水凪トリさんの同名人気コミックを原作に据え、脚本を『心の傷を癒すということ』(2020年)や朝ドラ『舞いあがれ!』の桑原亮子さんが、主演を桜井ユキさんが務める “薬膳ドラマ”『しあわせは食べて寝て待て』(NHK総合 火曜22時〜)。 38歳独身の麦巻さとこ(桜井)が、一生付き合っていかなければならない病気によりすべてを失いながらも、週4日パートで働き、団地で質素に暮らしながら、隣に住む大家さん(加賀まりこ)とワケあり料理番の青年(宮沢氷魚)との交流に癒やされていく物語だ。そんな本作で、大きな魅力の1つとなっているのが、目にも美味しい「薬膳」である。 料理監修を手掛けるのは、映画『かもめ食堂』『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』『めがね』や、テレビドラマ『深夜食堂』シリーズ、朝ドラ『ごちそうさん』、ドラマ『カルテット』『大豆田とわ子と三人の元夫』など、数々の作品でフードスタイリングを手掛ける飯島奈美さん。 飯島さんが作品の中で作るものの多くは日常的な定番料理だが、携わった作品の出演者やスタッフからは「とにかく美味しい!」という感激の声がたびたび聞かれる。いったい何が違うのか。 飯島さんに、本作に登場する料理のこと、日常生活に簡単に薬膳を取り入れる工夫、飯島奈美流の「普段のごはんを美味しくするちょっとしたコツ」などを聞いた。 (インタビュー・構成:田幸和歌子) 旬の野菜を使えば「薬膳」になる そもそも「薬膳」と聞くと、「難しそう」「健康には良さそうだけど、味は……?」といったイメージを抱く人も少なくないかもしれない。しかし、飯島奈美さんいわく、薬膳の基本は「その季節に必要な効能のある旬の野菜を使うこと」と、いたってシンプル。普段の料理の中で無理なく楽しく取り入れる工夫として、こんなアドバイスをくれた。 「例えば、春なら山菜。山菜の苦味成分には解毒作用があり、体にたまった老廃物を排出してくれる効果が期待されます。 夏だったらトマトやキュウリなど、体を冷やしてくれる食材がおすすめ。そうめんのつゆにキュウリやトマトを刻んで入れたり、きゅうりの塩もみを紫蘇と一緒に入れたり、エアコンで体が冷えてしまったときは逆に体を温めるショウガを入れたり。 同じ食卓につく家族でも、暑がりの人もいれば、寒がりの人もいますので、つゆに加える薬味などによって、体を冷やしたり温めたり調整をするのも良いと思います。 また、乾燥しやすい秋・冬には、大根やレンコンなど、肺やのどを潤す働きのある食材がおすすめです。大根などは消化を助けてくれる役割もあります」(飯島さん、以下同) 定番料理の食材を「ちょっとだけ変える」と取り入れやすい 何か特別な食材や調味料を買い揃え、食べたことのない、味の想像のつかない料理にトライする必要はないそう。飯島さんは、日常の中で薬膳を簡単に取り入れるコツとして、「いつもの定番料理に使う食材をちょっと変えてみること」を提案する。 「例えば、肉じゃがというとジャガイモが定番ですが、里芋を使ってみる。春なら、春キャベツを加えてみる。ポテトサラダにいつもはきゅうりを使うところを、冬ならブロッコリーを入れてみる。 カレーならじゃがいも・玉ねぎ・人参などが定番ですが、例えば冬ならベーコンと大根のカレー、秋だったらキノコのカレーといった感じで、いつもの食材を季節の食材に変えて意識して取り入れてみると良いですよ。餃子も、季節の野菜を使うと、いろいろアレンジの幅が広がります」 家族の中でも、いろんな料理に興味を持ってトライする人もいれば、変わったものは食べたくないという人もいる。そうした場合にも、定番料理を、いつもの味付けで、食材だけ季節の野菜にすると抵抗なく試しやすいそうだ。 ちなみに、飯島さんが季節ごとの食材でおすすめするのは、ちらし寿司。 「私はNHKの沢村貞子さんの『365日の献立日記』という番組をやっているんですが、沢村さんは昔から春のおすし、夏のおすしなど、季節によって具材を変化させていろいろ作っているんですね。 季節ごとのしゃぶしゃぶやすき焼きもおすすめです。夏のすき焼きには、トマトやレタスを使い、肉も牛肉ではなく、鶏肉や豚肉にしても良いですし、そこにさっぱりしたポン酢を割り下の代わりにしてみるなどの変化も楽しいです」 なぜ「飯島奈美のごはん」は美味しいのか ところで、どの現場でも話題になる「飯島さんのごはんは美味しい」という話。どんなところが違うのでしょうか。 「私は基本的に普通に家で作るみたいに作っているんですね。撮影用で色を綺麗に見せたい場合などには、通常と違う工夫をすることもありますが、特別なことはしていないんです。 ただ、あったかいということはあるかもしれません。俳優さんたちには食べる直前に適温で出してあげたいし、そのほうが見た目も湯気が出て、ツヤもあって美味しそうなので、温度は大事にしていますね。 現場の『とりあえず出してください』というプレッシャーに負けて、早めにお料理を出してしまうと、そこから1つ2つ本番前の直しがあって冷めるようなことが多いんです。だから、なるべくギリギリに出させてもらおうという現場での攻防があります(笑)」 調理の「順番」を変えるだけで味が変わることも 飯島さんの場合、「一手間加えたら」あるいは「この食材・この調味料を加えたら」美味しくなりそうだということを考え、試すこと、工夫することが楽しいから、面倒ではないのだと言う。他に、定番料理の調理の順番を変える工夫も、思いがけない美味しさにつながることがある。 「例えばきんぴらごぼうは、大量に作るときはもちろん切ってから水に浸しますが、ちょっとだけ作るなら、炒める直前に切って、水に浸さずそのまま使うことによって、ごぼうの味がしっかりするんですね。 また、例えばひじき煮なら、鍋に油を熱し、ひじきを炒め、出汁と醤油、みりんなどを加えるのが一般的だと思いますが、ひじきを油でさっと炒めたあと、醤油とみりんを加えてさらに炒めると香ばしさが出るので、そこに出汁や水を加えるという順番にすると、仕上がりの味が格段に違うんです。 水や出汁を加えるのも、最初は100mlくらいなど全然足りないと思うくらいの量にして、フタをして5分ぐらいしてから硬さや味を見て、もう少し煮たほうが良ければ水分を足しながら調整し、余熱も考えながら火を止めます。すると、ひじきが余熱でも十分な柔らかさになってくるんです。 きんぴらにもひじきにも共通して言えることですが、出汁を注いでから調味料を入れると、出汁がなくなるまで加熱することになるので、食感の調整が難しいのです」 他にも、定番料理をちょっとした工夫で美味しくするコツとして、「ポテトサラダでは、玉ねぎを水にさらして水気を絞り、ゆでたジャガイモに加えるのが一般的ですが、ジャガイモが熱いうちに玉ねぎのスライスを入れると、ほどよく火が通り、辛味がとれて良い」「レシピでお酢と書いてあるところを、半分レモン汁に替えると、フルーティーになって美味しくなる。冬だったら柚子、夏だったらライムに替えたりするのも面白い」などと教えてくれた。 薬膳の取り入れ方はシンプルでいい また、簡単なのに美味しいとすすめてくれたのは、「野菜のだし漬け」。250mlのかつおと昆布のだし汁に塩大さじ1/2くらいを溶かし、250gの市販のロックアイスを加える。スナップエンドウや一口大に切ったカブ、スティック状の人参や、ごぼうなど、様々な野菜をゆでてだし汁に入れ、1時間くらいおくと、美味しい「だし漬け野菜」になる。野菜の味がしみ出しただし汁は、そうめんやうどんの汁にしたり、うすめて汁物にするそう。 最後に、飯島さん自身の普段の食事での薬膳の取り入れ方を教えてもらった。 「私自身はシンプルで、季節の野菜、今なら厚切りにした新玉ねぎなどをフライパンでただ焼いて塩または醤油や鰹節をかけるみたいな食べ方が好きなんですね。他に、調理の際に梅干しやニンニク、山芋もよく使います。 梅干しは胃腸にも良いですし、解毒作用もあり、料理の味つけにも使えます。山芋には滋養強壮の働きもあり、にんにくは免疫力アップ、体を温める効能もあります。体調があまり良くないな、ちょっと疲れているなと思うときには、これを入れて作ると良いと思います」 参考:『現代の食卓に生かす「食物性味表」』(日本中医食養学会) ◇続く後編【桜井ユキが感動したスープ他、飯島奈美が教える簡単・美味しい「薬膳レシピ」4選】では、桜井ユキさんが感動したという「肉団子と野菜のスープ」をはじめ、飯島さんが美味しい薬膳メニューのレシピを教えてくれた。 桜井ユキが感動したスープ他、飯島奈美が教える簡単・美味しい「薬膳レシピ」4選