「自殺実況テープ」は都市伝説ではなかった…“絶命までの音声”を聞いて記事化したジャーナリストの告白「このテープは仕事でなければ絶対に聞きません」

「誰にも聞かせたことがない」  YouTubeにおける一大ジャンルともいえる「解説動画」。なかでも“過去に起きた凶悪事件”は視聴数を稼げるテーマとなっており、古今東西の様々な重大事件について、おびただしい数の動画がアップされている。こうした動画にはいくつかの特徴がある。解説している投稿主が自らその事象を取材したわけではないこと、そして、“元ネタ”である新聞や雑誌記事などの「出典」すら明記されていないことだ。いわばコタツ記事ならぬ“コタツ動画”は、著作者への許可を得ていないものがほとんどだが、見過ごされているのが現状である。 【母娘、首絞められ?死亡 葛飾】すべての始まりを告げる“殺人事件”を報じた新聞記事…文面からは“ただごとではない”雰囲気が伝わってくる。  こうした「解説動画」のひとネタとして、ユーチューバーらに“消費”されている事件のひとつが「自殺実況テープ」だ。かつて家族を殺害し、自らも命を絶った男が、最期の瞬間を録音していた。その音声はインターネット上に出回っているが、聞いた人間は誰もが精神に変調をきたす——。そのような噂がいまもネット上を駆け巡っているのだ。 いわくつきのテープの正体は(写真はイメージです)  まるで“都市伝説”のような話ではあるが、この「自殺実況テープ」は確かに存在する。しかし、音源がインターネットに出回ることはない。「今まで誰に頼まれても一度たりとも聞かせたことはない」と、当時事件を取材し、音源を保管している作家・永瀬隼介氏は明かす。「市川一家四人殺害事件」を引き起こした“元少年”の闇に迫る戦慄のノンフィクション『19歳 一家四人惨殺犯の告白 —完結版—』(光文社)の著者でもある永瀬氏が、“謎のテープ”の真相を語る——。【高橋ユキ/ノンフィクションライター】 〈全2回の第1回〉  ***  事件が発覚したのは1994年11月14日。東京都葛飾区の公団賃貸マンションで母と娘が死んでいるのを、訪ねた親族が見つけ警察に通報した。数日前から電話に応答がないことを不審に思っての訪問だった。しかし、マンションで母娘と住んでいたはずの父の姿はなかった。  その男・A氏(当時50)は、自分の妻(同49)と娘(同23)を手にかけたのち、同月19日、長野県内のホテルにおいて自殺体で発見された。「自殺実況テープ」とは、A氏が殺害後から肉声を記録していたテープであり、名称から察せられるように、絶命する瞬間までが記録されたものである。 文字起こし業者は「できない」  現在は小説家として活躍する永瀬氏は、当時、フリーランスのノンフィクションライターとして取材に明け暮れる日々を送っていた。A氏が妻子を殺害し、自らも命を絶った事件の背景を取材したうえで「自殺実況テープ」を聞いて執筆。月刊誌「新潮45」2001年4月号に本名の祝康成名義で掲載されたその記事は、のちに刊行された文庫『殺人者はそこにいる』(新潮45編集部編)にも収録されている。  今でこそ、音声データをテキスト化するためのツールは様々揃っているが、当時は実際に聞いて、書き取るしか方法がなかった。執筆に際して、当初は文字起こし専門の業者に依頼したそうなのだが、 「文字起こし業者の担当者から“できない”と言われてテープが戻ってきたんです。でも、それも分かる気がします。僕もこのテープは仕事でなければ絶対に聞きません」(永瀬氏。以下「」内同)  結局、永瀬氏はひとり、そのテープを最初から聞き通して文字に起こしたという。 「理想的な家庭」のウラで  A氏は大手レコード会社の元社員で、事件の3年前に独立。都内でクラシック音楽を専門に扱うソフト制作会社を経営していた。妻は大学時代の同級生で、娘は名門女子大の4年生。大手企業に就職が決まっていた。一見、理想的な家庭に思えるかもしれない。しかし、A氏の会社は“火の車”だった。 〈JR御茶ノ水駅前のマンション二部屋を月二十四万で借りて事務所を構え、ベンツを乗り回す毎日。だが、市場の限られるクラシック音楽で、大きなビジネスが出来るはずもなく、直に運転資金にも事欠くようになり、借金を重ねた。 そして三年、 すべては破綻した〉(新潮45編『殺人者はそこにいる』より)  借金は膨れ上がり、その額2800万円に——。妻と娘を殺害したのは、第一回目の返済日だった。A氏はその後、わずかに残っていた預金を解約し、当時レンタル契約していたベンツで家を出て東京・神田、名古屋、奈良など各地を転々とする。そして、各地でそのテープに肉声を記録していた。 まるで家族旅行の最中のような 「録音をして、その都度止めて、また続けて録音して……という形のテープでした。もちろん、最後の自殺の様子が録音されている部分では、ものすごく大きな声になるのですが、最初のほうは実に淡々とした口調。奈良で一度、自殺を図るも、ついに果たせなかった時の様子を語るときは心から悔やんでいる様子でした。ただ、それまではどことなく旅を楽しんでいるかのような印象なんです」  実際、A氏は次のような言葉をテープに吹き込んでいたという。まるで家族3人で旅行している最中のようである。 〈おれとして出来ることを、せめてひとつ……死ぬのはいつでも出来ると……あんたたちの行きたいと思ったところを、時間の許す限りで回ってみようと、思ったわけです〉  道中、河口湖畔のホテルに泊まり富士山を眺め〈一番いい姿を全部見せてあげられたんじゃないかな、と思います〉などと語っているのだ。  あたかも“死出の旅路”を実況中継するかのようにテープは続いた——。第2回【「絶対死なせてくれよ、頼むな!」 “自殺実況テープ”を聞いたジャーナリストが「いまだに説明がつかない」と語る“ゴーッという激しいノイズ”の正体】では、戦慄を禁じ得ない“最後の場面”について触れている。 高橋ユキ(たかはし・ゆき) ノンフィクションライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『木嶋佳苗劇場』(共著)、『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』、『逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白』など。 デイリー新潮編集部

もっと
Recommendations

横浜市議を傷害容疑で逮捕…12万円請求され5万円支払い、立ちふさがった女性従業員を蹴ったか

神奈川県警伊勢佐木署は29日、飲食店の従業員を蹴ったとして、横…

「風化させたくない」遺族ら追悼 関越道バス事故から13年

関越道で乗客7人が死亡したバス事故から29日で13年です。事故の発生…

菅野智之、ヤンキース戦5回無失点で3勝目…ジャッジなどから自己最多8三振奪う

【ボルティモア(米メリーランド州)=平沢祐】米大リーグは28日…

菅野智之、ヤンキース相手に5回無失点で3勝目!メジャー自己最多8Kの好投、チームは連敗脱出

■MLBオリオールズ 4−3 ヤンキース(日本時間29日、オリオール・パ…

大麻使用の疑いで19歳男を再逮捕 詐欺事件の調べで「液体入りのカートリッジ」押収 熊本

大麻を使用したとして、19歳の男が再逮捕されました。 【写真を見る…

阿蘇市副市長に元熊本県職員 沖圭一郎さん起用  阿蘇地域振興局長など務める

熊本県阿蘇市の新たな副市長に、県の職員だった沖圭一郎(おき けいい…

メーガン妃、子どもからの感動的な手紙を読んで涙したと英紙サンが報道

メーガン妃が子供たちからの感動的な手紙を読んで涙した。親友のポ…

目の前には富士山、住民が陸自演習場内で野焼き…入会権訴えて昭和40年代から続く「火入れ」

山梨県富士吉田市と同県山中湖村にまたがる陸上自衛隊北富士演習場…

【テリー伊藤】 「ダットサントラック620 昭和53年式❤ 横須賀バックドロップ秘密基地にて」 愛車とのショットに反響 「カッケー!!」「いやぁ〜懐かしい車両」「味があって、たまらないですよね〜」

プロデューサー/タレントのテリー伊藤さんが、自身のインスタグラム…

米軍がイエメンを空爆、死傷者110人超 「移民の収容施設」と報道

中東イエメンでアメリカ軍の空爆があり、110人以上が死傷したと武装組…

loading...