【七回忌インタビュー】池袋暴走事故遺族・松永拓也さん。「3人で住んでいた部屋を改装し一歩ずつ」事故から6年経った現在地

 2019年4月19日の池袋暴走事故から6年。妻の真菜さん(当時31才)、娘の莉子ちゃん(当時3才)が犠牲となった松永拓也さん(38)に七回忌を迎える思いを聞いた。 【写真】真菜さん莉子さんとの思い出の写真。 ****** ——真菜さん、莉子ちゃんに今、伝えたいことや思うことは。 「『愛してる』って気持ちは変わらないですね。できることなら一緒に生きたかったし、抱きしめたいし。真菜はすごく愛に溢れた人でした。出会ってから亡くなるまで、真菜が人の悪口とか不平不満を言っているのを一度も聞いたことがないんですよ。真菜のようになりたいと思っていたし、今も、僕の進む道は真菜に導いてもらっているような気がします」(以下カッコ内、松永さん) ——6年前を振り返って、どんな気持ちで過ごされてきましたか。 「事故から5日間は、自ら命を絶とうと思ったこともあったし、自分の気持ちに嘘をついていた時期もありました。全然悲しくない。もう大丈夫だって本当の気持ちに蓋をして。でも、1年後に破壊したんです。一周忌で事故現場に行った時、フラッシュバックのような感じになって、2人の思い出がブワッと頭の中に出てきて・・・・・・。  父の日に、莉子が描いた似顔絵とお手製のケーキをサプライズで渡してくれて泣きそうになったこと。絵本の読み聞かせをしたら、莉子が身振り手振りで話に反応してくれたなとか、真菜が作ってくれたお弁当を持って3人で公園に行ってたくさん笑ったなって。  今までずっと我慢してきたものが一気に溢れたんでしょうね。そこから一週間くらいは起き上がるのもしんどくなりましたが、少しずつ、自分の感情と向き合うきっかけにもなりました。それから心理学や仏教の教えをYouTubeで見たりして学んだことも、気持ちを整理する方向に持っていけたのかなと思います」 今でも、いつのまにか涙が流れていることが ——会見やニュース、SNSの発信等を見ても、事実と感情を分けて冷静にお話しされている印象があります。 「今でも気持ちが揺れることもあります。街を歩いていても涙が流れてきたり。でも、辛くても悲しくても一回ちゃんと感情を味わった後に、客観的にものごとを見る工程は踏むようにしています。  なんで悲しいのかと考えたら、妻と娘がいないからだ。なんでいないんだろうと考えたら、2人が事故で亡くなったからだ。事故が起きなければ誰も苦しまないですんだ・・・・・・と客観的に見ていくと、自分のやるべきことが見えてくるんです。今、行っている事故撲滅のための講演活動もそのひとつです」 ——最近では、被害者やそのご家族、車を扱う企業などへの講演だけでなく、学生に向けた講演もされていますね。 「はい。この間すごく嬉しかったのは、講演が終わった後に高校生の女の子が来て話しかけてくれたんです。今、自分はいじめに遭っていて辛いけど、今日の講演を聞いて、今後いじめを乗り越えたら、いじめの被害も加害も起きないような活動ができるんじゃないかと思った、と。直接運転に関わらなくても、そういうふうに感じてくれる方もいるんだと知って僕も嬉しかったですね」 ——事故によって注目された高齢ドライバーの問題については、国や民間、自治体等でどんな変化を感じますか? 「高齢ドライバーだけの問題に関わらないですが、国も交通事故防止や危険運転致死傷罪(危険運転によって人を死傷させたときに適用される罪)について、いろいろ考えてくれているとは思うんです。23年5月には75歳以上の免許更新手続きにおいて「認知機能検査の検査方法の変更」「高齢者講習の一元化」「運転技能検査の新設」の3点が変更になりました。池袋暴走事故の影響なのかは正直わかりませんが、それでも声を上げ続けることが大事かなと思っています。  また、ずっとお話していることですが、高齢ドライバーが免許を返納すればおしまい、という話ではなく、免許更新の検査で落ちてしまった方や自主返納された方。特に車がないと生活に支障をきたす高齢者に対してどうやってサポートしていくのか。もっと議論されないといけないと思います。  いっぽうで、民間や自治体でそうした方々のサポートをすでに用意しているところもたくさんあります。でも、あまり情報が伝わっていないようにも感じていて、もっと情報の周知活動をしていけば、家族の中でも話し合いの材料にできるんじゃないかと思っています」 ——最近は報道で見る松永さんの表情が柔らかくなった印象も受けます。 「近ごろはあえて笑っている顔もSNSや取材でも見せるようにしています。ある意味、僕が被害者像を作ってしまっているんじゃないか。辛くてずっと暗い顔をしているようなイメージを植え付けてしまっていないかって思うことがあるんです。  でも、笑顔をたくさん見せることによって、被害者がみんな笑顔に回復できるんだとは思って欲しくない。だから表情が暗くても明るくても、僕の後に続いてしまう被害者の方々を苦しめてしまわないようにはどうすればいいのか。このバランスが難しくて、今でも答えは出ていません」 一滴のインクのように広がる誹謗中傷の言葉 ——松永さんのご友人はどんなふうに接してくれますか? 「この間も、学生時代からの友人たちと飲食店で働いている友達の店に集まって食事をしました。事故の話はしなかったです。たまに事故撲滅の話になることもありますけど、僕からは話を振らないですね。そんな時友達とするのは、30代後半の男性たちが冗談ばっかり言い合うような、たわいも無い会話ですよ。  事故が起きた時、何を言うでもなくそっとそばにいてくれた友達です。僕が『息が詰まるから外に行きたい』と言ったら一緒についてきてくれて。『あの公園は莉子の思い出があるから前を通ると辛い』と言えば、『そっか。じゃあ違う道を行こう』と。みんなアドバイスもしてこないし否定もしない。  もしかしたら、被害者によくある話かもしれませんが、『前を向いた方がいいですよ。そうじゃないと亡くなった人が浮かばれないよ』とか、『あなたはこうした方がいいと思う』といったことをたまに言われたりするんですね。事故後、特に混乱していた時は正直その言葉で余計パニックになりましたし、人によっては、『何がわかるんだ』って怒りに変わる人や、塞ぎ込んでしまう人もいると思います。  僕も、事故から6年経った今でも『前を向いた方がいい』って言われることがあって、もう、これ以上、どうやって前を向いたらいいんだ・・・・・・って思うこともあるんですけど」 ——そう考えるとやはり傾聴しつつ、寄り添ってくれるお友達がいることは心強いですね。 「自分が大変なときに寄り添ってくれた人たちには、ほんとうに感謝しているし、心の支えになっていますね。  感謝と言えばSNSもそうです。確かにSNSでの誹謗中傷や、少し前には殺害予告も受けました。それが女子中学生だったので公開したことで『大人げない』と新たなコメントがつくこともありました。でも、僕の感覚では、99.9%は応援のコメントで、いつも励まされるし、ありがたいと思っています。  ただ、誹謗中傷って負のパワーがとにかくすごいんです。同じように誹謗中傷に遭われたスマイリーキクチさんの言葉を引用すると、コップに水が入っていて、そこにインクを一滴垂らすと、ブワッとインクが広がって濁るじゃないですか。誹謗中傷も同じで、たった一つの言葉でもダメージが大きく命を落としてしまう人もいるんです。  僕は応援してくれる人たちの言葉だけに目を向けて、誹謗中傷に対しては粛々とやる。警察に行くときは行くし、開示請求が必要ならする。SNSの使い方はまだまだ改善の余地があると思います」 生きると決めた以上、幸せと思える時間を大事に ——プライベートでは草野球を復活されたそうですね。 「はい。もともと小学1年生から高校卒業するまで野球をしていて、その後もずっと草野球を続けていましたが、事故の日を境に辞めてしまったんです。でも、事故から3年経って、せっかく自分で『生きる』と決めた以上、自分が楽しいと感じることも復活していこうと思いはじめて。事故撲滅のための講演活動も自分にとって生きる力になっていますが、それ以外に幸せだなって思える瞬間も大事にしていこうと思ったんですよね」 ——3年ぶりに野球を復活した日はいかがでしたか? 「とても楽しかったです! 久々に球場に行くと、みんなが『戻ってきてくれたんだ!』って温かく迎えてくれて嬉しかったですね。あと、素の自分でいられるんですよ。野球をしているときはただの野球好きのおっちゃんなので(笑い)、すごく楽しいですね。僕はセンターを守っています。センターは足が速い人が守ることが多くて、こう見えて僕、結構足が速いんですよ。あと、バッターの打順はなぜか4番。絶対4番の実力じゃないんですけど、38歳でチーム最年長なので、年齢だけで忖度されています」  今年から週3くらいジムにも通っています。以前は体重61キロだったんですが、この5年間で20キロ太ってしまったんですよ。真菜は料理も上手で栄養バランスを考えてくれましたが、事故があってから、お酒を飲まないと眠れない日々が続いてしまって。せっかく健康にしてくれた真菜に怒られてしまうなと思い、ダイエットを始めました」 真菜さんが願っていた北欧風の部屋に改装 ——この春はどうスタートしましたか。 「3人で住んでいた部屋をフル改装しました。壁も全部壊してワンルームにして、あとは家電と家具が揃えば終わりです。3人で生活していたときのものは、ほぼ処分しました。たとえばタイル一枚でも同じものがあると、真菜と莉子がフッとそこにいるような気がしてしまうんです。精神状態がいいときは大丈夫ですが、そうじゃないときは辛くなってしまうので。  事故がなければ将来は真菜の地元・沖縄に家族で移住する予定でした。真菜が沖縄の家では北欧風にしたいと言っていたから、真菜の夢をひとつ叶えて前の部屋とは全く違う少し北欧風の景色にしました。  真菜と莉子を忘れたわけじゃないし、忘れたくない。2人を思い出して悲しい気持ちになることもありますが、亡くなった人を思い出すのは悪いことじゃないし、供養にもなると思うんです。僕は全然自炊ができないので真菜は心配してるんじゃないかと思いますが、そこは頑張りつつ、一歩一歩前に進んでいけたらいいなと思います」 取材・文/松永怜 写真/松永拓也さん提供

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