜空港から台湾へ、チャーター便を飛ばす企画も控えている。そんな動きも背景にあったのか。 「いや、それが影響してるなんて言えるほど、私自身は大きな政治家ではないですけどね(笑)……。叙勲のパーティーの挨拶で、“私が台湾ばかりやるもんだから、パンダを引き上げられました”と冗談で言ったら、会場はおおいに沸きました」 復活の起爆剤に  いずれにせよ、返還は決まった。先に述べたように、アドベンチャーワールドの年間入場者数は約90万人。白砂の浜・白良浜(しららはま)や日本三古湯のひとつ・白浜温泉などで知られる同町の観光客は年間約300万人だ。パンダ不在の影響が出るのは必至である。 「確かにそうなんです。でも私は、今回の件を、逆に白浜復活のきっかけとして捉えています」  どういうことか。 「もちろんパンダがいなくなるのは大きい。しかし、一方で、パンダがいなかった1994年以前も、白浜は観光の町としてやってこられた、その実績があるわけです。パンダが白浜からいなくなる今、改めて、白浜の魅力とは何かを問い直し、町を活性化させる起爆剤としたい。パンダは素晴らしい観光資源でしたが、それをどう扱うかのボールは常に中国側にあります。そしてそこには必ず政治が絡んでくる。不確定な要素が大きいのです。一方で、白浜には、独自の歴史と魅力にあふれる観光名所がたくさんあり、それは何者にも左右されない、今そこにある町の財産です。先人たちが築き上げた貴重な財産のあり方を見直し、活性化させる。その原点に立ち戻りたい。残念ですが、白浜にパンダがもう返ってこない可能性もあるでしょう。それを見据え、これまでの“パンダ依存”を見直し、“ポストパンダ”の目玉として何がアピールできるのか。今回の件を機に、観光の町・白浜の再生をより一層図っていきたいと思います」 デイリー新潮編集部

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