『異端者の家』カメラマンが語るJホラーと映画ブームの今

A24が仕掛ける注目ホラー映画 近年、ホラー・スリラー映画が勢いづいている。特筆すべきは、公開約3ヶ月で興行収入50億円を超えた作家・雨穴氏原作の2024年の映画『変な家』を筆頭とした、ネット発のホラー作家原作の映画だ。直近では、今年の8月に書籍版が35万部を売り上げた背筋氏の『近畿地方のある場所について』の映画版の公開も控えている。 だが、ホラー・スリラー映画の流行は日本だけではない。2023年のAIロボットホラー『M3GAN ミーガン』などで知られるブラムハウス・プロダクションズは、ほぼホラー・スリラーに特化した映画づくりでヒットを連発しているうえ、独立系映画製作・配給会社であるNEONも、ニコラス・ケイジが怪人役を演じた2025年公開の『ロングレッグス』で、全世界1億250万ドルの興行収入を記録した。 興味深いのは、これまで揶揄されることも多かったホラー・スリラー映画がアカデミックシーンでも評価されていることだ。2025年の第97回アカデミー賞にて、美と若さに固執する恐怖を描いた『サブスタンス』が受賞したほか、古典的な吸血鬼の恐怖を格調高く蘇らせた『ノスフェラトゥ』も4部門にノミネートされた。 こうした流れを作ったのが、NEONと同じ独立系映画製作・配給会社であるA24だ。2018年の『ヘレディタリー/継承』や2022年の『X エックス』など高評価のホラー作品を生み出してきた同社だが、日本でも先日の4月25日に最新スリラー映画『異端者の家』が公開され、話題を呼んでいる。 本作は、末日聖徒イエス・キリスト教会、通称“モルモン教”の年若きシスター2人が布教のために訪れた山奥で、一軒家に住む男・Mr.リードから己の信念を揺るがされる恐怖に直面する……という物語。 同作でカメラを担当したのは韓国出身のベテラン、チョン・ジョンフン氏。彼は2003年の『オールド・ボーイ』や2016年の『お嬢さん』といった韓国映画史に残るスリラー映画を撮ってきたほか、2017年の『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』や2021年の『ラストナイト・イン・ソーホー』など、ハリウッドでも活躍中だ。 今回は、そんなジョンフン氏に最新作『異端者の家』の撮影秘話、そして、国内外問わず隆盛を見せているホラー・スリラー映画人気の秘密がどこにあるのかについて伺った。 単調になりがちな会話劇に動きをもたらした心構え 『異端者の家』は宗教対話が主軸という異色の構成が魅力。それゆえにジョンフン氏は観客を没入させるカメラワークを生み出すのが難しかったと語る。(以下、「」内はジョンフン氏のコメント) 「脚本を読んだとき、これをどうスリリングな映像にしたものかと悩みました。実際、監督のスコット・ベックとブライアン・ウッズからは『本作は舞台劇のようにはしたくない』と言われていましたしね(笑)。 通常の会話劇では、まず会話をする人物が何人いるのかを見せるためにツーショットを撮り、その後各人物のワンショット、時たま動きを出すためのクローズアップといった具合に構成していきますが、それでは動きは出てこない。だから私は時にあの場にいるもう1人の少女に、時に少女たちを追い詰めるMr.リードになって撮ることにしたのです。そうすることで、自然とカメラワークは付いてきました」 本作は、宗教への対話が複雑化していくと同時に主人公2人が迷宮のようなMr.リードの家の奥に進んでいくのが印象的だった。このMr.リードの家にはかなりこだわったという。 「撮影に入る前のプリプロダクションの段階から制作に携わり、監督たちと意見を交わしながらあのセットを作り上げていきました。本作を見ると巨大なひとつの家の中で撮ったように思われるかもしれませんが、実際には応接室と廊下に続くセット、図書室のセット、地下のセットなどと分けて作っています。さまよい、這いずり回るうち奥底に誘われてしまう……そんな空間がひと続きに見えるように撮るのは大変でした」 今の観客がホラー映画に求めているもの ここからは昨今のホラー・スリラー映画の流行について伺っていこう。ジョンフン氏は、その理由には“簡単には得られないものへの渇望”があるのではと推測する。 「スマートフォンやSNSの発達で、誰もがコメディ映画のような出来事を切り取れるようになってきました。こうなると、人はなかなか目にできないものを求めるようになる。つまりは“コメディより心理的要素が重要視される作品”を求めるのではないでしょうか。ホラー・スリラー作品は見えづらい心の深部を扱いがちなので、とりわけ人気があるのでしょう。それはミステリー、つまり先の見えなさが観客を惹きつけているとも言い換えられます」 需要と同時にその評価も高まってきたホラー・スリラー映画。その理由についてジョンフン氏はこう語る。 「観客がジャンルを問わず評価するようになったことが、賞レースにも影響を及ぼしたのだと思います。今の観客が主な評価基準はウェルメイドさ、つまり作品の完成度の高さです。あとは映像作家の経験値が高くなったのもあるでしょう。多くの作家と何度も言葉を交わしてきましたが、いつも『ここまで考えて創っているのか……』と驚かされています」 世界で教科書的に愛されているJホラー ホラー映画史においてJホラーが築いてきたものは、日本人が思うより大きいかもしれないことをジョンフン氏は教えてくれた。 「韓国の東国大学校演劇映画科でホラー演出について学んだとき、多くの学生が参考していたのはじっくりと観客の心理を追い詰めていくJホラー作品でした。とりわけ1999年の『リング』は素晴らしいですね。私がいまだに一番怖いホラー映画だと思っているのは『リング』ですよ(笑)。世界的に完成度が高いと評されているホラー映画の構造や演出を紐解くと、そのベースにはJホラーで生み出された表現が多く見られます。それくらいメジャーなものとして浸透している実感があります」 Jホラーファンとして感無量な言葉だが、ジョンフン氏は同時にJホラーに鋭いエールも投げかけてくれた。それは「2010年代以降、世界的に評価されるJホラー作品が下火になってきた」という一部Jホラーファンの嘆きにも呼応するものだった。 「これだけ世界に影響を与えてきた実績があるのだから、もう一度世界的に評価されてほしいです。Jホラー映画は今一度生き返る時なのでしょう。そのためには、ホラーに限らず日本の映画業界が国からの支援をもっと受けられると良いのですが、簡単なことではないのかもしれません」 確かに韓国では1993年に映画産業に公的資金が投じられるようになった。2000年代には政府支援の元、興行成績によって投資家へ配当金を決まる映画ファンド方式が生まれ、これが韓国映画界に潤沢な資金をもたらしたのだ。 「日本映画は生き続けていますが、少なからず意気消沈しているようにも見えます。けれど、決して自尊心を失わずに作品を作り続けていれば、また世界で評価される作品が増えていくと私は信じています」 世界中でカメラを回してきたジョンフン氏も認める昨今のホラー・スリラー映画ブーム。その流れに乗り、Jホラーが再び世界を震え上がらせるのはそう遠くないと願うばかりだ。 アメリカで絶賛されるハリウッド製『SHOGUN 将軍』…北米で“日本ブーム”が巻き起こったきっかけ

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