これがまかり通ったら社会がぶっ壊れるぞ……と思わせる地裁判決が出ました。みなさん、ご注意ください。対策を講じてください。とNHKの絶叫アナ風に——。 コロナ対策を怠った結果、従業員が亡くなった。中華料理店は遺族に約7000万円支払え。東京地裁によるそんな判決が出たのです。 毎日新聞電子版によると、「客にマスク着用を求めず、会話や人数の制限もしていなかった」とのこと。さらに、客同士の間にアクリル板を設置しないまま20人ほどの宴会を開かせたとも。 裁判官は「従業員が新型コロナに感染しないための措置を十分講じていなかったことは明らか。男性の生命、身体に危険が生じさせないようにする義務を怠った」と述べました。この男性が罹患したのと同時期に従業員3人の感染が明らかになったことから「店の新型コロナ対策が不十分だったために、男性が死亡したと結論付けた」そうです。 イラスト・まんきつ この判決を認めたら、かなりヤバいことになります。なにしろ「マスクを着用すればコロナに感染しない」「アクリル板を設置すれば感染対策になる」「大人数だと感染する」ということを裁判所が認めたわけです。そして、同じ時期に3人が感染したからこの店の感染対策がなっておらん!という話に。いやいや、散々クラスターを発生させた医療機関はありましたが、そこは7000万円の支払いを求められたでしょうか。 「感染させた人間がいた。だからこの中華料理店はけしからん。7000万円支払え!」という判決。これで結審したら、もう「コロナ死」が疑われる施設では訴訟が乱発される状況になりかねない。この判決がおかしいのは、(1)新型コロナウイルスというものは恐ろしい、という前提に立っていること。(2)感染するかどうかは誰の責任でもないのに、誰かの責任にしたこと。(3)マスク着用やアクリル板などのコロナ感染対策は必要不可欠にして有効だったという前提に立つこと。この3点に集約されます。 コロナが風邪と同じ5類に分類されたいま、(1)が妥当でないことは明らかで、(3)も無意味となりました。(2)も大問題です。感染症について「お前がうつしただろ!」と責任を求める社会って2020年以前にありましたか? 感染って仕方がないんですよ。うつした人間を犯罪者扱いして糾弾すべきではないのに、コロナにおいては「うつらない・うつさない」という金科玉条のごとき教典が誕生し、ウイルスを保持する疑いのある人が悪者扱いされた。 さらにいぶかしいのは、「じゃあこの方が亡くなったであろう病院に何の瑕疵(かし)もないのか?」という問題に踏み込まない点です。それに2021年、コロナ陽性者なんていたるところにいたのに、この中華料理店だけが責められる理由が分からない。うつったのは電車内かもしれず、病状悪化は病院の環境のせいかもしれない。それなのに、他に3人が感染したという理由で料理店が悪者に……。 今、マスクを外している人が多いわけですが、それは許されるのでしょうか? 「マスク非着用の同僚からコロナをうつされて私の夫は死んだ」なんて訴訟を起こす未亡人の主張も通るようになります。被告はどうか控訴してください。 中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう) 1973(昭和48)年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』など。 まんきつ 1975(昭和50)年埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴び、漫画家、イラストレーターとして活躍。著書に『アル中ワンダーランド』(扶桑社)『ハルモヤさん』(新潮社)など。 「週刊新潮」2025年4月17日号 掲載