「不法投棄の島」から「美術の島」へ…アートディレクター・北川フラムと俳優・南果歩が語る《瀬戸内国際芸術祭》が生んだ「地域の変化」

2025年4月18日から約100日間にわたって開催される「瀬戸内国際芸術祭2025」(以下、瀬戸芸)。「海の復権」をテーマに掲げ、瀬戸内の島々を舞台にしたこの現代アートの祭典は、2010年の第1回から3年ごとに開催され、今回で第6回を迎える。 総合ディレクターとして企画段階から参画している北川フラムと、同じく第1回からこの芸術祭に関心を寄せ、見つめ続けてきた俳優・南果歩が、瀬戸芸の魅力と地域の変化について語り合った。 島々のイメージを大きく変えた瀬戸芸 北川:現在では瀬戸内といえばアート、という印象が根づきましたが、第1回(2000年)の時は、かつて産廃の不法投棄が行われていた豊島の風評被害はすごかった。ところが今では、豊島は美術の島ですからね。豊島美術館という素晴らしい施設もできた。それだけ印象が変わるんです。ハンセン病患者が強制隔離されていた大島もそうです。 南:たしかに、豊島の⽅たちは、⾃分の島に誇りが持てないと、うつむき加減だった。でもそれが瀬⼾芸によって、⾃分たちの島に⾃信を持って、みんなに来てもらいたいと⾔えるようになったというのは、喜ばしい変化ですよね。世の中のイメージも変わっていきましたね。 北川:まったく変わりました。地域づくりとは何かと一言で言うと、やっぱり自分のいる場所に誇りを持てるようにすることだと思うんですね。 南:ネガティブな印象を植え付けられていた島々に、芸術祭で⼈がやってきて、感動をもたらして、それがまた⼝コミで広がっていった。島の空気が本当に変わりましたよね、特に豊島と⼤島。本当にこれは瀬⼾芸の功績だと思います。フラムさんは、もうやりきったと感じていますか? 北川:とんでもない。日本の景気は悪くなる一方ですが、共倒れはしたくない。それぞれの地域で生きていく道をそれぞれが見つけないといけない。 新潟の場合、やっぱりお米です。「大地の芸術祭」の運営に関わる40人ぐらいのNPO(NPO法人越後妻有里山協働機構)があります。恒常的にやっていくためにはNPOは必要ですので。瀬戸内も「こえび隊」をNPOにしてやっていますが、新潟では耕作放棄地を防ぐ目的で米作りも行っています。 このようにますますやることは増えているんです。やっぱり地域が自立できないとダメだから。観光だけだともろいね。恒常的には無理ですよ。 島同士の交流も増えた 南:自立する島って素晴らしいですね。それに、島同士の交流もこの瀬戸芸のおかげで増えたというのがすごく面白いなと思っていて。 北川:高松港を経由しなければいけない定期航路の都合などで、島同士の交流は意外と少なかったんですが、地域間の交流を促そうという事業を始めました。大島の住民が豊島を訪れたり、逆に大島に豊島の人々を招いてハンセン病について知ってもらったりと、様々な交流会を行っています。 昔は、島同士の交流がありましたよ。例えば女木島、男木島に小豆島からお嫁さんが来たりしていた。そういえば、瀬戸芸に来られたカップルが高松市役所に「男木島でぜひ結婚式をやりたい」と言ってこられ、それが実現して2011年に実に32年ぶりに男木島で結婚式をやったんですよ。こえび隊も協力し、僕もなんとなく仲人みたいな顔をして参加しました(笑)。 島のお母さんたちがダンボールで長持を作って、かつて男木島の嫁入りの際に唄われていた長持唄「男木伊勢音頭」を唄いながら、島内を練り歩きました。島を挙げて大いに盛り上がった結婚式でした。 静岡と鹿児島のカップルだったので、ご両家の親類は最初、「なんでこんなところでやるの?」という感じだったけど、島総出の祝福に皆さんとても喜んでいましたよ。だって高松市長が正式な意味で仲人ですからね。みんなで歓迎してくれれば嬉しいですよね。 南:消えかかっていた文化まで復興したっていうのは、すごいですよね。 北川:あの長持唄、よかったなあ。まあ、このようにいろんなことが起きるんですね。 南:何か物事が起こると、やっぱり⼈の⼼は動きますよね。 いろいろなことをただ知るだけではなく体感するということが、いま私たちに1番必要なことだと思います。⼼と⾝体で感じること、⾃然の中に⾝を置くことは、何よりも豊かなことですね。不便なところはたくさんあるかもしれないけれど、そこが⾯⽩味であり醍醐味でもあるから、やっぱりこの瀬⼾芸って本当に底知れない魅⼒があるんだと思います。 「瀬戸芸」を通して、生まれ変わる瀬戸内 北川:瀬戸芸も、10年ぐらい経ってからみんな少しずつ興味を持ってきた。成熟させるのに20〜30年かかる。 南:瀬戸芸に通うごとに、飛躍的な変化を感じます。最初は、島民の皆さんがなんだかわからないまま、島にアートが置かれてあった。でも回を追うごとに、島ぐるみのアートになってきました。来訪者と迎える島⺠の皆さんの⼀つの輪が出来上がってきたと感じます。そして、その輪が確実に広がっている。変化し続ける島々を毎回⾒せてもらっていることも、不思議な感じです。あの第1回の何もないところから、よくここまで成⻑したな、と。 訪ねていくと、やっぱり島の空気がやっぱり違いますよね。「よく来てくれた」「また来ましたよ」っていう雰囲気が⾃然に⽣まれているので。 北川:そうですね、今回の第6回展は「歓待」をサブテーマにしましたからね。「どっから来たね?」「いらっしゃい、じゃあ見ていってください」という。 南:3 年に⼀度の会期中に⾏くのはもちろん楽しいんですけれども、会期中でなくても⾒られるものがたくさんありますよね。そこにずっと作品が残っている。第1回からそのまま残っている作品もあって、それが年々朽ちていく姿というか、町や島に溶け込んでいる姿を⾒るのもすごく⾯⽩い。 瀬⼾芸で出会ったアーティストもたくさんいます。第1回(2010年)で出会った塩⽥千春さんの作品「遠い記憶」は忘れがたいです。廃屋から集めた磨りガラスの窓枠や扉などの⽊製建具をトンネルにした野外作品が、そのまま10年間展⽰されていました。作品のトンネルの中に⼊った時に、⾊んな感情が湧いてきました。⼈々の暮らし、そこに⽣きた証、2度と戻ってこない時間が感じられて。その出会いから塩⽥さんの⼤ファンになったんですよ。今はもう世界的なアーティストになられて。 北川:塩田さんは今はもうスーパースターになられましたね。 南:でもアーティストご自身が、ビッグネームになられてもまた瀬戸芸で展示をやりたいと仰ってくれるのが素晴らしいですよね。 屋外の作品は、老朽化してしまいます。でも、時の流れで、老朽化していずれ見られなくからこそ、体感できたことの幸せを本当に感じます。塩⽥さんとの出会いのように、⾃分が知らないアーティストとの出会いも毎回楽しみなんです。「これ誰だろう?」「この⼈、どんな⼈?」と思うようなアーティストと出会える。私も第1回からガイドブックを⼊⼿して、気になる作品には付箋を貼って⾒て回っています。 外的要因とか経済的な部分ではなく、瀬⼾内は瀬⼾芸を通してじわじわと、ゆっくりゆっくり確実に成⻑して、地域が⽣まれ変わっている。とても⼈間的だなと思います。島⺠と訪ねてくるゲスト、そして実⾏委員の⽅々やこえび隊の皆さんが、マンパワーで成⻑を⽣み出しているっていうところにも惹きつけられます。今回、島々はどんな⾵に変わっているんだろう、どんなアートに出会えるんだろうと思うと、やっぱりまた瀬⼾芸に⾏きたくなるんですよね。 撮影/一井りょう 構成/宮崎沙綾 【対談第1回】なぜ海外からも注目される?アートの祭典「瀬戸内国際芸術祭」《総合ディレクター・北川フラム×俳優・南果歩》がその魅力を語り尽くす

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