「絶対死なせてくれよ、頼むな!」 “自殺実況テープ”を聞いたジャーナリストが「いまだに説明がつかない」と語る“ゴーッという激しいノイズ”の正体

“死出の旅路”を実況中継  ネット上では都市伝説のように語られることもある「自殺実況テープ」。ある男性が自ら命を絶つまでの一部始終を録音した音源については、その存否を含めて様々な噂が飛び交ってきた。だが実は、このテープは実在するのだ——。 【母娘、首絞められ?死亡 葛飾】すべての始まりとなった“殺人事件”を報じる新聞記事…淡々とした文面が余計に恐ろしい  テープを録音したのは、当時50歳だったA氏。1994年11月、東京都葛飾区の公団賃貸マンションで妻と娘を殺害したA氏は、その後、長野県のホテルで自死を遂げる。問題のテープは、妻子を殺したA氏が日本各地を車で転々としながら録音し、そして、最期の場面に至るというもの。まさに“死出の旅路”を実況中継しているわけだ。 最後の録音場所はホテルの一室(写真はイメージです)  現在は小説家として活躍し、“少年死刑囚”の闇に迫るノンフィクション『19歳 一家四人惨殺犯の告白 —完結版—』(光文社)の著者でもある永瀬隼介氏は、当時、フリーランスのノンフィクションライターとしてこの事件を取材していた。そして、取材の過程で聞くことになった「自殺実況テープ」について記事を執筆する。月刊誌「新潮45」2001年4月号に、本名の祝康成名義で掲載されたその記事は、のちに刊行された文庫『殺人者はそこにいる』(新潮45編集部編)にも収録されている。【高橋ユキ/ノンフィクションライター】 〈全2回の第2回〉  第1回【「自殺実況テープ」は都市伝説ではなかった…“絶命までの音声”を聞いて記事化したジャーナリストの告白「このテープは仕事でなければ絶対に聞きません」】の続き  妻子を殺めた後、車で移動しながら自らの最期の場所を探していたであろうA氏。だが、その道中を記録した音声は、まるで家族三人で旅行している最中のようだったという。 「妻や娘にここを見せたかったという思いや、やっと見せられたという喜びがあったのでしょう。本人は妻子に対して“殺してしまってごめんね”と語っているので、今までできなかったことをやってあげようとしたようです。奥さんを海外に連れて行けなかったからと空港に向かったり、日比谷花壇の花を自宅に送ったりもしています。奥さんと最初に暮らした公団を訪れるところなど、さながらセンチメンタルジャーニーです。現実と虚構が入り混じってますよね。終始、本当に様子がおかしいんですけど、ある意味で美意識の高さは感じます。自分をよく見せたい、自分がどう見られているかがすごく気になる、そんな人だと思うんです」 親戚からの借金にも“利息”を払う性格  レンタル契約をしてでもベンツに乗り、借金が膨れ上がっても御茶ノ水に借りた二つの部屋は解約しない。永瀬氏はA氏のいびつな美意識を思い返し、こう語る。 「会社を立ち上げたばかりなのだから無理してベンツに乗る必要はないし、2800万円という借金も、なりふり構わずに頑張ればなんとか返せる額と思いますよね。自己破産してやり直すこともできたはずです。しかし彼の頭の中に、そんな選択肢はなかった。生前のA氏は、奥さんの親戚から200万円を借り、半月後に返済した際に利息として20万円を渡そうとしました。20万円なんて半月の利息としてはありえない金額で、当然、親戚からも“受け取れない”と断られたんです。それでも“いや、俺の気持ちが済まない”と5万円を渡して帰った。見栄っ張りなんですね、とにかく」  先述の通りA氏は、奈良でも自殺を図ったが死にきれず、その後、長野のホテルで首を吊ることになる。妻子を殺害し、自らも命を絶つことにした理由をテープに吹き込んでいるが、それを聞いた永瀬氏は今も「酷い男です」と言う。 「運転する車が信州に入ると、雨がしとしと降ってきたそうで“また二人が泣いてると思いましてですね、本当に辛い思いの中を走ってきたんですけれど”と言うわけです。そして終盤には“大変申し訳ないと思いますけど、でも、そういったことに関しては、経済的負担をかけたことに関しては、私たち三人の命で許していただこうと思います”と。A氏の知人が取材に応じてくれましたが、奥さんはとても引っ込み思案で堅実な方。本当は音楽教師を目指していたものの、結婚してA氏を支えてきた。娘さんも、父親の苦境を少し理解していたようで“お父さん、もしダメだったら私が養ってあげるから”と慰めるような優しい子だったんです。取材を進めるなかで沸き起こってきたのは、“どうして大事な妻子を手にかけたんだ、ちっぽけな見栄のために”という怒りしかないですよね」 「待っててくれ!」  見栄っ張りな男の、独りよがりな自己陶酔の旅の果て——。長野のホテルで最後の録音は始まる。ここから音声は「明らかにマイクを胸元につけたような明瞭なものに変わった」と永瀬氏は言う。 「呻き声とかも全部聞こえるわけですよ。 もうとにかく最後はすごいんですよ。“待っててくれ!”“絶対死なせてくれよ、頼むな!”という絶叫とも悲鳴ともつかない声が響き渡ります。最後の最後まで亡くなった二人に頼るんです。驚いたのは、“死んでなら、いくらでも時間があるからね。何千時間でも何万時間でも説明するから”と口にしていたことです。なぜ殺害したのかということを、彼はあの世に行って説明する気だったようですが……。そこから先は、ただただ死に向かっていく恐怖が詰まっています」  最期を記録した音声には、背後でゴーッという原因不明の激しいノイズも聞こえるという。〈聞きようによっては、嵐の中、断崖絶壁に立って録音しているような音〉が一体なんなのか。永瀬氏にもその理由は分からないという。 「A氏が自殺した日、雨が降っていたのは間違いないんです。ただ、風は吹いていなかった。もしかしたらホテルの空調の音かなと思いまして。現場となったホテルに向かい、同じ部屋を取材させてもらおうとしたところ門前払いされてしまいました。なので、これは本当に分からないままです。僕は超常現象を全く信用していない人間なんですが、あの場面の背景の“音”が何だったのかは分かりません。いまだに説明がつかないんです」  この「自殺実況テープ」の記事は反響が大きく、今も“音声を聞かせてほしい”という問い合わせが、永瀬氏のもとに寄せられることがあるが「聞かない方がいいと思うので、全て断っている」そうだ。つまり、インターネット上に音声データは存在しない。にもかかわらず、匿名掲示板やYouTube上には“テープを聞いた”あるいは“ネットで聞いた”という情報が散見されるのだが……。 「テープは僕が保管しているのに、その音声を聞いたという人がたくさんいる。都市伝説とはこうして生まれるんだなと思いましたね」  これからも「テープを聞かせてほしい」という問い合わせには応じられないという。  第1回【「自殺実況テープ」は都市伝説ではなかった…“絶命までの音声”を聞いて記事化したジャーナリストの告白「このテープは仕事でなければ絶対に聞きません」】では、このテープと対峙した永瀬氏が当時を振り返っている。 高橋ユキ(たかはし・ゆき) ノンフィクションライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『木嶋佳苗劇場』(共著)、『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』、『逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白』など。 デイリー新潮編集部

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