ヒトはどうして眠くなるのか？　睡眠はどのようにして訪れ、なぜ覚醒するのか？　その答えのカギになるのが、「睡眠圧」という概念だ。睡眠研究の第一人者で、著書に『睡眠と覚醒をあやつる脳のメカニズム』がある櫻井武氏が、「睡眠圧」の正体とそのメカニズムについてわかりやすく解説する。 「睡眠圧」と「睡眠負債」の関係 寝る時間の少し前くらいから眠気がおこり、自然と眠りに落ちていくのが理想的な入眠だが、そもそも、「眠気」とはなんだろうか？　どうして、眠くなるのか？　「睡眠」はどのようにして訪れ、なぜ、「覚醒」するのか？ そのことを考えるには、まず「睡眠圧」という概念の説明が必要となる。 睡眠圧とは「起きている時間の長さに応じて脳内には“何か”が蓄積し、それが溜まると眠気を招き、睡眠によって溜まっていた“何か”は解消される」という概念だ。 似たような言葉に「睡眠負債」という言葉があり、こちらのほうが一般には馴染み深いかもしれない。睡眠負債という言葉が日本で広く知られるようになったのは、2017年のNHKのドキュメンタリーが話題となり、その年の新語・流行語大賞でトップ10入りした頃だろう。 睡眠負債は睡眠圧と同様に使われていたが、“睡眠によって除去しきれなかった睡眠圧”という意味で使われることが多い。「睡眠不足は蓄積すると借金のように膨らんでいき、心身の不調をもたらす」といったニュアンスのようだ。 睡眠圧と睡眠負債の関係は、「起きている時間の長さに応じて脳内に蓄積した『睡眠圧』のうち、その夜の睡眠で完全に解消しきれずに残った部分が『睡眠負債』だ」と考えるとイメージしやすいと思う。 徹夜をして長時間起き続けてきて、ようやくベッドに体を横たえたとき。あっという間に深い眠りに落ち、朝まで爆睡していた経験はあるだろう。このとき、あなたを眠りへと向かわせるよう強烈に働いたのが「睡眠圧」だ。 睡眠圧とは「ししおどし」のようなもの 起きている時間が長ければ長いほど睡眠圧は蓄積していく。そして、眠ることで睡眠圧は解消され、睡眠圧がなくなると覚醒する。いわゆる、「眠気」が睡眠圧だと理解してもらって、大きな齟齬はないだろう。 睡眠圧は、日本庭園などでたまに見かける「ししおどし」にたとえられる。ししおどしは竹筒に水が溜まっていき、いっぱいになるとその重みで傾いて水を放出し、軽くなった勢いで軽やかな音を鳴らし、もとに戻ってまた水を受ける設えだ。 ししおどしに溜まっていく水がいわば睡眠圧だ。少しずつ溜まっていき、十分に溜まるとその重みで傾いて（睡眠）、水が放出されて解消され（覚醒）、また、水を溜めはじめる。 日中の長すぎる昼寝や夕方のうたた寝は、せっかくししおどしに溜まっていた水をこぼしてしまうようなもの。何かが蓄積して眠くなるという睡眠圧のイメージが重なると思う。 ヒトのような昼行性の動物の体内時計は、昼間覚醒をして活動し、夜は睡眠をとるという設計になっている。 体内時計によって、朝に向かって覚醒作用のあるホルモン、コルチゾールが分泌されて交感神経が活性化し、脳の温度の上昇などがもたらされる。同時に、寝ている間に睡眠圧が解消されることで、覚醒へと向かっていく。 そして日中、活動をしている間に睡眠圧は蓄積していく。日が落ち体内時計によってメラトニンが分泌され、覚醒の波が弱まっていく頃になると、睡眠圧は限界まで溜まって、“ししおどし”が傾き、眠気が引き起こされる。 こうした「睡眠圧」の蓄積と「体内時計」による覚醒シグナルのバランスによって睡眠と覚醒がおこる。この仮説を「ツー・プロセスモデル」という。 コーヒーを飲むと眠気が覚めるのにはワケがある…最新研究で解明が近づく「眠気の正体」