「初任給日本一」という大胆なキャッチコピーで採用活動に挑む大阪府和泉市役所が、自治体としては異例の注目を集めている。こうしたPRが功を奏して応募が殺到し、採用倍率が50倍近くなる職種も出ているという。 【画像】「日本一運賃が高い」とも揶揄された泉北高速鉄道(現・南海泉北線)の和泉市内にある終着駅 「初任給自治体日本一」を打ち出した理由 2024年4月より実施した人事給与制度改革により、「初任給自治体日本一」となった和泉市役所。初任給は2025年4月からさらに増加し、月額27万50円(大卒・地域手当込)になるという。 今月実施する市職員採用試験の申込情報を見ると、最も倍率が高いのは「事務職A」で、採用予定者数が11名のところに549名の申し込みがあり、倍率は49.9倍だ。全体では採用予定は47名のところ、応募者数が803名で倍率は約17倍となっている。 なぜ「初任給自治体日本一」にしてまで応募者を募っているのか。集英社オンラインの取材に和泉市役所の担当者が応じた。 「この取り組みは、実は5年以上前から内部で議論が始まっていたものです。やはり、民間企業と同じく、優秀な人材をどう確保していくかというのは、自治体としても大きな課題でした。 特に公務員の世界では、“給料が高い”ということをあからさまにPRするのは難しい部分があります。そうした中で、『初任給が日本一』という分かりやすいキーワードを掲げることで、和泉市の存在を知ってもらい、興味を持ってもらうきっかけになるのではないかと考えました。 実際には、“こういう人に来てほしい”と限定するのではなく、多様な価値観を持った人たちに応募してもらうことを期待しています。また、将来的に2056年の市政100周年を迎えることも見据えており、先を見据えた市政運営のためにも、この制度を設計しました」(和泉市役所の担当者、以下同) 一方で、市は「高い初任給」が“ゴール”ではないと明言する。“初任給が日本一”という言葉はあまりにもインパクトが強いが、「その後の昇給スピードは決して高くないんです」とのこと。役職につかない限り、他の自治体よりも給与水準が下がるケースもあるという。 「氷河期世代は一番納得できない流れだと思います」 「給料の高い状態を維持したいということであれば、頑張って能力を評価されて、役職を目指していっていただきたい」 安心安定のイメージが強い公務員において、異例の措置をとる和泉市役所。能力で人を評価したいという気持ちは納得がいく一方で、公務員の仕事について、能力をどのように評価するのかは疑問が残るが……。 「評価の手法の1つが人事評価制度です。これ自体はどの自治体にもあるのですが、今回の給与の制度の改革と併せて、人事評価に関しても、いろいろ見直しを行なって適正に評価できるような制度設計を組みました」 このように新たな試みを入念な準備のもとに実行している和泉市役所。だがこの制度については新卒を優遇するせいで、既存の職員が割を食うのでは? という指摘がSNSで相次いでいる。 〈うちの自治体も40歳以上の昇給額を減らして、その原資を新卒~20代の基本給アップに充ててます。氷河期世代は一番納得できない流れだと思います〉 〈なんだかなぁ…氷河期世代を蔑ろにしすぎだろこの国は…〉 〈年寄りは冷遇します、新卒だけ優遇します、だとロクな結果にならないだろうに〉 この点について聞くとやはり、制度改革によって一部では軋轢も生じたという。 「導入前には、労働組合ともかなりの協議を重ねました。特に非役職職員の中には、『もう給与が上がらないのか』という不安や不満の声もありました。確かに従来の制度のままで、年齢とともに給与が上がると思っていた人にとっては、実質下がっているとも言えるからです」 そこで和泉市では、こうした職員のために現行給与を保障する制度を導入し、給与減を回避。ただし、それでも「モチベーションが下がる」といった声はゼロではないようだ。 年功序列をやめた和泉市役所が新たなモデルケースに? 「例えば、非常に平たく言いますと、40~50代でも役職についている方は給料が上がり、非役職の方については、減給したということではないのですが、もう上がらなくなりました。そうなるとやはりどうしても、上がる人からは賛成の意見、上がらなくなる人からは不満や不安の意見はありました」 ただもちろん、40~50代で現在非役職の職員が、これからも役職につけないわけではない。また、元から役職についていた人からは、役職についているにもかかわらず給与がアップしないという不満の声が以前から上がっており、今回の制度によってその不満を解消できたという面もある。 和泉市役所ではこうした採用活動の中で、若手職員に役職者を目指して働いていってほしいという思いと、既存の職員にも頑張ってほしいという思いをメッセージとして発信しているわけだ。 「今回の制度では、役職と非役職のところで明確に分けて、単純に年功序列で上がっていくわけではない方法にしたというのが1番のポイントにはなっています。また、この新制度は、給与水準そのものを大幅に引き上げたわけではなく、全体とすると、人件費を上げたというわけではないのです」 和泉市役所の挑戦は、自治体の新たなモデルケースとなる可能性を秘めている。そしてそれは、公務員のあり方を根本から問い直す改革でもあるかもしれない。 取材・文/集英社オンライン編集部