「いつの日かAIは自我を持ち、人類を排除するのではないか—」2024年のノーベル物理学賞を受賞した天才・ヒントンの警告を、物理学者・田口善弘は真っ向から否定する。 理由は単純だ。人工知能（AI）と人間の知能は本質的に異なるからである。しかし、そもそも「知能」とは何なのだろうか。その謎を解くには、「知能」という概念を再定義し、人間とAIの知能の「違い」を探求しなくてはならない。生成AIをめぐる混沌とした現状を物理学者が鮮やかに読み解く田口氏の著書『知能とはなにか』より、一部抜粋・再編集してお届けする。 生成AIと人間の脳の違い ここまでは生成AIも人間の脳も現実のシミュレーターに過ぎず、異なった限界を持っている、ゆえに、人間の脳は錯視という誤った情報処理を行うし、一方、生成AIは椅子がぐにゃぐにゃになるような誤りを引き起こす、それぞれが異なった間違いを内包したシミュレーターなのだ、ということを語ってきた。 一方で、現実のシミュレーターとして人間の脳に匹敵するような性能を持った生成AIが、人工知能研究の長い歴史の中で、なぜ、このタイミングで現れたかというと、学習に必要な大量のデータとそれを処理できる大容量のメモリで高速な計算機の登場が必要だったからだ、ということを述べてきた。 ここまではあまり議論してこなかった生成AIと人間の脳の問題として学習プロセスの問題がある。でき上がってしまった人間の脳と生成AIは異なったやり方で現実を解釈しているシミュレーターだということができるが、大量のデータを必要とする生成AIに比べて、人間の脳ははるかに少ないデータ量で学習することができる。 学習プロセスの問題 犬を初めて見る幼児であっても、数匹の犬の画像を見せられて「これが犬だよ」と教えられればかなりの精度でそれ以後の人生で初めて見るはずの犬を、犬だと認識できるようになる。一方で、LLMは世界中のありとあらゆる文字情報を読むのに匹敵するような大量の文章を学習して初めて、人間のように話せるようになったが、勿論、人間は、はるかに少ない言語情報から言語を習得できる。 この学習プロセスの問題は、あくまで、生成AIと人間の脳という異なったシミュレーターの異なった学習プロセスの問題であり、でき上がった知能そのものを議論することを主眼とする「知能とはなにか」という本書の主題からはやや外れているのであるが、この章ではこの問題について少し考えてみよう。 まず、断っておくが、この問題は、ニューロンの集合体がなぜ知性を発現するのかを人間が理解していないのと同じように、まだ解決がついていない。なので、あくまで現状、どのような説があるのか、ということについての概説と私自身の意見を書くことに留める。 じつは「脳と生成AIは等価」…知能と密接に関係する「シミュレーター」の機能が過去の“人工知能研究の失敗”を次々と説明できるワケ