日付とともに〈16名 川重様〉と書かれた伝票に、盛大に注文されたメニューと正の字が並んでいる。 バーボン10杯に生ビール12杯、チューハイが9杯で、うどんが2、やきめし2。赤霧島はボトルで2本、いいちこは3本。そしてオードブル×4などなど。〆て9万2300円也。 お代を人数で割ると1人あたま5770円弱になる。が、その場にいた者は誰も支払っていない——。 昨年来、海上自衛隊の潜水艦修理に絡み、製造元の川崎重工業が乗組員に物品や飲食代を提供していた問題が大きく報じられてきた。 【写真を見る】目元がそっくり! 北川景子の父 かつて川崎重工のライバル・三菱重工で潜水艦部門のトップを務めた 「不正の温床は……」 社会部記者が振り返る。 2019年に川重神戸工場で行われた潜水艦の進水式 「不正の温床は、潜水艦の修理や検査を行う川重神戸工場の修繕部でした。問題が明るみに出たのは昨年7月。大阪国税局の税務調査で、川重が下請け企業との架空取引で裏金を捻出していたことが分かったのです」 先の伝票は、川重と乗組員の酒席で川重側がサインをし、“ツケ払い”で下請け企業に回したものである。 「裏金は2023年度までの6年間で17億円にも上りました。川重は下請け企業への架空発注分も経費に含めて税務申告したものの、国税局は裏金の使途のうち約13億円分が経費と認められない交際費と判断。悪質な所得隠しと認定しました」 結果として、川重は今月10日、約6億円の追加納税を発表。税務調査の終結とした。果たしてこれで幕引きとなるのだろうか。 営業努力の必要なし そうは問屋が卸さないのでは、と防衛省の元幹部。 「裏金づくりは40年前、1985年ごろから連綿と続けられていました。しかし潜水艦事業は秘密だらけで自衛隊員でも近づきがたく、その閉鎖性ゆえ公然の秘密のままでした。長年、架空取引で年間2億円程度の裏金を作り乗組員を“接待漬け”にしていたのに、私も昨年の問題発覚まで実態を知りませんでしたから」 そもそも、国内で潜水艦の建造と修理を請け負えるのは川重と三菱重工業のみ。海自所有の潜水艦25隻は川重製と三菱重工製がおよそ半々とされる。 「国産技術保護のため、防衛省は隔年で両社から交互に調達するので、川重があえて営業努力をする必要はありません。修理は、3年間隔で9カ月程度の期間を費やす定期検査と、そのあいだの年に2〜3カ月かけて行う年次検査がある。乗組員は社員と連携して艦内の整備にあたります」 テレビにゲーム機、ビール券などの金券まで 川重製の潜水艦の場合、検査期間中、乗組員は神戸工場隣接の施設「海友(かいゆう)館」に滞在。“接待”はこの施設内外で行われていたのだ。 「乗組員の要望は、業務関連から私的なものまであらゆる物品に及んでいました。工具類や防寒具から、冷蔵庫やテレビ、ゲーム機や艦名が入った数十人分のおそろいのTシャツまで。ビール券や商品券といった金券に加え、ツケ払いもあった。一方の川重側にも、裏金を私的な飲食代やゴルフ用品、ノートパソコン購入などに流用した社員がいました」 元幹部がこの実態を知ったのは問題発覚後だったが、 「昔から、潜水艦関係者には“川重はアットホームで気が利く”“三菱重工は官僚的で融通が利かない”と、川重に好意的な声がありました。その裏には過剰な接待やいびつな癒着構造があったのです。川重の現場が仕事を円滑に進めるためのサービスだったのが次第に双方とも感覚がまひしていった結果だと思います」 業界に残る昭和の悪習が国税局の調査でたまたまバレた、という話なのか。 「実は、今年1月から3月にかけて、川重神戸工場の修繕部とは別の部署に防衛装備品などの開発や管理を担当する防衛装備庁が調査に入ったとの情報を耳にしました。ほかにも不正があるかもしれません」 防衛費増額の流れとともに裏金の額も増える。そんな事態は勘弁願いたい。 「週刊新潮」2025年4月24日号 掲載