愛着障害や解離性同一性障害を発症していた 虐待サバイバーの苦悩

虐待サバイバーである羽馬千恵さん(42歳)は、幼少期に受けた虐待について、実名で打ち明ける一人だ。幼少期から18歳まで、母から心理的虐待を、継父からはDVや性的虐待を受け続けた。その影響からか、愛着障害や解離性同一性障害を発症していたとされ、人間関係のトラブルから自主退職にも追い込まれる。いま現在は、虐待の後遺症は和らいできたと語る羽馬さんだが、どのように回復したのか。 〈親切にしてくれた上司の「家の住所」を調べ、行ってしまう…虐待サバイバーが苦しんだ「愛着障害」の実情〉より続く。 父親的存在を求めていた 自身で病識を特定できず、精神科につながっても診断が確定しない状況に苦しむ羽馬さんだが、徐々に回復の兆しが見え始める。 きっかけは、28歳から4年続いた、元同僚との結婚生活にあったと振り返る。羽馬さんは大学院を卒業後、動物園の飼育員の臨時職員を経て、20代後半で市役所の正規職員として雇用される。そこで知り合った男性と結ばれ、結婚生活を送るようになった(現在は離婚)。 夫は、父から愛情を受けて育ってこなかった彼女の家庭環境や、職場の上司に父性のようなものを求めて執着している姿を見て、「(羽馬さんが)父親的な存在を求めているのでは」と指摘した。 羽馬さんにとっても、夫からの指摘は、精神科の受診では見過ごされてきたポイントだった。公私ともに同じ時間を過ごすパートナーからの一言は、二転三転する病名よりも、芯を捉えているように感じられた。 母の境遇を自分に重ねて 父親的な存在を求めているーー。その言葉を反芻する中で、羽馬さんが思い返すのは母の存在だった。 母は、羽馬さんが15歳になるまで、3度の離婚を経験していた。継父が変わるたび、母は新婚生活に期待を寄せるも、結局男のDVで家庭は崩壊してしまう。 家庭の事情に振り回れるたびに辟易とする羽馬さんだったが、幼ながら疑問に感じていたのは、“なぜ母は懲りずに新しい旦那を求めるのか”ということだった。再婚するたびに、母は「今度こそ幸せになるんだ!」と嬉々として語り、継父の存在を拒む私の言葉には耳を傾けなかった。 「母は離婚と再婚を繰り返し、新しい生活に期待を寄せるものの、結局継父がDVを振るっては、家庭が滅茶苦茶になる。母も、度重ねて結婚生活がうまく運ばないことに疲弊しているのに、なぜ同じ過ちを繰り返すのか不思議でなりませんでした。 ただ、私自身、職場でトラブルを起こす中で、母と自身の境遇が重なる瞬間がありました。離婚再婚を繰り返しては疲弊する母の姿と、職場の上司に執着してはトラブルを起こす私。求める対象は違えど、私と母の起こす行動は共通しているように感じたのです。 そう考えれば、母もまた私と同様に、幼少期に祖父からの虐待を語っていました。祖父がDVを振るっていたことや、愛人を作っては家庭を蔑ろにしていたこと、それゆえに経済的に苦しかった環境など…。そうした過去を引き合いに出しながら、母は『お前は私よりマシな生活を送っている!』と責めてくることもありました。 母も虐待による反動で、幸せな家庭を求めるように、盲目的に再婚を繰り返したのではないか。そう考えれば、母も私も幼少期の家庭環境が良くなかったせいで、成人以降の生活に支障をきたしていると、余計に境遇が酷似しているようにも感じました。 母もまた同じ被害者であった側面を知ることで、後遺症を自覚し、向き合うきっかけになりました。もちろん母の行為を容認できませんが、皮肉にもかつて虐待の加害者であった母を思い返すことで、私自身の精神疾患について捉えられるようになったのです」 簡単には割り切れない親子関係 加えて、羽馬さんが36歳で、虐待サバイバーの当事者として自伝『わたし、虐待サバイバー』を出版したのも大きかった。自身の半生を執筆する一環で、幼少期の家庭環境についてまとめた原稿を、母に共有する機会があった。そこで双方の過去や言い分を擦り合わせたことで、さらにピースが埋まっていった。 「母に原稿を見せて良かったのは、母が一方的に私を嫌って、虐待していたわけではないと知れたことでした。私を義父から庇ってくれたこともあれば、私の成長記録をつけてくれたりと、母なりに愛情を持って接してくれた側面もあったということです。 周りからもよく誤解されることですが、このように発信すると、ずっと親から虐待され続けていたと捉えられがちです。実際には、親が愛情を持って接してくれる時もあり、親子の関係は簡単に割り切れないと気づきました。 だからこそ、子供の頃に親から虐待を受けると、愛着障害や解離を発症してしまうとも感じています。子供にとって存在の大きい親から、一貫性のない態度を取られることで、他者とどう接していいのか分からなくなり、感情も混乱してしまう。そう思うようになりました」 虐待を振るう親に非があるーーと決めつけるだけでは、負のスパイラルを断ち切ることはできない。当然のことではあるが、虐待の有無にかかわらず親子関係は否応なく続く。虐待サバイバーが長期間にわたり、精神疾患と向き合わざるを得ない背景には、親への愛憎が入り混じり、一筋縄ではいかないことが挙げられる。 診断が出るまで20年弱 徐々に自身の病識を把握してきた30代半ばで、病名が確定したことも、回復の転機となった。羽馬さんに降りたのは「複雑性PTSD」という、2018年にWHOの改訂版国際疾病分類に採用されたばかりの精神疾患だった。 そもそもPTSDとは、極端なストレスやトラウマを経験した後に発症する精神疾患のことだ。地震や津波といった自然災害や、交通事故や戦争体験をはじめ、耐えられないほどの出来事を経験することで発症する。 PTSDに罹ると、トラウマになった事象を、悪夢のように追体験(フラッシュバック)することが、症状の一部として挙げられる。人は、トラウマ体験が衝撃的すぎると、脳がその事実を適切に処理できず、記憶が断片化して意識下に残る。こうして抑え込まれた負の記憶が、日常生活の些細なきっかけによって蘇り、過去の事象をあたかもいま体験しているように感じてしまうのが追体験だ。他にも、警戒心が強くなって覚醒状態に陥ったり、自責の念や罪悪感に囚われて気分が落ち込むなど、PTSDの症状は多岐にわたる。 そして複雑性PTSDとは、強烈なトラウマ体験を長期的または反復的に体験することで、PTSDより重度かつ複雑な症状が出てしまう精神疾患だ。小児期に繰り返し受けた虐待や、長期にわたる家庭内暴力を経験することで、複雑性PTSDを発症しやすいと言われる。 上記で挙げたPTSDの症状に加え、複雑性PTSDに罹患すると、感情の調整や対人関係に支障をきたすケースが多い。恐怖感や苦痛、怒り、無力感、屈辱感など、様々な負の感情が混合することで、急に号泣したり、あるいはパニックになって過呼吸や不眠に陥ったり、自己卑下や無気力など自分を否定的に捉える傾向が強くなる。 言い換えれば、複雑性PTSDを発症すると、うつ病や双極性障害、解離性障害、愛着障害などを併存するケースが多いと言われる。これまで羽馬さんの診断が二転三転したのも、複雑性PTSDによる症状の一部が、その時々で顕在化していたと推定される。 これだけ複雑に症状が絡み合い、精神科でも誤謬が続いたと考えれば、羽馬さんが病識を特定できなかったのも無理はない。羽馬さんの場合、複雑性PTSDの診断が降りるまで、初めて精神科を受診してから20年弱の歳月を要した。 病名が確定するまでに20年 病識を持ち始めたことで、徐々に虐待の後遺症は回復し、解離や愛着障害も収まりつつある。いまでも複雑性PTSDの症状に苛まれることはあれど、急性期に比べれば心身ともに落ち着いている状況にあるそうだ。 現在、羽馬さんは、虐待サバイバーの当事者として情報発信を続ける。自身と近しい当事者が、世間で生活しやすくなるため活動を続けるなか、虐待サバイバーの理解のされづらさに苦心すると明かす。 「自分自身ですら、虐待の後遺症に振り回されていると気付くまで20年近くかかったため、世間から虐待サバイバーが理解されづらいのは仕方ないと感じます。 特に、愛着障害や解離などの精神疾患を引き起こしている場合、支援者ですら介入しづらい。虐待サバイバーが抱える精神疾患によって、急に攻撃的になったり、依存してきたり、勝手に被害者意識を持たれたりと第三者からしたら手に負えないことも多い。結果的に、距離を置かれて、社会から排除されてしまうケースも多々あります」 虐待サバイバーの実態は、どうすればより広く、深く理解されるのかーー。 筆者の問いに、羽馬さんは現在公開中の映画、『どうすればよかったか?』について言及する。同映画は監督である藤野知明氏が、統合失調症を患った自身の姉や、同居していた家族の生活を、20年間にわたり記録したドキュメンタリーだ。 端的にあらすじをまとめると、医者で研究者の両親に育てられた姉は、医学部に進学するも、解剖実習を機に統合失調症を発症してしまう。しかし、その後両親は、姉の異常を感じつつも、精神科への通院を拒否して、家で匿う選択を取る。弟である藤野監督は、就職で実家を離れていたが、帰省するたび両親の対応に疑問を覚える。姉を精神科につなげようと両親を説得するも、こう着状態が続いたことから、記録の一環としてホームビデオのようにカメラを回し始める。 作中では随所に姉の奇行が映り、それを案じた両親が徘徊を防ぐため玄関ドアに南京錠をかけたり、姉を精神科に繋げることを拒否したりする場面が挿入される。全編を通して、統合失調症の生々しさや、当事者を家族に持つ一家の葛藤が鮮明に記録されている。 羽馬さんは虐待サバイバーとして、映画『どうすればよかったか?』を違った視点から観た。彼女は「精神疾患の急性期にある当事者を描いている点で稀有な作品」と説明する。 「精神疾患の当事者のドキュメンタリー番組の多くは、ある程度病気が回復期に入り、当事者活動を映した作品が多いです。ただそれでは、どうしても切実さに欠けるため、一般の方に問題意識を持ってもらうのが難しいとも感じていました。 精神疾患の急性期にある当事者は、閉鎖病棟に隔離されて、大暴れしているのに、本人は病識すら持てていない。そんな滅茶苦茶な状態を映し出せば、いかに精神疾患が重度の病か痛感してもらえるはず。そうした意味で『どうすればよかったか?』は、訴求力の強い作品でした。 加えて、監督が、自身の家族にカメラを向けたことで、より切実さが際立っていました。映画では、母が年老いて認知症になり、父が家族の面倒を見切れないという理由から、ようやく姉を精神科に受診させます。言い換えれば、家族のように近しい存在でも、いや近しい存在だからこそ、精神疾患の当事者に寄り添って判断を下すのは難しい。そう痛感させられました」 姉を南京錠で監禁するのは正しかったのか? 統合失調症と複雑性PTSDで病状は違えど、精神疾患の当事者と対峙するのは困難を極める。特に家族であるからこそ、映画のタイトル通り「どうすればよかったか?」と、突きつけられる一作だったと振り返る。 「両親が、姉を南京錠で監禁するシーンは、一見ひどい対応にも見えます。ただ個人的には、両親は娘に愛情があり、かつ親が医者であったからこそ、家で面倒をみようとしたのではとも捉えられます。 そうした対応に対して、藤野監督が両親に詰め寄るシーンがあります。その一方で、監督は統合失調症の姉に対して、『両親が憎いよね? でも、憎しみだけじゃないよね? 育ててくれたもんね?』と話しかける場面も登場します。精神疾患の問題に、家族だからこその愛憎が重なり、より結論が出しづらい状況だと感じました。 家族間で愛憎を抱えているからこそ、混乱してしまうのは、虐待家庭においても共通していると感じます。加害者である親は、必ずしも常に暴力を振るっているわけではなく、子供に愛情を注ぎたいと思う時もある。だからこそ被虐待児は、親を憎いと思いつつも、どこか愛情を信じて依存してしまう。 世間の報道では、親の行為の内容にフォーカスされがちですが、私自身の経験から、親子関係はそう単純に割り切れるものではないと感じています。だからこそ、家庭内で虐待が起こる背景や、当事者の後遺症やトラウマも複雑化して、虐待サバイバーが理解もされづらい要因になっているのではないでしょうか。 映画のタイトル『どうすればよかったか?』は過去形ですが、虐待サバイバーは後遺症を長く引きずっている人もいれば、これから発症する当事者も少なからずいる。出口の見えない中で苦しんでいる当事者が多いと知ってもらえたらと思います」 虐待による傷跡は、完全に消えることはない。虐待問題の根深さや偏見、無理解を解決していくため、羽馬さんは自身と向き合いながら、今後も当事者活動に取り組んでいくという。 「昨日、お母さんと…」継父から性的いやがらせ、母は整形と占いにのめり込んで…虐待サバイバーの「壮絶な幼少期」

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