日本経済は大丈夫なのか…「低・中所得者」が急増している現実を読み解く

この国にはとにかく人が足りない!個人と企業はどう生きるか?人口減少経済は一体どこへ向かうのか? なぜ給料は上がり始めたのか、人手不足の最先端をゆく地方の実態、人件費高騰がインフレを引き起こす、「失われた30年」からの大転換、高齢者も女性もみんな働く時代に…… ベストセラー『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』では、豊富なデータと取材から激変する日本経済の「大変化」と「未来」を読み解く——。 労働参加率は主要国で最高水準に 近年の日本の労働市場では、これまでであれば働いていなかったような人たちの労働参加が急速に拡大している。 女性や高齢者の急速な労働参加は、これまでの日本の賃金の動向にも大きな影響を与えてきた。そして、その影響は労働市場の内部だけにとどまらない。財・サービス市場なども含め、経済全体にも広範な影響を与えてきたと考えることができるのである。 全員参加型経済への移行 OECDのデータベースから男女の就業率の推移を取った図表1-27から国際比較をすれば、日本の労働市場で女性や高齢者の労働参加の拡大がいかに顕著に進んでいるかを改めて確認することができる。 近年の日本の労働市場を振り返ったとき、大きな出来事としてあげられることにはなんといっても女性の労働参加の急伸がある。2000年に56.7%であった日本の15〜64歳の女性就業率は、足元で72.4%まで上昇している。ドイツでも女性の就業率が急上昇しているなど、女性の社会進出は世界的な潮流となっているが、その傾きは日本が最も急である。 女性の就業率について、他国と比べて特徴的なのは変化幅だけではなく、水準でも同じである。2022年の時点で日本の女性就業率は既に米国や英国などよりも高く、主要国ではドイツ(73.1%)に次ぐ水準となっている。 ここでは掲載していない北欧など一部の小国や都市国家では日本よりも高い就業率を達成しているものの、日本の女性就業率の水準や近年の伸びは特筆すべきものだと言える。近年のトレンドを踏まえれば、数年後には日本が少なくとも主要先進国では最も女性の労働参加が進んでいる国になるだろう。 就業率が高いのは女性だけではない。15〜64歳の男性就業率に関しては既に日本が最も高い(2022年:84.2%)。イタリア(同:69.2%)やフランス(同:70.8%)など、働いていない男性が多数存在する国もある中、日本の男性就業率は突出した水準になっている。 もちろん、日本の労働環境における男女間格差については批判も多い。たとえば、日本では女性の管理職比率が著しく低く、男女間の賃金格差も大きいなどさまざまな課題が指摘されている。女性の管理職比率をいかに高めていくかなどはさまざまな議論もあるだろうが、少なくとも就業率のデータをみてわかることは、日本は男女にかかわらずとてもよく働く国だということである。 この傾向は高齢者でも同様である。日本の高齢者の就業率もまた近年急上昇している(図表1-28)。過去の世代においては、女性が働かないことが当たり前であった時代背景もあって高齢女性の就業率は低い水準にあった。しかし、この20年の間に60代後半の女性の就業率は23.7%から41.3%まで急上昇しており、60代後半男性の就業率も同じく大きく上昇している。 高齢者の高い就業率は日本特有の現象である。日本と米国、フランス、ドイツなどの年齢階級別の就業率を見てみると、日本の高年齢者の就業率は突出して高い。 60代後半男性は日本が61.0%と既に多数の人が働いている一方で、米国(37.6%)、フランス(11.8%)、ドイツ(22.9%)など他国はいずれも日本より就業率が低い。70代前半で働いている人の割合も日本では41.8%に達しているが、米国で21.7%、ドイツが11.5%、フランスにいたっては4.1%しか働いていない。 労働参加の急拡大と低所得者の急増 日本ではこれまで周縁労働者と考えられてきた女性や高齢者の労働参加が急速に進んでいる。このような急速な労働参加の拡大は、日本人の賃金の動向にも大きな影響を及ぼしてきたと考えられる。 続いて、国税庁「民間給与実態統計調査」から、1年以上継続勤務者の賃金分布の変化を確認する(図表1-29)。 すると、この四半世紀ほどで日本人の賃金構造はかなり変化していることがわかる。まず、低・中所得者が大幅に増加している。年間200万円以下の給与を得ている人は2000年の825万人から2021年には1126万人に、200万円から400万円の層も1464万人から1696万人に増えた。 年収水準が低い労働者の増加はどのように解釈できるだろうか。低所得者が増えているのだから日本全体が貧困化しているのだと主張する人もいるかもしれない。 しかし、さまざまなデータを分析していくと、日本において貧困問題が深刻化している様子や格差が急拡大している姿は見えてこない。マクロの平均時給は足元では伸びてきており、むしろ非正規雇用者をはじめとする低所得者の待遇改善の方が先行して進んでいるのである。 さまざまなデータを組み合わせて考えてみると、年収水準が低い労働者が増えている理由の多くは、女性や高齢者が労働市場に急速に参入してきたことや、労働時間が短くなっていること、あるいはこれまでであれば自営業者として働いていたような人が雇用されて働くように変わってきていることなどによってかなりの部分が説明できると考えられる。 実際に同図表をみると、年収400万〜600万円の人数は1143万人から1341万人へと中間所得者層のボリュームも大幅に増えている。 厚生労働省「賃金構造基本統計調査」から性・年齢別の年収水準を取ると、女性や高齢者の賃金は全体平均よりかなり低くなっている。こうした人たちが急速に増えることが労働市場全体における賃金の上昇圧力を抑制し、統計上の平均賃金をも押し下げきた側面があると考えられる。 労働力のプールが枯渇したとき、賃金はさらに高騰する 近年の日本で就業率が急速に上昇してきたのはなぜか。 女性であれば保育所の拡充や育児休暇の拡充といった各種制度、高齢者であれば継続雇用制度の義務化など政府の政策による影響は大きいだろう。あるいは女性や高齢者であっても働くことは当たり前だとする人々の意識の変化や、高齢者であれば年金の給付水準の抑制といった財政的な事情も大きな影響を与えているとみられる。 こうしたなか、労働市場のメカニズムから考えれば、本来は賃金水準も労働者の就労の意思決定と関係しているはずである。 労働者側の視点からすれば、たとえば定年後の人が新たな仕事を探すとき、時給800円の仕事しか見つからないのであれば、多くの人が働かずに引退しようと考える。しかし、時給1200円の仕事が見つかるのであれば、それより多くの人が引退せずにしばらくは働き続けようと考えるはずである。このように、賃金水準の上昇は労働参加を拡大させる効果を持つ。 一方、企業の視点で考えれば、労働市場に潜在的な労働力が大量に存在するのであれば、人手確保のためにわざわざ高い水準に賃金を設定しなくてもよいと考える。女性や高齢者が労働市場に参入しやすくなっている環境においては、企業が積極的に賃金を上げなくても、大量の労働者が自然に市場に流れ込んでくるからである。そう考えれば、これまで日本の労働市場は、大量に存在していた潜在的な労働力のプールが日本人の賃金水準を抑え込んでいた側面もあったのだと考えられる。 このように賃金水準と労働参加の動向は相互に関係している。そして、近年の日本の労働市場においては、わずかな賃金上昇であっても労働参加が急拡大するという意味で労働供給量は賃金に対してかなり弾力的な状況にあったのではないかと推察される。 しかしその一方で、ここまでの現象はあくまで過去の日本の労働市場において起きたことである。つまり、これまでの賃金や就業率の水準においては、労働供給が賃金に対して弾力的であったということであり、これ以降もそうであるという保証はない。 今後の労働市場を考えたときに焦点になるのは、日本人の就業率の上昇余地があとどれくらいあるのかということになる。 総務省「労働力調査」から就業者と就業希望者、失業者の推移をとってみると、これまでの局面ですでに就業希望者の多くが就業者に移行しており、失業者数も低い水準を維持している(図1-30)。こうしたデータをみると、潜在的な労働力のプールが枯渇に向かっていることは確かだろう。 将来、労働参加が限界まで拡大し、就業率が天井を迎えたときには、いよいよ賃金が上がっても労働供給量が増えない局面が訪れることになるはずだ。生産年齢人口が急速に減少する一方で医療・介護需要が増え続ける未来において、日本経済は労働供給が賃金に対して弾力性を失う局面をおそらく経験することになる。そうなれば、賃金上昇率はこれまでよりも加速することになるだろう。 それがいつになるかまではわからない。しかし、2010年代半ば以降そうした兆候は少しずつ顕在化してきている。 就業率の推移をみていると、特に高齢者については労働参加の余地がまだ十分に残っているような感じもするが、70歳を超えても80歳を超えても現役世代と同じように働き続けられる高齢者はそう多くはない。相対的に健康な高齢者は既にかなりの程度働きに出ているとも考えられるだろう。 そう考えれば、労働力のプールが枯渇することで賃金がさらに高騰していく未来は、そう遠くない先に訪れるかもしれない。 多くの人が意外と知らない、ここへきて日本経済に起きていた「大変化」の正体

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