検察官を辞めた人のことを「ヤメ検」と呼ぶように、暴力団を辞めた人のことを「ヤメ暴」と呼ぶ。反社会的な生き方から抜け出したはずが、ヤメ暴であるがゆえに、犯罪のターゲットとなる理由になる界隈がある。ライターの宮添優氏が、闇バイト強盗のターゲットとして「ヤクザの家」、正確には元ヤクザ、ヤメ暴の家が狙われる理由についてレポートする。 【写真】なんと教科書にも闇バイト注意喚起が載った! * * * 2025年1月、佐賀県唐津市の民家に塗装業者を装って強盗に入った事件で逮捕された男(20才)の初公判が4月14日に開かれた。男は、室内にいた女性(60代)をガムテープで拘束するなどして脅迫し、現金約500万円と財布を奪い取ったことを認めている。検察の冒頭陳述によると、男は「(指示役から)相手はヤクザの家、最低でも1億はある」などと言われて犯行に及び報酬を受け取っていたという。闇バイト強盗のターゲットというと、裕福な独居老人の自宅や、高級品を扱っているのに警戒が手薄な店舗などが選ばれてきていたように思うが、いま、ヤクザの家であることも狙われる理由になっているという。 強盗をやるのも反社、被害に遭うのも反社 「あそこの家の人が”ヤクザさん”て言うても、もう何十年も前の話。もちろん、近所中みんな知っとる話です。まさか、このタイミングで狙われるなんてねえ」 こう話すのは、唐津市内の被害宅近くで生まれ育った男性(80代)。被害者宅の関係者に、かつて確かに地域で有名な「暴力団関係者」が住んでいた記憶はあるものの、世間が想像するような「現役バリバリのヤクザ」ではないと首をかしげる。一方、この数年で「いつの間にか被害者宅に防犯カメラがついていた」ともいい「室内に500万もあった」という報道を見て、妙に納得してしまったとも明かす。これまでとりたてて強調して取り上げられることはなかったが、特殊詐欺や強盗のターゲットが、暴力団関係者などの「反社会勢力」であるパターンは、過去の被害に散見された。大手紙社会部デスクが解説する。 「たとえば、全国で起きた強盗事件、強盗殺人事件のうち、被害宅の関係者にいわゆる”地面師”がいるとか、ネット上の裏カジノの関係者がいる、闇金関係者がいる、という話はありました。しかし、いずれも被害に遭っているのは、そうした人々の家族であり、無関係の人たちが亡くなったり、怪我をしているのです」(大手紙社会部デスク) 全国で一般市民をターゲットにした特殊詐欺事件が相次いだころ、警察当局やマスコミによる、繰り返しの注意喚起が功を奏し、反社勢力が一般市民を騙すことが難しくなった。そんなタイミングで起きはじめたのが、まるで共食いのように見える、反社関係者を狙った強盗である。社会部デスクが続ける。 「強盗をやる方も反社、被害に遭うのも反社というわけですから、事件が起こったとしても、表沙汰になりづらいから警察が介入してこない、という思惑が、犯行側にあったのでしょう。実際、反社勢力間でのトラブルは闇に葬られることも多いです」(大手紙社会部デスク) 暴力団構成員を含む反社会的勢力の人々は、強盗などに遭っても、被害を警察に届けることはほとんどなかった。みっともないし、格好がつかないという見栄もあるだろうが、被害の捜査によって、組織的な犯罪行為を摘発される口実をつくりたくないという事情もある。だから、強盗が成功すれば逃げやすいと考える犯罪グループが出現するのだろう。 ところが、実際の犯行に駆り出されるのは、SNSなどで集められた質の悪い「闇バイト」応募者である。犯行直前に恐ろしくなったり、杜撰な計画、行き当たりばったりの犯行により、被害者を殺めたり怪我を追わせるだけで、金品をほとんど奪い取れない未遂事件に終わるパターンも少なくない。 そして今、反社会勢力たちが新たに狙いをつけているのが、現役ではない「元反社」なのだという。 引退時に大金を持ってやめているはず 反社会的勢力を退いた人たちが「新ターゲット」になっていると断言するのは、かつて特殊詐欺の”指示役”として検挙された経験のある、関東地方の特定指定暴力団傘下の元組幹部(50代)だ。 「地面師とか裏カジノ屋など、現役の裏社会の人間がターゲットにされたという噂が回りました。しかし、犯行は成功しておらず、事件後には、半グレだけでなく、組関係者を巻き込んだトラブルにもなっていたようです。結局、現役を狙うと反社グループ同士、反社のケツ持ちの組同士で相当ややこしいことになる。だから、現役から足を洗った元組員などが狙われるようになった可能性はある。彼らは、引退時に大金を持ってやめているはずですから」(元組幹部) 冒頭で紹介した、佐賀・唐津の被害者宅が狙われた経緯についても、こう私見を述べる。 「狙われたお宅には、かつて付近を仕切っていた暴力団の関係者が住んでいたようです。しかし、この暴力団自体が何年も前に、別の暴力団組織傘下に入っており、最近では目立つ争いごともなかった。そうした、暴力団同士の抗争やトラブルがほとんどない地域の古い暴力団関係者が、新たに勃興した別の反社に狙われるのがトレンドになるかもしれません。実際、事件にはなっていませんが、九州南部や関東の元暴力団関係者からも”反社に狙われた”という話を聞いたことがあります」(元組幹部) 市民から奪えなくなると、今度は「同業者」さえ狙い撃ちにして、金品を奪おうと目論む詐欺師、強盗たち。彼ら同士でつぶしあいをしてくれるのなら勝手にやらせておけばよい、と思ってしまうが、そうしたトラブルに巻き込まれるのはいつも無関係の善良な市民たちである。悪意なく普通に生活していれば平和に過ごせた時代は、もはや遠い昔のものになりつつある。