マッスルカー愛好家必見 部品取り専用の希少なクライスラー 40選(前編) ジャンクヤード探訪記

ダッジ、プリムス、クライスラーがずらり 少し前、秋の湿った朝に、米イリノイ州オレゴンにあるジャンクヤード『モパー・シティ(Mo-Par City)』を探索する貴重な機会を得た。 【画像】昔は「木」のボディを使っていた! 戦後間もない高級車【クライスラー・タウン&カントリー・ニューポートを写真で見る】 全19枚 モパー(Mopar)とは「モーター」と「パーツ」を組み合わせた造語で、もともとはクライスラー系の純正部品を扱う部門の名称だが、愛好家からはクライスラーのクルマを指す総称としても知られている。そして、その名が示す通り、このジャンクヤードはダッジ、プリムス、クライスラーの部品取り車を専門に扱っており、マッスルカー愛好家なら誰もが一度は訪れるべき場所である。 クライスラー系のクルマは愛好家から「モパー」と呼ばれることがある。 今回訪問したジャンクヤードについて 5.5エーカー(約2万2000平方メートル)の敷地に、800台ものクルマが保管されている。その中には非常に人気の高い車種もあり、マッスルカー愛好家にとってはまさに楽園だ。多くの車両はひどく痛んでおり、レストアするには手遅れの状態だが、部品の宝庫であることに変わりはない。屋外保管以外にも、約2800平方メートルもの広さの建物に、新品、中古、再生、新古在庫の部品が展示されている。 1974年に創業したモパー・シティは、オーナーのラリー・ポンタック氏にとってライフワークともいえる存在であった。引退を間近に控えた今、ポンタック氏はそのバトンを次の世代に渡そうとしている。ご覧のクルマ、部品、そして敷地そのものすべてが売りに出されているのだ。マッスルカーの歴史の一部を手に入れるこのチャンスをお見逃しなく。 イリノイ州のジャンクヤード、モパー・シティ(Mo-Par City) ダッジ・チャージャー(1969年) これまで筆者がジャンクヤードで見つけた1969年型ダッジ・チャージャーの数は片手で数えられるほどだが、モパー・シティには少なくとも10台はあるようだ。どれも状態が良いとは言えないが、今でも存在しているという事実に驚かされる。テレビ番組『爆発! デューク』の撮影で300台の1969年型チャージャーが破壊されたと推定されているが、その多くはフロントフェンダーがこの写真の車両のように激しく損傷している。 ダッジ・チャージャー(1969年) クライスラー・インペリアル・クラウン・クーペ(1965年) この時代のクライスラー・インペリアルは、頑丈なフレームと構造により、破壊するのが非常に困難であるため、デモリション・ダービー(クルマをぶつけ合う米国の競技)への出場が禁止されることが多い。とはいえ、リアフェンダーの腐食を見ると、この1965年型クラウン・クーペのフレームはそれほど頑丈ではないのかもしれない。 クライスラー・インペリアル・クラウン・クーペ(1965年) 正体不明 モパー・シティではレストア可能なクルマもいくつか取り扱っているが、大半は状態が悪く、徹底的に部品が取り外されている。筆者が遭遇したものの中で、この車両の状態は間違いなく最悪だ。実際、Cボディであることはわかるが、正確な車種を特定することはできない。あなたはどうだろうか? コメント欄で教えてほしい。 この状態から車種を特定できるツワモノはいるだろうか? プリムス・ベルベディア(1965年) ボロボロのラグトップ車はいかがだろうか? 1965年型のプリムス・ベルベディアで、生産台数は2000台にも満たず、今では貴重なクルマとなっている。しかし、希少性と価値が必ずしも一致するわけではない。このような状態になると、なおさらだ。 プリムス・ベルベディア(1965年) ダッジ・ミラーダ ダッジ・ミラーダは、1980年から1983年までダッジが生産したスタイリッシュなパーソナル・ラグジュアリー・クーペである。クライスラーのJプラットフォームをベースとし、欧州車の影響を受けたシャープで角ばったラインが特徴的である。 ミラーダという名称は「眺め」や「外観」を意味するスペイン語に由来し、スタイルにこだわる購買層を惹きつけようという狙いを反映している。しかし、シボレー・モンテカルロやフォード・サンダーバードなどの競合車種との競争に苦戦し、生産台数は5万2947台にとどまる。 ダッジ・ミラーダ プリムス・ヴォラーレ(1977年) プリムス・ヴォラーレは、残念ながら悪い意味で記憶に残るクルマである。信頼性の問題に悩まされ、リコールの嵐に見舞われたため、ブランドの評判を落としてしまったのだ。この車両は1977年のランドー・プレミアのようだが、ここまで長持ちしているのは素晴らしい。 筆者は、この写真の背景に写っている白いクルマを見落としてしまったことを悔やんでいる。なぜなら、これは1975年型のロードランナーという貴重なクルマだからだ。 プリムス・ヴォラーレ(1977年) デソート・ファイアスイープ(1959年) モパー・シティで目にした唯一のデソートだが、限られた訪問時間の中、筆者は猛烈な勢いでヤードを駆け回り、迫りくる豪雨に追いつかれないように急いでいたため、他にも見落としているかもしれない。これは、1959年型のファイアスイープ2ドア・スポーツマンという珍しい車種で、わずか5481台しか生産されていない。 1957年から1959年にかけて生産されたファイアスイープは、ダッジ・コロネットをベースに開発されたものだが、デソート独自のテールフィンとフロントエンドが特徴的である。 デソート・ファイアスイープ(1959年) ダッジ・チャージャー(1970年) 前述の通り、ここに展示されているクルマはすべてが最高の状態というわけではない。この車両は、かつての1970年型ダッジ・チャージャーだと断言できる。しかもただのチャージャーではなく、「シックスパック」エンジンを搭載していたものだ。 7.2L V8エンジンは最高出力390psを発生し、当時としては非常に優れたパフォーマンスを発揮した。写真の右側にもう1台、1970年型チャージャーがある。 ダッジ・チャージャー(1970年) プリムス・ロードランナー(1973年) 1968年に発売されたプリムス・ロードランナーは、高級車GTXよりも手頃でシンプルなクルマであった。『ロードランナー』の名称使用権を得るために、プリムスはワーナー・ブラザーズに5万ドルを支払った。さらに、同車の象徴的な「ミッ、ミッ(Beep Beep)」というホーンの開発に1万ドルを支払った。この車両は1973年の第2世代モデルである。 プリムス・ロードランナー(1973年) ダッジ・デーモン 1971年に発表されたダッジ・デーモンは、ヴァリアントベースのプリムス・ダスターのファストバックで、独自のアイデンティティを持っていた。 噂によると、当初このクルマは『ビーバー』という車名になる予定だったが、クライスラーのマーケティングチームが賢明にも考えを改めたという。 では、ここで問題。スマートフォンの画面を上下逆さまにして、このデーモンの下にある1950年代後半のフィン付きのクルマは何なのか、車種を特定してみよう。 ダッジ・デーモン プリムス・ピックアップ 1939年から1941年にかけて生産されたこのクルマは、プリムスにとって最後のピックアップトラックである。その後、1979年に三菱自動車から供給されたアローを導入するまで、ラインナップからピックアップトラックは外されていた。現代のダッジを彷彿とさせるスタイリングで、希少なトラックだ。一見したところ、頑丈でほぼ完全な状態を保っているように見える。 プリムス・ピックアップ ダッジ・マグナム マグナムという名称はダッジのモデルラインナップで何度も登場しているが、これはそのデビュー作である。不朽のクライスラーBプラットフォームをベースに開発され、1978年と1979年のモデルイヤーのみ販売された。その短い期間に売れたのは7万3194台で、右側の車両に採用されたオプションの「Tトップ」ルーフは、ごく一部の購入者のみに選ばれた。 ダッジ・マグナム クライスラー・ル・バロン(1977年) 30年近くも前に『ル・バロン(LeBaron)』の名が消滅したとは信じがたい。クライスラーのモデル名としては最も長い歴史を持つものの1つであり、1930年に初めて登場し、1941年から1955年までの中断期間を除いて、1995年まで使用されていた。この車両は1977年型で、クライスラー初のコンパクトカーとして注目された。 リンカーン・ベルサイユやキャデラック・セビルと直接競合するクルマとして設計され、1977年末に発売されて1万9880台を売り上げた。フル生産に入った1978年には販売台数が12万8392台に急増した。 クライスラー・ル・バロン(1977年) ダッジ・チャージャー・シェルビー(1985年) ナンバープレートのタグから判断すると、このダッジ・チャージャーは1997年に12歳で現役を引退したようだ。1985年型のシェルビーモデルで、2.2Lターボエンジンを搭載していた。最高出力146psを発生し、0-97km/h加速は7.5秒、最高速度は210km/hに達する。同年に生産された7709台のうちの1台である。 ダッジ・チャージャー・シェルビー(1985年) ダッジ・コロネット(1969年) モパー・シティへの訪問は完全予約制だが、幸運にもその扉をくぐることができた暁には、数時間を費やす覚悟が必要だ。マッスルカー愛好家にとっては夢のような場所であり、宝の山であり、また非常にエキサイティングなハンティングでもある。 多くのクルマは状態が悪いが、この1969年型ダッジ・コロネットのように比較的しっかりとしたボディと豊富な部品が揃った逸品もある。 ダッジ・コロネット(1969年) クライスラー300(1968年) 1968年には3万4621台近くのクライスラー300が販売されたが、そのうちコンバーチブルは2161台のみであるため、このクルマは非常に珍しい。地面に深く沈んでいることから判断すると、かなり長い間モパー・シティに置かれていたようだ。 クライスラー300(1968年) インペリアル・クラウン(1969年) 1969年当時、4ドア・セダンのクラウンの新車価格は6411ドルで、インペリアルの中で最も安価であった。しかし、販売台数は1617台と、最も販売台数が少なかった車種の1つでもある。多くの車種と同様に、このクラウンも当初はビニールルーフが装備されていた。現在は取り外されているが、その下に隠れていた恐ろしい金属パネルが露出している。 インペリアル・クラウン(1969年) ダッジ・ポラーラ(1966年) 1966年、7万5400台のポラーラが生産され、同年のダッジ全体の生産台数の10%以上を占めた。この素晴らしい成績により、ダッジは米国で5番目に売れたブランドとなり、兄弟ブランドであるプリムス(4位)に続いた。 ダッジ・ポラーラ(1966年) プリムス・クーダ(1972年) 1972年、プリムス・クーダは、アグレッシブな外観と優れたパフォーマンスで注目を集め、バラクーダのワイルドな兄弟車として際立っていた。バラクーダがスタイリッシュで親しみやすいポニーカーとして幅広い層に受け入れられていたのに対し、クーダはもっと尖ったモデルだった。現存する車両は多くないが、モパー・シティには状態の良いものが置かれている。 プリムス・クーダ(1972年) ダッジ・コロネット(1965年) 20万9000台が販売されたコロネットは、1965年のダッジのベストセラーモデルであったが、そのうち440コンバーチブルは1万2000台未満という希少な逸品である。写真の車両に関しては、錆びた外装と風雨にさらされた内装のどちらがひどい状態なのか、判断するのは難しい。 かつてはたったの2590ドルで、ダッジのショールームからこの美しいクルマを選び、風を切って走らせることができた。 ダッジ・コロネット(1965年)

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