中園ミホ氏は「あんぱん」ヒロインをなぜ「教師」にしたのか 戦前も戦後も地獄をみる「逆転する正義」

教師ののぶは地獄を見る  朝ドラことNHK連続テレビ小説「あんぱん」の放送開始から20回が過ぎた。今田美桜(28)が演じるヒロイン・朝田のぶは女子師範学校に合格。だが、のぶのモデル・小松暢さんには教師の経験がない。なぜ、脚本を書いている中園ミホ氏(65)はのぶを教師にするのか。【高堀冬彦/放送コラムニスト、ジャーナリスト】  *** 【写真9枚】主演級俳優ばかり…「あんぱん」“超豪華”なキャスト陣を見る  のぶが小学校の教員を養成するための女子師範学校に合格したのは第19回、1936(昭和11)年のことだ。のぶは大喜びだった。だが、今後は地獄を見るだろう。  女子師範学校の本科は2年制だから、のぶの卒業は1938(同13)年。日中戦争が激化し、国家総動員法が制定された年である。 今田美桜  のぶが奈落の底に落ちる理由はもうお分かりだろう。純粋な子どもたちに軍国教育を行わなくてはならないからだ。  教え子たちに対し、お国のために死んでこいと言わなくてはならないのだから、これ以上の地獄はない。  教師の地獄は戦後も続く。「軍国主義は間違っていた」と子供たちに詫びなくてはならない。また、子供たちに戦前の教科書を黒く塗り潰すよう指導しなくてはならない。自分の行った教育の否定だ。  1934(昭和9)年生まれの名脚本家・山田太一さんと、1935(同10)年に生まれた元TBSの名演出家・鴨下信一さんは生前、同じことを言っていた。教師への強い不信感である。  この世代には国を信じない人が目立つ。国や教師の言うことが戦前と戦後で180度変わってしまったのだから、そうなる。  戦後は責任を感じ、退職する教師が相次いだ。精神を病んでしまった教師もいる。  おそらく、のぶも酷く苦しむ。それによって、平和を強く願うようになるのだろう。 アンパンマン  だから、のぶとやなせたかしさんをモデルとする柳井嵩は、逆転しないヒーロー・アンパンマンを生むのではないか。嵩を演じているのは北村匠海(27)である。  のぶも小松さんも1918(大正7)年に生まれた。のぶは架空の町・高知県御免与町の出身。小松さんは大阪で生まれたとされているが、本人は周囲に「高知出身」と話していた。  小松さんの父親・池田鴻志さんは高知県安芸市に生まれた。のぶの父親・朝田結太郎(加瀬亮)と同じく、商社マンだった。早くに亡くなったところも一緒である。  小松さんとやなせさんははともに1946年、高知新聞社に入社する。そこで出会う。  若き日の小松さんは「ハチキン(男勝りの女性)おのぶ」「韋駄天おのぶ」と呼ばれた。これは、のぶと同じだ。  小松さんとのぶの生涯で、もっとも大きな相違点は教師になるか否かだろう。中園氏の拘りに違いない。  朝ドラは偉人伝ではないから、ヒロインとモデルの歩みや家族構成が一緒である必要はない。  前々作「虎に翼」のヒロイン・寅子(伊藤沙莉)もモデルの三淵嘉子さんとは経歴や家族構成が異なった。  たとえば三淵さんの裁判官としての初任地・名古屋地方裁判所時代のことなどは描かれなかった。また、三淵さんには4人の弟がいたが、寅子の兄弟は兄と弟だった。 緻密な脚本  ここまでの「あんぱん」は中園氏らしい緻密で計算され尽くしたストーリーが続いた。一例は第11回と12回にパン食い競争を採り入れたところ。  時代は第10回までの1927年から1935年に移った。のぶは子役の永瀬ゆずな(9)から今田に交代した。  のぶは8歳の小学校2年生から16歳の高等女学校5年生になっていた。嵩役も木村優来(9)から北村になり、旧制中学5年生になった。嵩の2歳下の弟・千尋は平山正剛(6)から中沢元紀(25)に変わった。  元いじめっ子の田川岩男も笹本旭(10)から濱尾ノリタカ(25)に。朝ドラの子役編から青年編への移行は説明に時間がかかり、そう簡単ではないが、パン食い競争を導入したことにより、一辺に人物紹介が出来た。  パン食い競争の1等賞品をラジオにしたのもよく考えられていた。吉田鋼太郎(66)扮するのぶの祖父で、「朝田石材店」の主人・朝田釜次が欲しがっていたが、細田佳央太(23)が演じる石材店の職人・原豪はビリとなってしまい、獲れなかった。  だが、繰り上げ1位となった千尋が譲ってくれた。ラジオは今後のストーリーにどうしても必要な小道具なのだ。徐々に戦争に向かう時代を表さなくてはならない。  朝田家にラジオがやってきたのは1936年だった第13回。ラジオから流れてきたのはこの年開催されたドイツのベルリン五輪の国内予選である。  ドイツのポーランド侵攻によって第2次世界大戦が始まるのは3年後の1939年。この時代はまだ平和だった。それが観る側に自然と伝わってきた。  嵩と千尋は共に松嶋菜々子(51)が演じる母親の柳井登美子に捨てられた。しかし、兄弟の登美子に対する思いには差異が大きい。嵩は登美子をどこかで愛しているが、千尋は憎んでいる。  竹野内豊(54)が演じる伯父で医師の柳井寛に千尋のほうが先に預けられたからだろう。千尋のほうが自分は捨てられたという思いが強い。  嵩にはいまだ高知訛りがないが、千尋の言葉はすっかり高知の人間だ。早く登美子のことを忘れたいのも理由だろう。  一方、嵩は登美子にどんなに裏切られようが、「以前ほど笑わなくなった」と心配している。  登美子はよく紫色の着物を着ている。アンパンマンの仇役・ばいきんまんのシンボルカラーだ。登美子の本質を表しているのか。 高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ) 放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年にスポーツニッポン新聞社に入社し、放送担当記者、専門委員。2015年に毎日新聞出版社に入社し、サンデー毎日編集次長。2019年に独立。前放送批評懇談会出版編集委員。 デイリー新潮編集部

もっと
Recommendations

【 中山忍 】 「元気をもらいに 箱根神社へ」 最新ショットにファン反響 「元気をもらって、どうぞゆっくりなさってください」

俳優・中山忍さんが自身のインスタグラムを更新。箱根神社を訪れたこ…

【速報】川崎市の解体工事現場で鉄骨が落下か 作業員5人けが うち1人は下の階に落下し救助活動中

きょう午前、川崎市の解体工事現場で鉄骨が落下したとみられ、作業員5…

「急ブレーキとともに爆発音…」20代の女性2人搬送 乗用車同士が衝突し大破 札幌市白石区

4月28日未明、札幌市白石区で乗用車同士の衝突事故がありました。…

【秋野暢子】 「ゴールデンウィークは鬼退治」「オペの為に、食事は流動食になりました。」 内視鏡手術のため入院を報告

俳優の秋野暢子さんが自身の公式ブログを更新。「内視鏡手術」を受け…

月9が月9をイジる…Netflix礼賛&歴代タイトルのパロディー “自虐脚本”に怪作の予感

「続・続・最後から二番目の恋」俳優の小泉今日子(59)と中井貴一…

「ストーブを焚き、廃品を乾かしていた」消火にあたった住人がやけど 物置が燃える火事 旭川市

北海道旭川市で4月28日朝、住宅の物置が燃える火事があり、住人が…

商談成約率20%以下が約半数!成約率低下の要因1位は顧客とのコミュニケーションに

近年、ビジネス環境における競争激化に伴い、商談の成約率向上は企…

トランプ氏、プーチン氏に「攻撃をやめて合意してほしい」…ルビオ国務長官は「今週は極めて重要」

【ワシントン=阿部真司】米国のトランプ大統領は27日、自らが仲…

【every.LIFE】名だたる力士を輩出した相撲の強豪校に逸材 全国高校選抜相撲大会優勝の高校生(静岡・沼津市)

人気が続く大相撲で注目の力士と言えば、静岡が誇るこの2人!熱海市出…

【生駒里奈】 「トラウマってまじであるよね。身体ノッキングされて動けない」 SNSで明かす 「生駒は、このノッキングを解こうと必死です」

俳優の生駒里奈さんが、自身のXを更新。自身の「トラウマ」について…

loading...