ラスベガス、ハリー・リード国際空港から西に97km。およそ1時間のドライブ中、剥き出しになった岩山をいくつか超え、地平線が見える砂漠地帯を抜けてナイ郡パウランプに辿り着く。文字通り、人里離れた土地だ。その一角に建つCHICKEN RANCH。アメリカ国内で唯一合法化されているネバダ州の売春宿の一つだ。そこで働く女性たちの声を聞いた。 教師になるが、待遇の悪さから1年で辞める コツコツと足音を立てながらCHICKEN RANCHのロビーに現れたのは、全身をピンク色で彩ったライアン（33）だ。フロリダ州出身の彼女は非常に早口で、快活に喋った。 「フロリダと言えばビーチですよ。私は南西部の生まれだけれど、何もかもがゆっくりと流れているような、のんびりした地で育ちました。 海のそばで生きてきた私は、ここでの仕事中、しょっちゅうビーチが恋しくなります。波の音を聞きながら暮らしてきたし、小さい頃から毎週末、砂浜を駆け回って遊んでいましたから」 アイルランドとイランの血を引くライアンは、建設労働者の父と掃除婦の母から、「いつも他者に親切にしなさい」と躾けられた。7歳上の姉と17歳下の妹に挟まれている。 「10代の終わり頃かな、教師を志しました。ハンディキャップのある子達と接する教育者になろうと考えたんです。社会福祉と教育を専攻し、大学卒業後に希望通りの職に就きました。何年生の担当っていうのはありませんでしたね、特殊学級でしたから。年齢は様々。平均すると、10歳っていうクラスでした。でも1年半しかやらなかったんですよ」 描いた夢との差に悩まされたのか。 「その通り。教師って給料が安いでしょう。扱われ方も、決して良くない。私が教師の資格と卒業証書を取ったのは私立大学だったので、授業料がバカ高かった。奨学金でカバーしてもらえたわけでもないので、借りなきゃならなくて……教師の給料じゃ、学生ローンを返せないんですよ。それで、色々考えてストリップクラブで働くことにしたんです。 マイアミ、ニューオーリンズ、ポートランド、ピッツバーグ、デンバー、テキサスなどで踊りました。半年契約とか１年契約とかで。その後、SEXビジネスの方が稼げると知って、RANCHに入ることにしたんです。CHICKENの前に２箇所、合法売春宿で働いています。合法であること、職場が安全であることが何よりも大事ですね。不安なく、業務に集中できますから」 ライアンは悲壮感を全く見せずに過去を語ったが、「教師がカネにならない」なる言葉が胸に刺さった。当時の彼女のやるせなさが、理解できたからだ。私自身、30代半ばの頃、ネバダ州リノの公立高校で教壇に立った経験がある。欠員を埋めるためにお声が掛かった代用教員だったが、理想に燃える人間ほど現実に苦しみ、離職する。たとえ学期の途中であっても、生徒のケアより自分の人生が大事だと去っていく姿を何度も目にした。 「両親から『人に親切にしなさい』って繰り返し告げられていたから、誰かの役に立ちたかったんです。障がいを持った子供達って、誰かのサポートが必要でしょう。その子その子の状態に合わせた接し方が必要になります。私は、そういう仕事に惹かれたんですね。向いていると感じていたし、夢中でやりました。 幼い頃から、『他人に迷惑を掛けちゃいけない。自分を誇れる人間になりなさい。必ず、周囲を慮るんだよ』と教えられていたので、その影響があったのかもな…。でも、同時におカネの重要性も説かれていたので、どうしたって生活していけないと結論を出しました」 Zip Recruiter社の調査によれば、フロリダ州の公立校教員の平均時給は16ドル。全米平均より6ドルも安い。筆者の住むカリフォルニア州サンディエゴの高校生のアルバイトを、ほんの少し上回る金額だ。それでいて、大学の授業料は私立なら年間、７万ドル、８万ドルに及ぶことが珍しくない。 合法風俗で教師の経験が活きた瞬間 彼女の決断を尊重すると告げながら、敢えて教師時代に最も喜びを感じたエピソードを挙げてもらった。 「ケイデンという名の体の小さな子がいました。当時６歳でしたね。私の担当していたクラスから別の授業に移動する時、彼が大泣きしながら私の名を呼んでくれたんです。『先生と一緒にいたい』って。可愛くて仕方なかったですね。それが一番綺麗な思い出かしら。今でも忘れられません。子供って信じらないスピードで成長するでしょう。変化を目の当たりにすることが何よりの喜悦でした」 が、ライアンはRANCHで幾許かの蓄えを作り、生活にゆとりを持てたとしても教師に戻る気はない、と言い切る。教師の経験が娼婦に生きていますが……と話した。 「相手が何を求めているかを把握することが、第一歩となる。人の要求をまず聞き出す。そんな点が凄く似ているんです。上手く感情を伝えられないタイプとの付き合い方にも共通する部分が見当たりますね。 とってもシャイなお客さんに指名されることがあるんですよ。彼の膝に私の手を置き、『大丈夫です。落ち着いて深呼吸しましょう。私には思ったことを何でも話してください。ゆっくり聞きますから。せっかくいらしたんですから、楽しんでください』って言うと、大抵の場合、リラックスします。 そして会話を続けていくなかで、笑顔になります。そんな時、教師時代に子供達とこんな感じで付き合っていたなって、記憶が蘇ったりするんです。私の売りの一つはコミュニケーション力かもしれません。お客さんの緊張をほぐしたり、笑わすことは得意かもしれないな」 彼女はシャイな客と出会うことが多いと微笑んだ。 「私のクライアントは、60パーセントが恥ずかしがり屋さんですね。で、20パーセントは声が大きく、攻撃的な自信家のビジネスマン。最後の20パーセントが平均的な男性という印象です。どんな男性と向き合っても、まずはいいムードを作る。アイコンタクトと楽しい会話が欠かせません。笑顔が肝心。シャイな方には、プラスしてソフトなボディタッチという流れが一般的かな。私、モジモジしてるようなタイプ、好きなんですよ。教師時代の生徒みたいな感じがして（笑）」 ライアンは２週間勤務した後、３週間のオフを取る。そしてまた、CHICKEN RANCHに戻るというサイクルを８度繰り返している。2週間で平均して、10名の客を相手にすると言った。 「この仕事のTOPは、年収120万ドル稼ぐって言われていますよね。もちろん、私もそうなりたいです」 前回、この場所でインタビューしたエアフォース・エミーは、ピーク時の年収が175万ドルに達したそうですよ、と告げると彼女は目を輝かせた。 「いいですね！ 私も常に業界ナンバーワンを目指しています。もっと自分の価値を上げなければいけませんね。私との時間を共有してくださるお客さんには、可能な限り幸福を感じてほしいです。束の間だとしても、出会いをプラスに感じてもらえるように、精一杯努めています」 ライアンは、5年後を目処に花屋を開くことを目標として掲げている。 「花も人を笑顔にするものですよね。人間関係を円滑にします。幸福を届ける、配るという意味では、RANCHの仕事と共通項があるんじゃないでしょうか。私は、そう思っています。今、コロラド州に自宅があるので、その辺りに店をオープンしたいんです」 ライアンの言葉を聞きながら、この人は教師時代もエネルギッシュにハンディを抱えた子供達と向き合っていたのだろう、と感じた。娼婦以上に、教師の方が向いていた可能性もある。明るく、自らの意思を嫌味なく他者に伝える術を持っていた。 それでも、いや、だからこそ彼女はカネを稼げる世界に移って行ったのだ。CHIKEN RANCHにおけるライアンの収入は、年間20万ドルを超える。貯金も、100万ドル以上だそうだ。それは、一教師では決して得られない金額である。 「13歳の時、ヒッチハイクで行為を覚えた」…米合法風俗の「伝説の娼婦」の壮絶な人生