引用発言の「8割」をクルド人側論者が占め…NHK「川口クルド人特集」は何が問題だったのか 難民政策の専門家が感じた“政治的意図”とは

 2025年4月5日夜、NHK EテレにてETV特集「フェイクとリアル 川口 クルド人 真相」という番組が放映された。本番組は、NHKプラスでも配信され、4月9日深夜には再放送が予定されていた。しかし、再放送は直前になって延期となり別番組が放映された。NHKプラスからも同番組は削除された。報道によれば、同番組は修正のうえで再放送が予定されているというが、本稿ではこの一連の延期・修正劇に見るクルド人問題の複雑性とNHKの報道姿勢について考察する。 【滝澤三郎/東洋英和女学院大学名誉教授、元国連難民高等弁務官事務所駐日代表】 【前後編の前編】  *** 【衝撃の証拠写真】「これで崩れ落ちないのが不思議」 埼玉で問題の「恐怖のクルドカー」 番組の内容  番組は、埼玉県川口市に暮らすクルド人への、SNS上での嫌悪・攻撃的発言が2023年以降急増して2500万件に達し、フェイク情報や誤解が世の中に拡散され、社会的緊張が高まっているというイントロで始まった。動画やナレーションをはさみながら、番組の核であるSNS投稿のタイムライン解析がなされた。特に投稿が増えたのは、(1)2023年4月の入管法改正案国会審議の際にクルド人大学生が「(自分がトルコに)強制送還されたら人生がめちゃくちゃになる」と主張したとき、(2)同年7月の川口市立医療センター前でのクルド人の集団騒動が報じられたとき、(3)同年12月に日本クルド文化協会がトルコ政府からテロ組織支援者認定されたとき、(4)2024年2月の反クルド人デモに対して同協会のワッカス事務局長が「日本人死ね」と発言したとSNSで伝えられたとき、(5)クルド人少女が万引きをしたとの動画が投稿されたとき、(6)あるテレビ番組に出演したクルド人が、生活保護を月に34万円受け取っているとの偽情報が拡散したとき、などとしている。 「フェイクとリアル 川口 クルド人 真相」(日本放送協会HPより)  この炎上パターンにつき、メディア研究とジャーナリズム研究の2人の大学教授が、「真偽不明の情報を組み合わせて『物語』が作られ、それが憎悪の連鎖を生む」と解説した。「リアルでないフェイクニュースの拡散がヘイトを助長している」のであり、拡散の背景には普通の日本人の感じるフラストレーションの高まりや「アテンション・エコノミー」というSNS特有の性質がある、というのだ。番組は、「クルド人を巡るSNS投稿は日本社会の痛みと共鳴するように膨れ上がっていった。『信じたいもの』をぶつけ合う、それがいつまで続くのだろうか」との抽象的なナレーションで終わった。 編集上の問題点  編集上の問題点としてまず気づくのは、番組に登場する関係者、つまりクルド人、彼らを支援する団体や個人、クルド人批判をする団体や個人と識者の発言の引用の長さの違いだ。番組を文字起こしして字数を数えると、約7000字の引用のうち、クルド人当事者が約40%、支援者、クルド人批判派、識者がそれぞれ約20%となっている。クルド人当事者と支援者が60%で批判派が20%だ。識者の発言はクルド人に同情的なので、それを加えるとクルド人寄りの話者が80%、批判的な話者は20%となる。意見が分かれるクルド人問題についてこれほどの差を付けるのは不公平としか言いようがなく、番組の狙いが「クルド人の声を大きく伝えること」にあったのではないかと疑わせる。さらに、川口市でのヘイト禁止条例の制定を訴える女性弁護士が2度にわたって登場していることは、番組がヘイト禁止条例の後押しをする政治的意図を持っていたとの推測を呼ぶ。 視聴者の感情を揺さぶる  番組は「被害者(クルド人)」「デマを流す者(SNS投稿者)」「両者の橋渡しをする知識人や支援者」という三層構造を採用していた。これは典型的なドキュメンタリーのナラティブ手法であり、「被害者への共感」→「加害者への批判」→「社会への提言」という流れで視聴者に訴えかける。登場人物の比重配分やナレーションの語調、場面の切り取り方や配置など映像の選び方も工夫されており、泣く子ども、誤認された少女の映像、電話で暴言を寄せる批判者などの様子が視聴者の感情を揺さぶる。この構成により、視聴者は「クルド人は可哀そう」「ヘイトスピーチをする者はひどい」「ヘイトを止めるためには行政や一般市民が何かをしないといけない」という気持ちを持つよう誘導される。クルド人をトルコで迫害され、日本でも差別される「被害者」として描き、日本社会はヘイト行動を許す「加害者」とされ、それを専門家が「権威付け」する——そんな構図が浮かんでくる。  要約すれば、この番組は、いわゆる川口クルド人問題が意見の対立する問題であるにもかかわらず、クルド人当事者や支援者の発言を過剰に伝え、そして番組構成のテクニックによって、クルド人を一方的な「被害者」として描いた。一方で、一部クルド人による違法行為やルール違反などに悩む地域の住民については言及が少なかった。  放送法4条にはこうある。「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」。また、NHKの国内番組基準にもこうある。「意見が対立している公共の問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにし、公平に取り扱う」。今回のクルド人番組はこれらの法や基準を逸脱した疑いのある番組と指摘せざるをえない。  しかし、問題はこれだけではない。この番組には、さらなる大きな問題点がある。それについては【後編】で詳細に論じる。これらの指摘についてのNHKの回答も【後編】に掲載する。 【関連記事】「川口市に集まるクルド人は本当に難民なのか? 『僕自身がクルド人だが、トルコで迫害はない』」、「川口市のクルド人の来日目的は『就労と家族統合』 クルド人自身が『弟は難民じゃなくて移民』」では、滝澤氏が現地調査に基づいたクルド人の実情を詳細に語っている。 滝澤三郎(たきざわさぶろう) 東洋英和女学院大学名誉教授。1948年、長野県生まれ。東京都立大学大学院修了後、法務省に入省。カリフォルニア大学バークレー校で経営修士号を得た後、国連ジュネーブ本部やUNRWA(国連パレスチナ難民機関)などに勤務し、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)では財務局長、駐日代表を務めた。東洋英和女学院大学の教授を経て、現在は名誉教授。 デイリー新潮編集部

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