米国経済の「地獄絵図」を垣間見た…トランプ「相互関税の90日間延期」を決断した「密室内の激論」

相互関税の発表で世界の株価は下落したが、トランプ氏は強気だった。ところが、9日になって、急遽、課税を延期した。政策大転換をもたらしたのは、株価の下落ではなく、国債価格の暴落(金利の上昇)だった。 相互関税で株価が下落したが、トランプは強気を貫く トランプ米大統領は、米東部時間4月2日午後4時(日本時間4月3日、木曜日、午前5時)に、相互関税をかけると発表した。東京市場がこの影響を世界で最初に受け止め、株価が下落。その後、株価下落は全世界に広がった。 週があけた4月7日(月曜)には、日経平均の終値は3万1000円台にまで下落した。その他の市場でも下落が続いた。それにもかかわらず、トランプ大統領は、強気を崩さなかった。 そして、関税引き下げを求めて各国から交渉団が来ると勝ち誇り、ここに引用するのが憚られるほどの下品な表現で、各国交渉団の哀れな姿を揶揄してみせた。つまり、株価下落という市場の警告には、まったく耳を貸さなかったのである。 これは、必ずしも無謀な強がりとはいえなかった。実際、株価がいくら下落しようと、それだけで経済が壊れてしまうようなことはないからだ。 関税発動からわずか13時間で90日間の猶予に転換 相互関税のうち、一律10%の基本関税は4月5日午前0時1分から、国・地域別の上乗せ分は4月9日午前0時1分から発効した。 ところが、1夜空けた米東部時間4月9日、上乗せ分をかけ始めてわずか13時間しか経っていなかったにもかかわらず、しかも、それまでは強気の姿勢を貫いていたにもかかわらず、トランプ政権は政策を大転換したのである。そして、報復関税を課さずにアメリカとの交渉に応じる場合には、相互関税の上乗せ分の賦課を90日間延期するとした。 これを受けて、9日の株価は急上昇した。ニューヨーク市場では、史上最高の値上げ幅となった。日本の株価も急上昇した。 なぜこのような急転換が行なわれたのだろうか? それを解く鍵は、4月9日の朝に行なわれた、トランプ大統領とベッセント財務長官、ラトニック商務長官の会合にあったと思われる。 見直しを迫ったのは長期国債の暴落 この会合で、ベッセント財務長官がどのようにしてトランプ大統領を説得したのかは、明らかでない。ただ、彼はファンドマネジャーの出身であり、金融の専門家なので、金融危機の可能性を指摘したと考えられる。彼は、米国債への売りが急増したことへの懸念を、トランプ氏に伝えたのだろう。 それまでは、トランプ関税によって企業利益が減少し、経済成長率も低下すると予想されたため、株式のようなリスクの高い資産から、国債のようなリスクの低い資産への動きが生じていた。株式を手放し、安全資産である国債に乗り換える動きが拡大すると、国債の価格が上昇する。つまり、利子率が下落する。これが、3月末から4月始めまでの状況だった。アメリカ10年債の利回りは、4月4日には4.005%にまで低下した。 しかし、週明けの7日から急上昇に転じ、8日には4.301%にまでなった。つまり、価格が暴落したのである。 これは、 株価下落で損失を抱えたヘッジファンドが保有国債の換金に動いたためと見られる。 アメリカ国債は金融機関が幅広く保有している。その価格が暴落すれば、金融機関の資産が大きく毀損し、取り付けが起こる危険がある。 しかも、中国は、アメリカ国債を大量に保有している。仮に中国が投げ売りをすれば、アメリカ国債の価格はさらに暴落する危険があり、金融危機は現実のものとなる。 銀行取り付けの地獄図を見せられたトランプ氏 前項で述べたことは、極めて重要だが、分かりにくい。 分かりにくいのは、国債は一般に安全な資産とされるからだ。それなのに、なぜ国債からの逃避が起きたのか? その理由は、国債といえども、完全にリスクがないわけではないことだ。償還まで保有すれば額面通りの償還が受けられるが、途中で換金が必要になった時に市場価格が額面より低くなっていれば、額面より低い額しか得られない。 そこで、国債よりさらにリスクの低い資産であるマネーに向かっての逃避が起きたのだ。「マネー」とは、銀行預金や現金である。金(きん)も、逃避の対象となり、価格が史上最高値を記録した。 安全性を求める動きがさらに極端になれば、銀行の取り付け騒ぎが発生する危険がある。そうなれば、頼りになる資産は、破綻する危険が低い大銀行の預金、あるいは、中央銀行券や金(きん)などしかなくなる。 これは、株価下落とは比較にならないほど深刻な事態だ。アメリカ経済は破綻する。 トランプ氏が直ちに説得されたとは考えられず、多分、大激論があったのだろう。しかし、地獄の世界が現実に起こりうると説明されて、さすがのトランプ氏も、考えを変えざるをえなかったのだろう。 そして、慌てふためいて、一度発表した関税プランを撤回したのだと考えられる。つまい、9日の政策転換は、「いったん世界を脅しておいてから、つぎにディールに移る」というような周到なシナリオに基づいたものではなく、無謀な戦略の問題点を指摘されて行なわれたドタバタ劇だったと思われる。 「株式自警団」は機能せず「債券自警団」が機能した 相互関税の一部猶予はその場で決まり、トランプ氏がSNSに投稿した。 トランプ氏は、「債券市場は非常に厄介だ」と述べ、債券市場の安定を優先したことを示唆した。 9日午後1時にこの投稿が配信されると、株価は急騰。この日のニューヨーク市場では、株価は史上最大の上げ幅を記録した。 そして、10日の東京市場でも、株価は急騰した このように、発表したばかりの相互関税をトランプ氏が一時停止したのは、株価下落のためではなく、国債価格の下落(長期金利の高騰)のためだったのだ。 猶予はされたものの、交渉はこれからだ。事態がどう推移するのか、まったく見通すことができない。 なお、 マーケッツ・コラムニストのケイティ・マーティン氏は、国債価格暴落が起きる前の3月時点で、「株価が下落してもトランプ政権の関税戦略は影響を受けないが、債券市場で問題が起これば、影響をうけるだろう」と指摘していた(日本経済新聞、3月26日「幻だった『株式自警団』」)。この数週間に起きたことは、まさにその通りのことだった。 今回の事態を、「株価下落、債券価格下落、ドル安という<トリプル安>のために政策を変更した」とする解説が多いのだが、重要なのは、このうちの「債券価格下落」だったのである。 日本でも長期金利が上昇 日本でも、長期金利に関して、アメリカと同じ現象が生じた。 3月下旬から4月7日までは、比較的安全な資産として国債が買われ、長期金利が急速に低下していた。 このため、日本銀行の政策金利引き上げは、難しくなったと考えられていた。 しかし、10日の債券市場では国債を売る動きが強まり、4月7日に1.11%であった10年国債の利回りが、9日には1.27%まで上昇した。日銀による金利引き上げは、必要性を増したことになる。 「トランプ関税」の背後にある「アメリカン・システム」とはいったいなんなのか?

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