役所や政治家は何を重視している?——ロビイングの成功にインテリジェンスは必須

企業が新たな技術やサービスを世の中に広めようとするとき、または戦略的な目標を実現するために情報を収集・分析しながら、多様なステークホルダーとの合意形成を図りたいとき、役に立つのが「インテリジェンス」だとインテリジェンスの実務家・稲村悠氏は言う。どんなにすぐれた新製品・サービスやマーケティングがあっても、それを広く社会に受け入れてもらうには、人間対人間の泥臭い努力が必要になる。そこで、インテリジェンスを用いて企業の「攻め」の戦略実現を担う「インテリジェンス・アプローチ」について、稲村氏の話題の新著『企業インテリジェンス 組織を導く戦略的思考法』(講談社+α新書)からご紹介しよう。(4回連載の第3回) 『企業インテリジェンス 組織を導く戦略的思考法』 (講談社+α新書) 政治家や省庁担当者を動かすには インテリジェンス・アプローチのもう一つの手法が「インテリジェンス・フォー・パブリックアフェアーズ」です。 まずは、パブリックアフェアーズについての説明が必要でしょう。ただ、考え方には諸説あり、定義は固まっていません。パブリックアフェアーズのコンサルティングを手掛けるマカイラでは、「企業・団体等が事業目的の達成のために行う、公共・非営利分野や社会への戦略的関与活動」と説明しています。もう少し嚙み砕くと、企業や団体が、戦略的な目的を実現するために好ましい環境を整えることを目指して、政府や自治体などの公共機関、NGOやNPOなどの非営利セクター、それに社会や世論に向けて働きかけを行うこと、と言えるでしょうか。 経済産業省の元キャリア官僚が立ち上げて、パブリックアフェアーズに関する調査やコンサルティングなどを手がける企業に、ポリフレクトがあります。代表取締役の宮田洋輔氏は、パブリックアフェアーズの概念を次のように捉えています。 「パブリックアフェアーズには明確な定義がないので、人によってイメージしているものがまちまちだと思います。私がざっくりとイメージしているところでは、ロビイングのように政治や役所に対するルールメイキングの働きかけや、官民連携プロジェクトなど、政・官・民が連携し、コミュニケーションをすることで、一緒に物事を動かしていく活動は、すべてパブリックアフェアーズだと思っています」 パブリックアフェアーズには、大きく分けて三つのプロセスがあります。一つ目は、企業が戦略を実現するために、政治家や管轄官庁などにロビイングをする活動です。これは、ルール形成(RULE)です。二つ目は、メディアなどを活用した広報である世論形成(PR)。三つ目が、NGOや地域との協力や、有識者などによる検証をもとにエビデンスを強化するといった合意形成(DEAL)です。これらを総称して、パブリックアフェアーズ(PA)と呼びます。 このパブリックアフェアーズに、インテリジェンス・アプローチを応用することを、私はインテリジェンス・フォー・パブリックアフェアーズと定義しました(図参照)。ルール形成、世論形成、合意形成の各プロセスで、インテリジェンス・アプローチを実行するのです。 なぜコンビニで薬品を販売できるようになったのか インテリジェンス・フォー・パブリックアフェアーズの考え方を実践して戦略を実現した先進的な事例として、ポリフレクトがコンサルティングで関わった、コンビニエンスストアでの医薬品販売を規制緩和したプロセスを見てみましょう。あるコンビニエンスストア大手は、店頭で医薬品を販売したいと考えていました。 情報要求は、コンビニにドラッグストアの機能を持たせることです。実現すれば、地方の不便な地域であってもコンビニさえあれば医薬品を買えるようになり、困っている人を救うことができます。しかし、そのためには規制緩和が必要です。 当時は、コンビニに医薬品を置くことは簡単ではありませんでした。ドラッグストアなどでも、医薬品を販売する場合は、営業時間の半分以上となる時間帯に、薬剤師などの資格を持っている人が常駐しなければならない「二分の一ルール」がありました。 ドラッグストアでは、朝一〇時にオープンして、夜八時に閉まる店であれば、一〇時間の営業時間のうち、資格を持つ人が五時間店頭にいれば販売ができます。けれども、二四時間営業のコンビニの場合、一二時間は資格を持った人が常駐しなければならず、勤務シフトなどを考えると、かなりの人数を確保しなければなりませんでした。 このコンビニエンスストア大手はポリフレクトに対して、二分の一ルールをなくす手伝いを依頼しました。目指すのはルール形成です。宮田氏は、この規制緩和によって何が起きるのかを分析して、厚生労働省へのロビイングを行ったと説明します。 「厚労省に対しては、コンビニでの医薬品販売によって、地方における医薬品へのアクセスを改善することを提起しました。離島ではドラッグストアがなくて、コンビニが一軒しかないところもあります。そのコンビニで医薬品を販売することができれば、島民はすごく便利になるはずです。そういった具体的な事例を示しながら、この規制緩和がどれだけ社会の役に立つかということをお話しさせていただきました。また、コロナ禍をきっかけに広がった、軽い症状は自ら治療するセルフメディケーションを推進する政府の方針に合致することも説明しました。厚労省は立場上、安全性が最優先であるため、規制改革の要望に対しては慎重になることが多いのですが、今回は話を聞いて納得していただいたので、すんなりとルールが変わりました」 直接会って話すのが第一歩 この取り組みによって、二〇二一年八月には規制緩和によって二分の一ルールが撤廃され、それまでよりもコンビニでの医薬品の販売がしやすくなりました。 もちろん、ただ単に要望しただけで、ルール形成ができるはずはありません。要望を受け付けている窓口や、インターネット上の受付フォームにいくら書類を送っても、「これは難しいですね」と言われるだけで終わってしまいます。そうならないように、必要な情報を揃えて、担当者と直接会って話をすることが第一歩です。直接話すことで、社会的な意義などが伝わります。担当者の理解も、政策として検討する優先順位も上がっていきます。 こうしたロビイングができるのは、元キャリア官僚が役員に名を連ね、省庁にコネクションがあるポリフレクトだから、と思う人もいるかもしれません。その点について宮田氏に質問すると、次のような答えが返ってきました。 「一般企業が同じように動いても、実現できたと思います。役所は広く開かれているので、当社が特別で、当社でなければ話を聞いてもらえないということは、基本的にはありません。もちろん、パブリックアフェアーズにはインテリジェンスが必要です。要望を持っていく先の役所の担当者や政治家が、何を重視しているのかを知ることが必要になります。この方々が大事だと思っているテーマや、重視している社会的な意義を把握して、この規制緩和によって皆さんが考えているテーマや意義を叶えることができるという話し方をします。そうでなければ、相手の心には刺さりません。共感してもらうためには相手のことをよく知っていなければならず、そのためにインテリジェンス・アプローチが有効なのです」 ただ、相手省庁の考え方を読み取る力は、役人同士と官民では、まだギャップがあるかもしれないと、ポリフレクトCOOの橋本諭氏は指摘します。 「役人同士だと阿吽の呼吸で理解し合える期待値が高いわけですが、それと裏腹に企業と役人、企業と議員の間にはコミュニケーションのミスマッチが起こりやすい。どういう言葉を選んで訴えれば説得できるのか、役人や議員のマインドがややブラックボックスなので、どうしてもわかりにくいかもしれません」 省庁だけでは物事を把握するのが困難なフェーズに そのためにも相手の価値観までよく知ることが必要なようです。とはいえ、社会情勢の変化が確実に役所にも及んでいるともいいます。 「日本の特徴かもしれませんが、これまで企業は政府や行政機関が決めたルールを唯々諾々と受け入れてきたところがありました。それが大きな問題にならなかったのは、同質的な社会で企業も政府も価値観がそんなに違わなかったからだと思います」 「その関係が今、崩れ始めています。その大きな要因は、社会が複雑化して、省庁だけでは物事を把握するのがかなり困難になっていること。そのうえ、かつて省庁に集中した情報がいまやネット上にもあふれ、そこにはそれぞれの専門家がいて世論が形成され、それらの知見を逆に省庁側が汲み取って新しいルールを形成していかないといけないフェーズになっていることです」 「ところが企業側はまだ、省庁にルールを変える働きかけをしようとしても、個々のレベルではどうしていいかわからない。この関係がこれから変わっていくだろうと思っています」(橋本氏) こうすれば拡散した誤情報や偽情報を跳ね返し、それを逆手に企業の信用度を高められる

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