チェックは常に一発OK…「写真家・篠山紀信」の偉業を40年以上支えた「印刷の匠」が語る「仕事の哲学」

写真史に数多の名作を残し、昨年、この世を去った篠山紀信さん(享年83)。いまだ燦然と輝く作品群が生まれた背景には、常にこの人の存在があった。 40年以上にわたって、写真家・篠山紀信とともに歩みを進めた伝説のプリンティングディレクター・甲州博行さんだ。 篠山さんとの最後の別れ 「篠山さんが亡くなったことは新聞の訃報記事で知りました。その1ヵ月前くらいに篠山さんの事務所に伺ったばかりだったので、とにかく驚きました。 毎年盆暮れにお中元とお歳暮をお持ちすることが恒例になっていて、12月のその日はお歳暮をお持ちしたんです。いつもはね、仕事でお会いしても、そういった届け物をしたときも、30分程度お話しして、別れるときに、篠山さんはいつもの席のソファを立たずに、『甲州さん、お疲れさま。じゃあまた』なんて言うんです。ところが、思い返してみると、その時は篠山さんがソファを立って、玄関まで送ってくれたんですよ。長い長い付き合いでしたが、あの日が最後になってしまいました。 その2年ほど前でしょうか。篠山さんが突然、『甲州さん、俺たち、いつ死んでもいいよな』と言ったんです。まだピンピンしていた頃ですよ。その時は冗談として受け流していましたが、あの篠山さんが、なぜそんなことを言ったんでしょうね。それがいまでも気になっています」 深い信頼、強い絆——。稀代の写真家・篠山紀信さんとの関係は40年以上前に遡る。ちなみに年齢はひとつ違い。甲州さんは1年3ヵ月後輩に当たる。 「出会いは私が凸版印刷に勤めていた頃、お互い30代後半だったかと思います。篠山さんの写真集を1冊か2冊ご一緒した後、ある時、会社の電話が鳴りました。同じ部署の人が、『甲州さん、電話ですよ』とね。当時、会社に電話がかかってくるのは営業担当からぐらいしかないですから。そのつもりで受話器を取ると、電話口の向こうから『篠山ですが』と聞こえてくるんです。『営業に篠山なんていたっけな?』と頭を巡らせていると、おそらく篠山さんが勘づいたんでしょうね。『カメラマンの篠山です』と名乗らせてしまったんです。 『あ、大変失礼しました!』と冷や汗をかきながら謝りました。営業を通さずに直接電話が来るなんて思ってもみませんでしたからね。篠山さんは回りくどいことは嫌がるから、直接頼んでくれたんだと思います」 「甲州さんだと1発OKなんだ」 その後、篠山作品の多くを甲州さんが手がけることになる。お互い40代に差し掛かると、凸版印刷の社内で篠山・甲州コンビの存在を知らぬ者はいないほど、浸透していたという。 「写真や印刷物を見る感覚が非常に近かったんですね。篠山さんからなんの指示もなかったのに、『この写真はもっとこうしたほうが篠山さんは喜ぶだろうな』というのが感覚としてあった。実際、勝手にアレンジしたものを見てもらうと、必ず喜んでいただきました。 よく仰っていただいたのは、『甲州さんだと1発OKなんだけど、他のところだと、2回、3回とやり取りして、やっと甲州さんの1回目のクオリティなんだよ、と。その言葉はいつも励みになりました」 2人の絆が生まれた理由、それは甲州さんの強いこだわりが篠山さんに響いたからだ。 「凸版印刷の製版部門はずっと赤字が続いていたんです。なぜかと言えば、写真集を作る際、再校や三校は当たり前でした。それだと利益なんか出るはずがない。そこで、とにかく初校の品質にこだわりました。 初校で100%とは言わないけれど、大部分が初校で校了となるようなレベルを目指さなければ利益は出ない。しかも、そのほうが、写真家、モデル、出版社、そして私たちにとってもメリットがある。だから写真集の出校点検は私が全部やっていました。その頃は上司からも『甲州さん、もうちょっと甘くしてよ』なんて言われてね。私が『アレはダメ、コレもダメ』とハネちゃうもんですから。とにかく社内再校でやり直しをする日々が続きました」 「印刷の品質を左右するのは製版」と話す甲州さん。「製版が良くなくちゃ、いくら印刷でカバーしようとしてもしきれないものなんです」と力強く語る。 (撮影/吉場正和 取材・文/井上華織) 篠山紀信の依頼に「腰を抜かしそうになりました」…40年以上ともに歩んだ職人が明かす「巨匠との思い出」

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