文学研究者の岩川ありささんが、人生に寄り添ってくれる「言葉」や「物語」との出会いを綴ったエッセイ集『養生する言葉』が刊行されました。本書より、岩川さんが生きるための工夫として始めたという「人生マニュアル」の作り方をご紹介します。(本文の一部を抜粋・編集してお届けします。) 人生の手引き書 私は、10年前、「人生マニュアル」という題名でワードを使って人生の手引き書をつくりはじめた。冊子のイメージは、これ1冊で自分の人生をだいたいカバーできるハンドブックという感じだ。インターネットで、「人生 マニュアル つくる」などで検索すると、案外、多くの人がつくっている。本なども多いと思う。参考にしつつ、自分用にカスタマイズするとよい。 私は自分が何をやっているか、今年、何をやるべきかがわからなくなりやすいので、それをちゃんと書いてあげることで自分がこの社会や自分自身に繫ぎとめられる感触がする。自分がつくった「人生マニュアル」のはじめに、「この手引き書は、日々の生活や年間計画についてまとめたものです」と書いてある。私はちゃんと明文化された決まりごとがあると安心する。でも、既存のマニュアルどおりには全然できない。複雑な心の機微を私は生きられないし、もっとシンプルな人生の手引き書が欲しい。その折衷案としてつくったのが自分用の「人生マニュアル」だった。 この「人生マニュアル」はプリントアウトして、そこら中に貼れるようにつくっている。セルフケアリスト、鬱のときと躁のときの対処法などを1枚の紙にプリントアウトして、冷蔵庫とか玄関にマグネットで貼る。たとえば、躁と鬱のときの対処法は裏表に印刷しておく。鬱が強いなと思うときは鬱対処の面を表にして、躁が強いときには逆にする。今、どちらの状態か、実際に手にとって裏返したりする作業を行うので、自分でも切りかわってゆく様子がわかりやすい。とにかく、気をつけることを1ページでまとめる。これまでの経験をふまえて、対処方法を簡潔に書いておく。 エネルギーが落ちてきたときは胸の真ん中あたりがしゅーっとしぼんでゆく。この状態は早いうちの対処が大事だ。エネルギー切れがきそうになったら、そのときやっている仕事以外はすべて投げ出す。私の場合、ひたすら眠る。浅い眠りだから、横になっているというほうが正確かもしれない。 花見、ハロウィン、クリスマス。そうした行事を楽しんでいる人が羨ましくなることもあるし、晴れた日などはベッドの上にいるのが悔しいこともある。しかし、心のエネルギーが底を突く前に対処できると、回復までの時間や大変さが大きく違うことを経験上知っている。色々な手順を書いていても追いきれないので、シンプルに書いて、すぐに読み返せる形にしておく。 1日の計画や週の計画は塗り絵方式で考えるようにしている。最初から完璧主義になるのではなくて、全体のうちで、今はここをやって、次はここをやればいいというのをわかるように工程を分割して、ゴールから遡って計画をつくる。できあがりまでの過程で心に負担がかからないように無理なくつくる。 とはいえ締め切りなどはあるので、書く速度や分量をラップタイムみたいに記録して、計画が最後には終わるように全体像の把握と実際の進め方の時間を割り出せるようにしている(これは段々と慣れてくるもので、焦っているなとか、余裕があるなとか、体感的にわかるようにもなってくる)。 このマニュアルで、便利だなと感じているのは、毎年やることについて再現性を重視して書いている点だ。年間予定は表をつくり、日付と曜日と行事名を入れて、行事名の下に手順を全部書き出し、マニュアル化している。いつ、どこで、何をするのかを明確に書いて、毎年、同じことをそのまま再現できるようにする。前の年に書いたことを次の年に思い出せ、実際に同じことをできるような書き方にしておくのがポイントだ。 たとえば、確定申告など、手順が決まっているのに、1年に1回しかやらないことは手順をそのまま保存しておくことが大事だ。次の年も、全部、前年と同じ順番で入力してゆく。情報がバラバラにならないように年間予定のところで全部の手順がわかるようにもしておく。私は、自分にはできないことがあるとわかっているので、ここまで書くかというところまで書いて来年の自分に今年を手渡すことにしている。 それから、マニュアルや予定では自分の生きづらさも含めて計画を練るとよいと思う。落ち込む時期や思いなやむ時間、自分ができないことなどを自分で認めてあげて、自分に優しい計画にするといい。休みの日に休むこと、遊ぶこともとても大事だ。自分の人生を大切にしてもいいのだ。 私は、文章を書くのが仕事だけれど、実は文章を書くのが苦手だ。締め切りが近くて焦りながら、苦しくて仕方がないことも多い。けれども、できあがった言葉を読んで、ああ、書いてよかったと思うことがある。書ききれなかったこともたくさんあるので、もっと練習して、もっとよいものが書きたくなる。 この繰り返しを10年以上続けてきて、この分量なら、何日くらいで、こういう感じで書けるなという見通しが持てるようになってきた。これが、習慣や経験がくれる大きな贈り物なのだろう。自分が書いたものを読んで、自分でも思いがけない、いい文章だったということがある。こうして、書いたものが誰かに届いていれば幸せだ。そして、その言葉を誰かがまた自分の人生に役立ててくれれば、それが何よりの幸福なのだ。 累計65万部突破!いかついヤンキーと変わり者の転校生の友情マンガ『君と宇宙を歩くために』はいったい何がすごいのか