料理研究家なのに、家族に何を作ったらいいかわからない。藤井恵さんが悩んだ子育てとの両立

雑誌、書籍、新聞、テレビ。毎日のように名前を目にする、人気料理研究家の藤井恵さん。 ベストセラーも数々あるが、なかでも、卵焼き器ひとつでお弁当を作るという画期的な技を披露した『藤井弁当』は、第7回料理レシピ本大賞【料理部門】準大賞を受賞し、累計27万部の大ヒットに。もっともたくさん読まれているお弁当本、と言っていいだろう。 15年間、二人の娘さんのためにお弁当を作り続けた、という話を聞くと、さすがプロは違う、自分には無理、と思ってしまいそうだが、藤井さんですら、子育てとの両立に悩んだことはあったという。 その体験をベースに上梓したのが、『働きながら家族のためにごはんを作るために わたしが伝えたい12の話』(大和書房)だ。 「はじめに」には、こんな一文がある。 ***** 思えば、料理研究家としての仕事が軌道にのりはじめたころ、私は家族のごはん作りに行き詰まっていました。料理家なのだから、ごはん作りに悩むことなんてないでしょう?と思われるかもしれません。いいえ、現実は違ったのです。 もちろん仕事でたくさん料理を作ります。でも家族は、仕事のために作った料理の残りを出しても、喜ばなかったのです。なぜなんだろう?と考えて、「ほかのだれかのため」に作った料理だったからだ、と気づきました。「あなたのため」に作った料理を食べることが、人にとって、とても大事なことなんだと思いました。 ***** そんな中、藤井さんは、どうしたらいいのかを模索する。12話にまとめられたエッセイは、共感ポイントが満載だ。 そこで藤井さんのメソッドをお伝えする第1回は、藤井恵さんのインタビュー。22歳で結婚、出産後は専業主婦に。でも、料理の仕事への夢は消えない。なんとか仕事に結びついたら、今度は、「家事、育児、仕事のバランスがまったく取れない」状況になり悩みまくる。どう改善していったのか、ご本人に詳しくお聞きした。 第2回から4回は、本書からの抜粋で、エッセイとレシピをお届けする。 仕事と家事で大変な毎日を送っている人なら、「家庭の料理は、これでいい」ときっと納得してもらえるはず。 22歳で結婚。とにかく仕事がしたかった ーー雑誌やテレビで拝見する藤井さんはいつもにこやかなので、子育ても余裕でされていたような印象がありました。なので、この本を読んだとき、実はいろいろ悩んでいた、というのを知って驚きました。 「いや、もう私なんてひどいもんなんです、本当に。おかげでこの本が作れたのは、うれしいですけれど」 ーー料理研究家のアシスタントを経て結婚なさり、出産されてからは専業主婦。そのときは、作った料理やレシピをノートを書き溜めていたそうですね。やはり、料理研究家になりたいという気持ちが、強くあったのでしょうか。 「料理研究家というか、料理の仕事に携わりたいという気持ちが大きかったですね。 大学を出てすぐ、22の時に結婚したので、とにかく仕事をしたい、という感じでしょうか。まわりの友達は、みんな名刺を持ってバリバリ仕事をしていましたから。キラキラと働いてるのがうらやましくて。 私は何をしているんだろう、と思いました。このまま娘たちのお母さんだけで終わっちゃうのかな、と。 結婚して子どもを持つというのも幸せなことだと思うけれど、やはり当時はキャリアがまったく積めていなかったので、この後どうなるのか、毎日毎日不安でたまらなかったです。 そのときできたのは、家で作ったごはんをメモしておくとか、幼稚園のお弁当の写真を全部撮って、毎日違うメニューを考えたりとか、そういうことだけでしたね」 ーー料理の仕事は、出産前にされていたのでしょうか。 「『3分クッキング』という料理番組の先生のアシスタントを学生の頃からしていて、就職もしなかったんです。アシスタントをずっと続けていたくて。アシスタントと言っても、裏方で洗い物ですよ。そこから産休に入ったので、その仕事もなくなってしまって。 どうしても料理の仕事がしたいと思って、幼稚園のお母さんたちに、本当に材料費だけで細々と料理教室をしたりもしていました。 下の娘が生後2ヵ月の時、また番組から声がかかったんですが、それは月1回程度の仕事。その後フードコーディネーターになって、そこから、だんだん料理の仕事につながっていきました」 家事、育児、仕事のバランスが全然取れない ーー願ってもない状況になったわけですが、洗濯物をたたむ時間もなかったと本にありました。夫さんは家事に協力してくださったのですか。 「その当時は、全然手伝ってくれなかったですね。なのでもう、髪を振り乱してました。 下の子が幼稚園ぐらいの頃に、少しずつ雑誌の仕事も増えてきて。来た仕事は全部受けようと思ってましたし。でもそうしたら、とにかく、家事、育児、仕事のバランスがまったく取れなくなった。 洗濯物はいつも山積み、学校行事も忘れるし、持たせなkればいけないものも忘れるし。最悪なのは、入学金払うのを忘れそうになって、電話がかかってきたこと。まあ、めちゃくちゃでした」 ーー多くの働くお母さんは、同じ悩みを抱えている、でも、できなくて当たり前だなと割り切る人も多いし、それでいいと思います。が、藤井さんの場合、やはり、料理研究家であり、管理栄養士でもあるわけですから、栄養面が気になるという感じでしょうか。 「そうなんです。頭でっかちでした。育児も全部教科書通りにならないとダメだと思ってたりとか。子供がこれぐらいの時期はこういうものを、このぐらい食べさせるべきだとか。堅物で真面目でしたね。 だけど、うまくできないから、どうしようとイライラしたり。なにかすべてが、あまりよく回ってなかったような気がします」 ーーそれでも、仕事をセーブしようとは思わなかった。 「自分自身の価値を見せたかったんだと思います。仕事をしてお金をいただくということが長い間なかったので、自分の価値をどうにか表現したいという気持ちがあったと思います。そこまでがむしゃらにやらなくても、よかったのかもしれませんが。 今から思えば、頑張りすぎてますよね。その当時は、本当に感情がない感じでした。楽しみが全然なかった。 一番つらかったのが、下の娘が幼稚園から小学校くらいで、そのあとは、とても気が楽になって。中学校に入学した時には、蕎麦屋で酔いつぶれました。お酒、大好きなんです(笑)」 ーー仕事で作った料理があっても、家族は食べなかった。 「見向きもしない感じですね。何かを出してあげないと絶対食べないし、2階から降りてもこない。撮影が10時くらいになってしまうこともあったんですが、仕事のものは絶対食べなかったですね。多分それ、反抗してたんだと思います。 その当時は、とにかくレシピを書かなくちゃとか、ソファーの前のローテーブルで電気をつけっぱなしでウトウトしてましたから。7年くらいベッドで寝た記憶がなく。 ただ、お母さんが大変だ、というのは理解していたみたいで」 ーー娘さんたちから、例えばチャーハン作ってとか、今日はカレーが食べたい、などのリクエストはなかったのですか。 「『わかった』と言いながら、それを作らない。また違うものを作っちゃったりするんです。試作だったりとか。最近ですよ、何か食べたいって言われたら、それを素直に作るって。 なんであの時できなかったんだろうと思っちゃう。仕事の料理のことで、頭がいっぱいすぎてたんですね」 同じものを繰り返し作る。それが家庭の味になる ーーその頃、家族の皆さんが好きだった料理は何でしたか。 「それもう、鍋です。鍋は卓上調理ができますから。特に、もつ鍋風の鍋は人気でしたね。撮影で残ったものがたくさんあったので、肉や野菜をざくざく切って。本にも載せましたが、鍋の素としてタレを作ってストックしておく。塩、味噌、醤油の三種類で味を変えて、週5日間、食べてました。 今日も鍋にしようって、割り切って考えるようになったら、かなり気持ちが楽になって。この頃から肩の力が抜けました。
自分の時間と労力をどんどん使い果たして、自分自身に使ってる時間は仕事以外何もないと感じた時期もありましたが、そこから抜けることができた」 ーー家族の料理を作るときに、気をつけていたことは何ですか。 「強い味に慣れてしまうと、それしか受け付けなくなってしまうので、その辺りは考えていました。子どもは特に味覚が敏感なので、繊細な味付けにしていましたね。家の味がおいしいというのを、舌に残しておいて欲しかったんです。 家庭の料理は、それを繰り返し作ればいいだけなんです。レパートリーは必要ないです。何種類かのものを本当に繰り返し作るということが、家の味になる。 同じものを作っていると、いつもと味が少し違うと気づく。そうすると、あ、今日はお母さん、疲れてるのかな? とか、お料理でコミュニケーションが取れる。お弁当も同じですね。私はすごくそれを感じていました。 あえて同じものを繰り返し作るということが、やはり家の中の物語になっていくと思います。お母さんのあれが食べたいとか、あの子今日ちょっと元気がないから、大好きなものを作ってあげようとか、そういうことは、やはり家族だからこそできること。買ってきたものを食べたり、レストランで食べることとは全然違います。家の味が大切だと、ずっと思っています」 ーー出来合いのものを買ったりは、ほとんどしていなかったのですか。 「意地張って、ですね。今なら、一品二品は買って、何か一つ作ればいいじゃないかって思えますけど。 その時は料理研究家なんだから、お惣菜買ったら恥ずかしいとか。何か言われるんじゃないかとか、もう格好ばっかりです。それは、今思えばよくなかった。全部、私自身の見栄と格好つけだけで。もっとその分の時間を家族と一緒に話したり、笑顔で食事をするとか、そういう時間に費やしてもよかったなと思います。 作ったものはおいしいし、楽しいです。その分だけ物語があるから。家庭料理のいいところは、同じものを食べることで、いろんな共通な話題ができることですね。仲間になれる」 ーー頑張って作ってこられた、その時の知恵と工夫が、この本一冊にぎゅっと詰まっています。読者にいちばん伝えたいことは何でしょうか。 「私にとって子育ては、ほとんど、ごはんを作って食べさせることだけだったんです。その当時はつらくて、しっちゃかめっちゃかになってましたけど、それを重ねたことで、やはり絆が深まったと思いますね。お互いを思いやることもできるし、そういう絆がやはり大切だなと思います。 今喧嘩もするけれど、大切なところでつながっている。食でつながっていると実感できるのはうれしい。 本にも載せましたが、ハンバーグや餃子、シフォンケーキなど、娘たちが本当に好きで、「日本一だ」と言ってくれます。同じ味を繰り返し作ることの意味が、ここにあります。 この本の中から、1品でも2品でも、ご自身の家庭の味にしていただけたらうれしいです」 ◇藤井さんのメソッドを伝える第2回「藤井恵さんの結論、朝は具沢山の汁物だけあればいい。絶対入れたほうがいい食材とは?」では、具体的に家庭で作るご飯について紹介する。 インタビュー・文/広瀬桂子 【第2回】藤井恵さんの結論、朝は具沢山の汁物だけあればいい。絶対入れたほうがいい食材とは?

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